ある日、突然。
何の前触れもなく、Googleアカウントが使えなくなった。

身に覚えなんて、まったくない。
なのに、ログインできない。
理由もわからない。
ただ、締め出された。

再審査の請求があるというので、
「違反なんてしていない」と伝えた。
それでも返ってきたのは、たった一言。

「違反していることがわかりました」

……それだけ。
いつ、何を、どう違反したのか。
一切答えてくれない。

もう一度、再請求してみた。
でも、結果は同じ。
「復旧できません」
冷たく、機械的な返答。

データは11か月間保持されると言う。
でも、ログインできないのに、どうやって取り出せと?

連絡帳も、カレンダーも、すべて消えた。
このブログの下書きも、Google Keepに保存していたのに、
それも一緒に消えた。

脳梗塞をテーマにした小説。
あと少しで完成だった。
そのデータも、もう戻らない。

そして何より痛いのは、
他のメールアドレスのログイン情報のほとんどが、
このアカウントに紐づいていたこと。

被害は甚大。
生活の基盤が、崩れた。

もう、Googleは信用できない。
便利さに甘えて、依存していた自分が悔しい。

それでも、完全には切り離せないのが現実。
だから、最低限の機能だけは新しいアカウントで使う。
データはMicrosoftなどにも分散して、
ログインは別のメールアドレスで管理するしかない。

怒りと悲しみと、少しの諦め。
でも、ここからまた立て直すしかない。

へとへとになった家族一同。
妻が大阪に来たら、ぜひ訪れたいと願っていた場所──あのグリコの看板。

やっぱり海外において「大阪」と言えば、真っ先に思い浮かぶのは、あの光り輝くランナーなのだろう。

 

 

最後の気力をふりしぼり、道頓堀へと車を走らせる。
阪神高速は分岐と合流が複雑で、急なカーブも多い。
しかも、まったく土地勘のない道。
高速クルージングも使えず、神経をすり減らす運転に、疲労の蓄積は加速するばかり。

 

ようやく近場の駐車場に車を停め、家族一同、グリコ看板のある道頓堀川へと向かう。
時刻はすでに遅いにもかかわらず、辺りは人で溢れていた。
とりわけ外国人観光客の数は、尋常ではない。
まるで昼間のような賑わいである。

 

グリコ看板の撮影スポットにたどり着く。
実物を目にすると、あのランナーは予想以上に眩しく、堂々と輝いていた。
すでに多くの人々が写真を撮っており、我が家も順番を待つ。
ようやく番が来て、疲れ顔を隠しながら、ここぞとばかりにパシャパシャとシャッターを切る。

しばし余韻に浸り、グリコ看板を後にする。


時刻はすでに夜十時を回っていた。
家族はまだ夕食をとっておらず、空腹も限界に達していた。

えいや、と勢いで入った串カツ屋。
かつて通天閣近くで食べた串カツの味が忘れられず、期待が高まる。
しかし、ソースのタッパーは見当たらず、串カツはまるで串家物語のようなスタイル。
ソースは回転寿司の醤油のように、直接かける方式らしい。
味は薄く、少々残念であった。

 

 

少しばかり落胆しながら店を出る。
疲労はもはやピークに達していた。

食い倒れ人形を見上げ、家族は道頓堀を後にする。
車中では、家族がすやすやと眠っている。
その姿を背に静かにハンドルを握り、家路を急いだ。

医者が去り、することもないので、スマホをいじる。

 

ほどなくして、

あの看護士がニコニコしながら、入ってきた。

「ランチの時間です。」

 

あいかわらずニコニコが気持ちいいけど、

正直病院、それも異国の地のランチは

経験あるけど、正直まずい。

そして今はHCUの中、ますます味気ないものだと予想。

もちろん、病院の飯の優先順位はあくまで

病人のための食事。

それはわかっている、

でもそうとはいえ・・・

 

ランチが運ばれてきた。

 

あれ?

結構彩がある!

 

メインディッシュには

玉子の白身を形どって、蒸されたものに、ほどなく味付けしてある。

フィリピン味とはいえ、ハーブが効いてておいしい。

そしてもう一方はパン切れ2つ。

硬いコッペパンと違い、少し柔らかく、そして何よりバターがついているのが超うれしい。

サニーレタスメインのサラダに、程よいドレッシング。

そして種少なめのスイカ。

 

病院食として理想ではないかと思うくらい、よかった。

ひょっとしたらHCUからなのか?


