映画「チェインジング」は、1928年、ロスアンゼルスで起きた実話です。
母親役のアンジェリーナ・ジョリーの息子が失跡し、別の子供にすり替えられ戻ってきました。
「自分の息子ではない」と母親が警察に主張すると、精神障害であるとされ、精神病院に入れられてしまいます。
その精神病院では、患者は強い薬を飲まされて意識朦朧になっていて、ベッドに縛り付けられ電気ショックを与えられたりする意味のない治療や虐待が日常的に行われていました。
結局、教会の牧師に母親は救出されますが、精神病院が、警察や政府に逆らう人たちの強制収容所のようになっている様子が描かれていました。
精神病院は暗く、陰惨なイメージがあります。
精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本/大熊 一夫

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鉄格子や鉄の扉に押し込めることを正当化するような精神状態など、本来ないのだ。
精神病者の、時折の暴力は、結果である。
施設の中での抑圧で引き起こされた人間としての反応である。
つまり、それは精神病院が引き起こす病気。
精神病院などやめて人間的存在である温かい状態に置くことができれば、精神病者の暴力などなくなるのだ。
戦後、先進国は、精神病院の異常で行き過ぎた矛盾に気づき、脱施設化、地域化を目指す精神保健改革が行われています。
精神科病床は急激に減って、精神病の人々は在宅で暮らしています。
1985年、イタリアでは精神病院はなくなりました。
精神病院をなくした国では犯罪率は増えていません。
重度の患者だけを入院させ、それ以外は在宅医療で充分であることが立証されています。
しかし、日本では、逆に1970年ごろから精神病床は急激に増えています。
「精神病棟への大量収容」という社会現象が残っているのは日本だけなのです。
日本の精神保健は先進国の中で最低レベルです。
原因は、日本の精神病院の9割が私立経営であることです。
私立であることは利益を上げなければなりません。
そのため、経営の優先順位が「利益が一番、患者は二番」になってしまっているのです。
「貧困大国の真実」の書評に書いた、アメリカの「刑務所ビジネス」と同じような現象です。
絶対人数が経営のためには必要で、その確保が目的になってしまっているのです。
その影には、政治と医師会との「利権」もあり、行政が指導できない原因になっています。
精神病院は閉ざされていてよくわかりません。
新聞やテレビでも見ることはありません。
でも、誰かの利益のために、わざとわからなくしているのかもしれません。
医師や政治家など、人を救うはずの人たちが、世界で最も弱者である精神病患者を閉じ込めている社会が、すぐ近くにあることは許せないことです。
精神病院をなくして犯罪がふえたか?
ふえていない。
病院をなくして患者を捨てたか?
捨ててはいない。
・・・・・・
旧来の精神病院で行われていた医学はニセものです。
僕らは、病気は人間の存在の中にあると考えている。
目次
第1部 日本の悪夢-一九七〇年、鉄格子の内側に潜入
恐怖と絶望と退屈の病棟
私設強制収容所
不肖の息子とその親
第2部 目からウロコ-一九八六年、精神保健先輩国を訪ねる
精神病院を廃絶?
世界の精神保健事情
バザーリアの後継者を招く
第3部 精神病院の終焉-二〇〇六年夏、ローマの友からの便り
取材意欲再び
タンスの骸骨
トリエステ燃ゆ
歴史的妥協
トリエステの現在
バザーリアってこんな人
第4部 地域サービス時代の到来-一九九〇年代以降のイタリア
一八〇号法生き残る
首都ローマの改革
司法精神病院の街
政変で精神保健が変わった
残酷物語はお伽話に昇華した
改革のキーワードは脱・施設化
第5部 日本の地域精神保健-二〇〇九年、希望への胎動
二人の先達その後
青い鳥を求めて
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