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2022年3月30日娯理さん『肖战:我一刻都不可以放松』記事全文日本語訳。
注意書き:
- 写真は原文から借用させていただきました。
- 翻訳にあたり一部原文の表現を変更しています、又、誤字脱字ご容赦ください。
- 勉強・交流目的で翻訳しており、営利目的の転載等は断固お断りいたします。
- ネタバレと取れるような内容も一部あります、ご了承の上お読むください。
原文:肖战:我一刻都不可以放松
作者: 娱理@肉英本英
訳:Danjih
「この疲れは、僕にとって良性的な疲れである…」
週末の午前、肖戦には珍しく空白の時間ができ、家族に電話した。家族といる時間が好きだが、この数年間はあまり家族と一緒に過ごせなかったと彼が言った。
2019年から、肖戦の人生は新しいステージに入った。3年弱の間、『慶余年』、『狼殿下』、『斗羅大陸』、『王牌部隊』が相次いで放送され、新劇『如夢之夢』の巡回公演が実現され、最近『余生、請多指教』もテレビ放送された。
放送待ちの『玉骨遥』に加え、撮影中の『夢の中のあの海』(原題:《梦中的那片海》、日本語タイトルは役者がつけた)もあり、彼の時間のほとんどは仕事で埋められていた。
『少し前までは、時々すごく疲れたな、じゃあちょっとリラックスしようと思うと、心の中で二人の小人が対抗し始めちゃう。一人はダメと言って、もう一人は、休もうよ、もうこんなにも疲れてるから。ちょっと気を抜いても大したことないし、まあいいじゃないと囁く。』
しかし今は、あの「まあ良いんじゃない、休もう」という小人はもういないと、肖戦は電話越しで、穏やかな口調で話す。
彼が自身に課す厳しすぎるとも言える基準を聞いて、「疲れたりしないか?」と思わず娯理の記者が質問した。
「疲れるよ。でも今は疲れてる方がいいと思う。」
01.
ある日、お祖母さんが微笑みながら「顧先生、少し頭痛いから、見ておくれ」と話しかけてくれたと、家族がドラマを見て話を振ってくるエピソードを語る時の肖戦も笑顔が絶えなかった。『余生、請多指教』が放送始まってから、このような温かい時間が結構多いと。
『余生、請多指教』は肖戦が人生の新ステージに立ってから初めて発表された作品である。古装から現代ものへ、彼自身は少し確信を持てなかった。チーフプロデュサー・巫天旭と監督・呂贏にあった時、肖戦が最初に質問したのは「なぜ僕ですか?」だった。
あの時、肖戦は『斗羅大陸』の撮影をしていた。現場の車の中で、3人で初めて『余生、請多指教』の脚本と顧魏という役について話した。「まず、顧魏は一般的にいう冷たくて横暴な医者ではないと思う。彼をそのような役にすべきではない」と肖戦は相手を探るように、自分の考えを伝えた。
結果、3人が顧魏という役に持つイメージがたちまち同調した。そして、肖戦はその瞬間に、現代ものへに挑戦する自信と、顧魏を演じきれる確信を持てたという。
脚本を読んでいく中で、徐々に肖戦が気づいた。顧魏が人との距離感や少し近寄り難いと思われる雰囲気は、彼の成長環境と彼の職業によって作り出された物だと。顧魏という役の成長は自然であり、「彼は生きた人間だ。僕たちの生活の中で出会いそうな男性である。」
脚本の文字から、肖戦は顧魏の活気と温もりを感じ取った。それと同時に、巫天旭と呂贏は肖戦からその温かさと可能性を見出したのは、不思議な偶然と言えるでしょうか。
プロデューサーと監督から太鼓判を頂き、自信もついたけど、最初に現場に入った時はやはり少し慣れなかったという。あの時は肖戦が主演する『斗羅大陸』クランクアップした直後で、もう一つの古装ドラマの番宣期間でもあったので、新しい役になり切るのに少しずつコンディションを調整していく必要性があった。
呂贏監督の作品の多くは、細やかな感情表現が込められ、しっかりした細部の処理がなされている。トレンディドラマの「青春」「アイドル」のラベルの下で、真摯且つ素朴な感情の動きが多く仕組められていた。だから撮影の過程において、監督呂贏は細部の処理に非常にこだわっていた。