 

~~~続く

 

笹はほぼ これ

で対策してきた。

 

たまにちょちょろ地表に出てくることもあったが、出た瞬間にバールでひっこくぬく。

かわいいレベルの根を根こそぎ都度とっていった。

 

初夏にはこの地表にでてくることもだいぶ落ち着き

猛暑に笹を狩らなくてもよくなり、

もうこれで終わったかと思っていた。

 

先日の豪雨が庭を注視して見てみたら、

ぽつぽつと出ている。

 

バールを持ち出し、ひょろっと出ているものに

バールを打ち込むと、思った以上に引っ掛かりが重い。

 

てこの原理で無理やり引っ張り上げたら

なんと両横50cm以上の土が盛り上がった。

地下茎を見ると直径2cm~3cmくらいの茎が。

 

これは久々の大物。

 

土を掘りまくり、ようやくなんとか獲物がとれた。

 

それにしてもなんでこんなのが残ってた?

それか夏の間に育ったのか?

いやいや葉が出ていないので、主成分となる

炭素は供給されないのでは?

なんて思いながら記念撮影。

 

医師は爪楊枝を左手に押し当てる場所を変える。

 

「この辺りは?」

「そこは80%くらいかな。場所によって違います。」

「そうなの?ここは?」

爪楊枝の場所を変える。

 

(ってか爪楊枝なんだな)

 

「そこは95%?」

感覚として微妙な違いだけど、ちょっと誇張してみたのだけど・・・

 

「わかりました。」

 

とだけ言って、爪楊枝を仕舞った。

 

「3日間は一先ずここで観察します。」

「はい・・・」

「そこで、変わりなければ、通常入院に切り替わります。」

「はい・・・」

 

このベッドの居心地の悪さを考えると、

憂鬱だ。

おそらく食事も期待できないし・・・

 

すっかり自分が脳梗塞発症者ということを忘れていた。

 

~~~~続く

癒された一行。 

いよいよ万博本体に乗り込む。

日はいつの間にか暮れ、既に暗くなっていた。

 

まずは前方にそびえたつ木でできた建物に。

建物の中に入った瞬間大きな雷鳴とともに、また雨。

また暫く休もうとしたけど、瞬間で止んだ。

妻にどこ行きたい?

と聞くと、

目の前のイタリア館に行きたいと。

そりゃそうだね。

 

行ってみようとすると、長蛇の列。

これは無理そうと思い、隣のベルギー館。

ここでも列は長いけど、ここまで来たのだからと

いったん並ぼうとすると

予約制との文字が…

断念して、妻に説明する。

落胆顔。

 

他を見回しても長蛇の列。

ここまで来たのだからと、一応見て回り、

暫く万博内を歩く。

あわよくば、フィリピン館でも見つかればと思ったのだが、

既に夜まっただ中で見つかるわけなく、地図もなく断念。

 

帰り道、例の木のリングの屋上に行ってみようかと思って

向かっていたところ、何かしらの長蛇の列。

何の列かしばらく列に並行して歩いていたら、

エスカレーターが。

そしてそのエスカレータは屋上に通じている。

夕立上がりということもあるのか、

長蛇の列の先の屋上には人がうじゃうじゃ。

エレベータががあるのかわからなかったが、

あったとしても、これだと乗るのに時間がかかりそう。

家族一同萎えたところで、横目にガンダムを見ながら、

万博を後にした。

ほどなくして、医師服をきた女性がはいってきた。

 

「こんにちは、医師の○○です。

これからよろしくお願いいたします。」

 

どうやらこちらの医師が、

今後看ていくのか…

 

「痺れはどんな感じ?」

「左半身、特に脇とかお尻にも痺れがでてきました。」

「そうですか・・・。では・・・」

 

まさか?

 

「人差し指を鼻にあてたあと、私の人差し指にあててください。」  

 

やっぱり・・・

ひょっとして、ここがオリジナルか?

 

なんて思いながら、医師の人差し指にあてようとしたから

なのか、外してしまった。

怪訝な表情をしたので、

「いやいやいや」と直日本語で言って

あわてて合わせる。


 

「目を見開いてください。」

「ベロを出してください。」

「両手をあげてください。」

「右足をあげてください。」 

「左足をあげてください。」 

「(爪楊枝を各所にあてながら)左右の感度の違いありますか?」 

 

「ちょっと違います。70%くらいかな?」

「そうなの。この辺は?」

 

おっと、自分の回答に反応が来た。

この辺が看護師と医師との違いか。

そりゃそうだ、医師はわかっててやってる。

じゃなんで看護士にやらせてる?

 

ってことはおいといて、

テストは、

 

