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本書は、「のうだま」「進化しすぎた脳」などの著作を持つ池谷裕二さんが、
母校で後輩の高校生に語った脳科学の連続講義の内容をまとめたものです。
講義のテーマは「心の構造化」についてです。
長い講義ですが、一つひとつが興味深く、面白い。
バライティに飛んでいます。
そして、何よりわかりやすく理解できる内容です。
わかりやすく伝えるために、
①平易な言葉を使う
②何かに例える
③ビジュアルを使う
が、徹底されています。
特に③では、特設サイトも公開されています。 ⇒ココです
企業など、プレゼンテーションの方法としても参考になるのでは。
著者自らも「一番思い入れがあって、一番好きな本」
と書いています。必読
です。長い内容なので2回にわけてお伝えします。
前編として、今回は第1章と第2章について書きます。
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■第1章・第2章の内容
「脳は自分のものだし、自分の心を作っているのは脳だから、
自分は脳のことをわかっている」
私たちはそう思っています。
でも、それは意識できることに対してだけです。
意識と無意識のどちらの世界が広大かといえば、無意識です。
私たちの行動や思考のほとんどは無意識な振舞いです。
無意識のレベルで私たちはたくさんのことを考え、判断し、行動したりしています。
だから、自分が想像しているほど、自分のことは自分ではわからない。
自分の「無意識な」脳のことは、自分ではわからないのです。
心の無意識を解き明かしている内容です。
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■第1章・第2章の3ポイント
① 脳が勝手に世界を解釈している
② 脳は「意味のでっち上げ」に満ちている
③ 「痛み」が心を生む
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○「正しい」基準
僕らにとって「正しい」という感覚を生み出すものは、単に「どれだけその世界に長くいたか」ということだけなんだ。
つまり、僕らはいつも、妙なクセを持ったこの目で世界を眺めて、そして、その歪められた世界に長く住んできたから、もはや今となってはこれが当たり前の世界で、だから、これが自分では「正しい」と思っている。そういう経験の「記憶」が正しさを決めている。
○日常生活は作話(意味のでっち上げ)に満ちている
脳は、現に起きてしまった現象を、自分の納得のいくような形で、上手く理由付けして説明してしまうんだ・・・・
行動がまず先にあって、その行動の起源を常に探している・・・・
きっとね、行動や決断に「根拠がない」という状態だと、不安で不安でしょうがなくなっちゃうんだろうね。理由がないと居心地が悪い。だからいつも「やってしまっていることの」意味を必死で探そうとしちゃう。
○僕らは「自分が道化師にすぎない」ことを知らない
いつも歪んだ主観経験の中を生きている。単に、その推論に論理的矛盾が生じない限り、「自分はウソをついている」ことに気づかないだけのこと・・・・
僕らは「本当は自分が道化師にすぎない」ことを知らないまま生活している。根拠もないくせに、妙に自分の信念に自身を持って生きている。
○「心が痛む」ときは、脳でほんとうに痛みを感じている
この実験は「のけ者にされたときの脳の反応を調べる」という研究。そんな状況に置かれたときの脳の反応をMRIで測定したら、驚くことに、「痛み」に反応する脳部位と同じ領野が活動したんだ。
よく「心が痛む」「胸が痛む」と言うけど、まさに言葉通り「痛い」ってわけ。
○僕らの「心」の動きは、進化の過程の「使い回し」の結果
進化の遺産を「使い回す」こと自体は、生物界ではあちこちに見られる普遍的な現象だ。そんな流れの一つとして、「社会的な心の痛み」もまた、「痛み」の神経回路を使いまわしたというわけだ。
それにしても、仲間からの「疎外感」を検知するために「痛覚」を使ってみるなんて、これは進化上の大発見、いや大発明と言っていいよね・・・・
だから「共感」もまた痛みの転用の結果と言えるんだね。相手を思いやる気持ちも「痛覚」から生まれる。
○僕らは自分に「心」があることを知ってしまった
他者から自己へという観察の投影先の転換があって、初めて自分に「心」があることに気づくことになったのではないかと想像している。つまり、人に心が生まれたのは、自分を観察できるようになったからである。
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人の行動の95%は無意識によるものです。
車の運転なんかがいい例ですが、
最初頃の運転は、意識のかたまりですが、
慣れるとだんだん意識しなくても運転できるようになります。
行動を自動化して、脳に負担をかけないようにするためです。
大きな割合を占める無意識も、当然、何かを決定して行動していかなければなりません。
だから、勝手に基準を作って、判断をしてしまったり、
やってしまった後に、都合のいい理由をでっち上げる。
やむを得ない、自然なことですね。
では、意識での行動はどうなんでしょう?
後編へ続く・・・・