「撮影しているときは、何回も調整が入り撮り直しをしている。何回も繰り返していくうちに僕は自信を無くしてしまう、僕の演じ方に問題があっただろうか。でも監督から明確に問題点を指摘されることは無い。代わりに監督は『フィーリング』を教えてくれる、そしてもう一回撮る。」
このように何回も何回も撮り直し、少しずつ調整を加える。最後にモニターの前で撮ったものを見たとき、肖戦の疑問は解けたーーなるほど、監督の口の中の「フィーリング」は、ごく僅かな変化だった。
このフィーリングのメッシュはどれほど細かいでしょうか?顧魏が林之校を見る時の目線、ドアを開ける時の仕草、その一瞬一瞬に、監督から「ジャンジャン、この目線にはもう少し悲しみを込めて」と言われる。肖戦も疑問に思う時があるが、その都度必ず、「はい、わかりました、もう一回撮りましょう」と答えた。
役・作品・脚本への理解はみんな違う。監督は全体像を見て舵を取る立場である。「役者は自分のコンディション調整にベストを尽くし、役を演じ切るべきだと思う」。
02.
肖戦にとって顧魏は特別に難しい役ではなかった。しかし彼が気にしていたのは、観客に「信じさせる」演技ができるか、という点だった。
手術後先生が亡くなったことは、顧魏に非常に大きな影響を与え、彼が自分を殻に閉じ込むようになったキッカケになった。これは顧魏という役のターニングポイントであるが、脚本の中の表現は非常に簡潔だった。少量のセリフと、ぼんやりしている顧魏についての描写は数行もなかった。
文字数は少ないが、このシーンは肖戦にとっての見せ場である。撮影開始まで、肖戦は呂贏と議論をし続けた。顧魏は先生を手当をすべきかどうか、先生のベッドの前に座る時どういう状態で演じるべきか等、脚本にある文字から、カメラに収める映像になるまでの過程は、これは脚本家、役者そして監督の共同作業である。
観客が感じるドラマの暖かくも軽やかな雰囲気と同じように、撮影現場もドラマの内容に影響されている。現場で初めて楊紫に会った時、肖戦、監督そしてプロデューサーが口揃って「楊老師(先生)こんにちは」といった。「ちょっと待って、私は皆さんに国語を教えたかな?それとも数学?なぜ先生と呼ぶの?」と、楊紫の返しが非常に面白かったのを肖戦は今でも覚えている。
「この人、結構楽しいかもと思った」当時のことを振り返りながら肖戦が言う・
そして徐々に周りのスタッフや役者と距離を縮めた後、二人は現場でセルフツッコミモード全開となった。スタンプにされる早期のトレンディドラマのシーンの話をすると、周りが「万が一でもこのように演じないでくださいな」と笑いながら注意してくるという。
今や大人気の小劇場も、元々は「超豪華設定」で、最初はプロデューサーや脚本、監督から「ジャンジャン、紫紫、我々のこの小劇場はさ、光加減は美しく、カメラは複数台、極力ロマンチックに仕上げていくんだよ」と真顔で言われたそうだ。主役二人はこの話を聞いて期待値が結構高かったという。
しかし現実を見てみよう、光が間に合わず、場所にも問題があると。ある日、巫天旭が肖戦と楊紫にスマートフォン、脚本大綱そしてセリフのヒントを渡した。「君たちでやって、自分で撮ろう」と。だから今視聴者が見ている小劇場は、二人がスマートフォンを持ってお互いを撮影したもので、光も全て自然光である。しかしこのような「ハプニング」があったからこそ、視聴者は顧魏と林之校の関係性の「甘さ」を味わうことができた。
肖戦は写真を撮る習慣がある。生活を記録することが好きだが、あまり写真をSNSに載せたりしないという。『余生、請多指教』の放送開始前、あの頃の写真を眺めていた彼の目の前に、記憶も蘇ってきたっと。「あのビルはもう竣工したのではないかな。そしてあの三毛ちゃんもちょっと太ったかな」。
三毛ちゃんは撮影している時、映画村にあるカフェで偶然出会った猫だった。あの日の撮影が終わった後、降りてきた肖戦は一階のカフェで彼女に出会った。カフェは閉まっているが、三毛ちゃんは窓すぐ近くにいた。「我慢できず戯れてきた。僕が左に行ったら彼女も左に向くし、僕が右に向けば右に向いてくれる。すぐ鳴いてくれる。すごく人懐っこくて可愛かった」
これらの貴重な瞬間を思い出し、「時が流れるのは早いね、もう少しで3年も経つ。あの時の事を振り返ってみると、人も、物事も、結構変わったなと気づく」と肖戦は感慨深そうに言う。
肖戦が撮影した三毛ちゃん
03.