 

~~~~続く

すっかりへとへとになった一行。

普段この状態ならすぐに帰るのだが、

わざわざ大阪まできて、そして万博のチケットも購入している。

「よしいこう」

もったいないが疲れが勝った瞬間。

USJからユニバーサルシティ駅に行き、桜島駅まで行って

そこからシャトルバス。

 

2台のベビーカー、それも1台は補助席が付いた

ベビーカーの上げ下ろしは、きつすぎる。

もうぜいぜい言いながら、ようやくバスの席についた。

 

ようやく会場に行けるとバスのフロントガラス超しに

外を見ていると、雨粒らしきものがぽつぽつ。

 

「ん?何か悪い予感?」

 

バスが会場に着くころ、その雨はワイパーを動かさなければいけないほど

になっていた。

 

そして会場に着いた途端、空からゴロゴロ。

やばすぎるじゃん。

 

まだ雨はそこそこ。

急ぎ入場ゲートに進む。

時間は既に5:00。入場はもちろん並んでおらず、逆に戻りの

客がパラパラ出てきていた。

 

これはパビリオンに順調に廻れるかと期待。

まずはあの大きい木のリングに行こうか。

 

と、ゲートを通過した途端、激しい雨が!

これはだめだ。

 

運よく日除けの大きいパラソルの中に一時避難。

 

もちろんそこには、人が溢れかえっていた。

 

なんとか傘の中に入ったけど、雨がますます激しくなる。

ベビーカーの中の子供に雨があたらないようにするけど、

雨が激しいため、傘の淵にいる我々に雨があたるように

なった。

 

そんなとき、幾人かの先に中に入っていた方々が、

ベビーカーの中にいる子供を

きづかってくれたり、

ベビーカーに近いような位置に席をゆずってくれたりしてくれた。

 

これには、本当に感謝した。

と、同時に日本人の優しさが心に刺さった。

 

ゆずってくれた方々に丁重にお礼をした。

 

待っていると遠くにガンダムが見えた。

 

ただあそこに行く時間はもうないかな?

とか考えていると、

小一時間して、ようやく雨が止み気味になってきた。

他の方々が動き始める。

別れ際、もちろん丁重にお礼をした。

 

時間的には損したけど、体の疲れはリフレッシュ。

 

これはへとへとに憔悴しきった自分を守るために、

神様がわざとやったことなんだと言い聞かせた。

それより何より日本人の優しさに心が洗われた。

 

さぁいこうか!


 

~~~~続く

日本帰国後初の家族の夏休みイベントとして、

USJ家族で行ってきた。

 

 

ちなみに事前に天気予報確認したら、曇り時々晴れ。

そして気温は32℃とのこと。

雲がちょうどいい塩梅にかかって、暑さをしのげるちょうどいい日かなと。

こちとらフィリピン帰りじゃい!南国帰りが暑さにまけるわけない。

 

 

そして当日朝早くから、車でUSJへ。

家を出たとき、快晴だった。

大阪はどうかわからないけど、いい天気だ。

 

昼前にUSJに着き、駐車場から出ると、

むぁーーーーっと

熱気が。

まずい!

 

荷物検査待っている間にすでに、汗が止まらない。

それも幼い子供3人いるため、いろいろ大変。

 

こんな時に限って、チケットのメールが見つからない。

焦りと暑さで余計にイライラ。

イライラで余計に熱くなる、不の暑さのスパイラル。

この時点でもうくたくた。

 

中に入る。

空は相変わらず雲ひとつない。

 

入ってすぐメイン通りのアーケードで、一息ついていたところ、

暑すぎるのでパレード中止のアナウンス。

それほど近くない場所に住んでいる自分らにとって

それはないじゃん!

って思うも、この炎天下でパレードなんかしたら

特に中の人がとんでもないことになるよな・・・

って言い聞かせた。

 

で、こんな状況でどこ行く?

シアター的なところはどこも満杯。

 

うろちょろしてたら、妻ご一考とはぐれた!

最悪!電話をするもつながらない。

小一時間をうろちょろ。

そしたらでんわがかかり、なんとか合流。

 

もうへとへと。

それでも子供を喜ばせなきゃいけないと思い、

なんとかいくつかアトラクションまわった。

自分は一番下の子と一緒に写真係。

喜んでる家族見て、なんとかもってる。

 

 

ひと段落してUSJを後にするも、スタミナEmpty。

この後、万博控えてると思うと、もう戦意喪失。

 

どうしようか・・・

 

 

~~~続く

 

 

 

 

 

 

 

機能は岐阜長良川お花火大会。

いつだろ。

小学生以来かな?

そうすると、40年ぶりくらいかな?

そういえば昔は岐阜日々新聞主催と中日新聞主催があったと思うけど

統合されたみたい。

 

ちょっと遠くからなので、迫力はそれほど感じなかったけど、

それでもクライマックスは迫力を感じたし、

何より花火が綺麗だ!

久々に綺麗な夜空を堪能した。

 

 

ちなみに花火一斉に打ち上げるときから、

次に一斉に打ち上げるときまで、結構時間が長くなったような

気がするんだけど、気のせい?

 

それにしても花火は美しいものだとつくづく感じた。

打ち上げてから一瞬経って、色とりどりな大きい花火。

思わず「うわーっ」って言ってしまった。

 

やっぱり

フィリピンの年明け花火の

あの方々で乱雑に打ち上げるのに慣れてしまっていたからかな。

 

豪快さはフィリピンにあるけど、

日本はワビサビがある花火。

本当に文化の違いを感じた夏の夜だった。