このような変化はもちろん肖戦自身にも起きている。2019年の自分の演技を見るとき、彼は自省を込めている。
「この二年間僕は、演じることへの理解を深められた。例えばセリフの表現力であったり、特定のシーンでその役の気持ちや心理を考えるようになった。相手にセリフを話す時も、そのセリフの中に含まれた意味をより理解できるようになった」役者は時間が経つにつれて、自分のキャリアにはより深い理解と思考ができるようになる。
顧魏のセリフには、多くの独白があり、その中には難しい専門用語が多く含まれる。今の肖戦にとってもそれは難しいという。「これらのセリフを、毎日100回ぐらい言ってるような状態で自然に話すのは、結構難しい」と。
「でも、難しいからと言って上手くできないとは限らない。これは僕がずっと信じてきていることだ」肖戦が続いて話した。
もちろん、あの頃から変わらずに続いてきた習慣もあった。例えば、撮影開始前に肖戦はいつも先に現場に入り、撮影の環境の細部まで慣れるように努力し、最後は現場の隅にしゃがみ、この空間を観察し、感じるようにしている。役者にとって、初めて入る部屋でも、数年乃至数十年間もの間ここで過ごしたという、空間に馴染んだ感じを演出する必要があるから。肖戦はこの方法で自分を空間に慣れさせている。
今の肖戦に顧魏を演じてもらうのであれば、進歩している部分も多いだろう。しかしその代わりに、にコアな部分が欠ける可能性もある。役者が自らの感知力とスキルで表現できるようになった時には、あの時、あの瞬間にあった感動は消える可能性があるから。
今放送されている『余生、請多指教』の中では、肖戦が顧魏を演じるときの「リアルさ」と「感動」が見られる。
例えば肖戦は顧魏と林之校の間の愛が羨ましいと感じるという。「恋愛観において顧魏と似ていると思う。伝統的で、一途である」。未来の家庭については、まだまだ遠い存在だとしていながら、「でも、幸せであることは譲れないね。安定した幸せは僕のスタイルだ。」
肖戦がこのような感想があるのは、顧魏と似ている点があるからかもしれない。
ドラマの中の顧魏はいつも仕事優先。好きな人に出会ったと思いきや、ストレートに思いを伝えることなく、常に相手を探っている。多くの時はわかっているのにはっきり言わず、自分の心の中であれこれ考える。全て把握しているけど猫を被り、時々ちょっと腹黒い一面も見せてくれる。
肖戦はこのような状態に慣れっこになっている。多くの場合、少なくとも仕事において、彼は顧魏と同じ選択をするーー自分を厳しく律し、仕事は常に一位である。
肖戦も疲れることがある。でも彼は、疲れている方がいいと言う。「疲れると感じるというのは、まだ進歩する余地があると言う事だ。世間から注目されている時は先へ進める。僕にとってこれは良性的な疲れである。 もしいつか、周りから『もう大丈夫、好きにしていいよ』と言われるようになったら、その時は反省しないといけないと思う笑」
こう考えてみると、疲れるというのも悪くないかも?もし時間が2019年に巻き戻すことができたら、肖戦は自分に言うことは、「気を抜かないで」だ