ぽんすけです(^○^)
早速ですが、かのコロンビアーナからはついに連絡が入り(今日から2週間くらい前の話ですね)その後も2、3回Skypeで会話をし、お互いの近況や気持ちなどを交換・確認し合いしました。とりあえずホッとしております ^ - ^
さてさて、今日の話題ですが、
なぜ日本人は英語が話せないのか
ということで話を進めさせて頂きたいと思います。
日本人の英語力のレベル…英語力と言うのは、書く力・聴く力・話す力 と大きく3つに分けられると考えます。ASEANでの日本の英語能力は常にワースト3に入っているレベルです。勿論、世界大戦時代前後等、かつて英国他英語圏の列強諸国の植民地であった国々もASEANには含まれており、その国のofficial languageとして英語が含まれているケースもあります…が
いくらなんでも、ワーストってどないなってんねん!!!
というとこですよね…
まず、日本人が英語を含む諸外国語を学ぶ大前提として当たり前ながら、
「日本語を使っている国は日本だけである」
という認識が不可欠です。というのは、どういうことかと言いますと、「自分達が外国語を知らないと、どの国の人ともコミュニケーションをとることができない」ということです。ここでは、笑顔が世界共通語だとか、外国人が日本語を学べばコミュニケーションがどうだとか言う話は無視したものとします。あくまで理屈上の話で進めて行きます。
中南米の高等教育では、日本のように英語が必修科目でないことも多々あります。それはどういうことかと言うと、「最悪母国語であるスペイン語さえ理解しておけば、少なくとも近隣諸国では言語に困ることは少ない」という認識があるということです。事実、例えばメキシコ人でスペイン語を母国語として操る人は、スペイン、エクアドル、グアテマラ、コロンビア、アルゼンチン…etcと、特別外国語を学ばなくても「ほぼ」たいして困ることなく近隣諸国とコミュニケーションがとれます。
勿論日本語にはそういったことはありません。これは、裏を返せば、古くから他国に「和(倭)」の国は支配・占領されることなく、独自の言語文化を形成してきたという誇り(僕は少なくとも日本の誇るべき部分であると感じています《GHQの占領下に置かれたことは、日本語としての言語文化が大成された後であるのでここでは考えません》)でもあります。
ここでフィンランドの例を挙げたいと思います。フィンランドでは、国民の大半がフィンランド語を話します(一部スウェーデン語等)。フィンランド語も、その言語使われているのはフィンランドだけで日本語と状況はよく似ていると言えます。しかし、フィンランド人の人達は平均でも3.2~3.4の言語を理解すると言われています(彼らの母国語を含む)。ちなみに日本人はそれが1.2と言われています。何故ここまでの差が生まれるのでしょうか。これは、フィンランド人の方に会う機会があれば彼らに聞いてみてください。きっと「フィンランド語は世界で通用しない。だから、フィンランド人は積極的に外国語を学ぶ」と言った類の答えが返ってくるかと思います。これは実際僕自身も3人のフィンランド人にこう言われましたし、フィンランド人はこれを、他言語を学ぶ際にある程度共通意識として持っています。
要するに、
いかに自分達の言語がマイナーでローカル的であるか
そして、これをどの水準で人々が意識するかということです。日本人は今日のグローバル社会の中で英語を始めとする外国語を学ぶ際に、このことをよく理解しておかなければなりません。
そして実を言うとフィンランドでは、子ども向けテレビからドラマまで、アメリカやイギリスの番組を吹き替えなしでそのまま放送しているケースも多く、幼少期から生の英語に触れる機会が多いこと。
そして、国の面積は日本より少し小さいくらいであるのにも関わらず、人口が東京の人口の半分程度であり、教育の水準が非常に高いことなども彼らが多言語を理解する傾向にある理由に挙げられるかと思います。
こういったなかで特に中高等教育における英語教育の現状ではそういった「日本語の孤立性・特異性」の意識が欠落していると感じます。
勿論、文部科学省を始め各教育機関も今日の日本人の英語力の低さを軽視してきたわけではないでしょう。実際何を隠そうゆとり世代の私筆者と、今の教育改革されつつある中学生の教科書では単語量も違いますし色々変えていっているのだなとは思います。しかし、僕はここで一つ提言します。
勿論テキストの質を上げることはとても重要ですが、
テキストの質を上げることで「話す力」が伸びることに直結するわけではない
ごく当たり前のことです。
これは、実際僕がアメリカの語学学校で感じたことですが、日本人は「書く」ことに関してはその他欧米中南米の人と見比べても見劣りしません。むしろ日本人の英語の方がより文法的に適っていて綺麗です。
が、いざ話すとなると…外国人達の会話のスピードになかなかついていけず…
要するに、日本の英語のテキストだけをみると質は世界的に比較しても高く、英文法・writing能力は高いけれど、日本人は国民性によりマニュアル通りに、また、話す前に自分の言おうとする英語に文法的に間違いがないだろうかなどという試行錯誤を行って躊躇をしてしまうから会話についていけていないのです。実際そこにいた外国人達はベラベラ喋っているようでも、スペイン語の文法クセがでていたりなど、結構いい加減な英語で話していました。
また、大抵の日本人はそういった彼らのいい加減な英語に気づく前に怖じ気ずくのです。文法に自信がなくとも、とりあえず言いたいことを並べることです。文法は後からついてこればいいのですし、それこそ勉強すればきちんとついてきます。先に挙げたフィンランドの英語教育においても、日本の高校のように「グラマー」という授業はありません。授業のほとんどが英会話や、その授業で出てきた構文などを自分達で応用していく…といった内容で、グラマーは後で先生が修正をいれていくといった流れです。勿論、日本の教科書のように例文がズラっと並んでそれにそって新出単語・構文・「文法」を学びます。
日本・フィンランド
一見同じようなテキストに見えても、そのテキストの活用法に大きな差があるのです。そして敷いてはそれが「英会話力」の差となっているのです。
先に言ったように日本の英語の教科書のレベルが高いのもそらそうです。文部科学省は、日本人の英語力を上げよう上げようと必死にテキストの見直し改定を何度も何度も行ってきたのですから。そして未だにASEANワーストの英語力。そろそろ彼らも気づかないといけない段階に来てると思うのですが…
日本で英会話力を上げるという授業といえば、オーラルコミュニケーションがあるでしょうか。学校によってはALT(ELT)などを招いて授業を行っていると思います。
が、あれも内容が「ベタ」過ぎの印象です。実際海外で使える要素もあるのですが、工夫すればもっと効果的になるし、オーラルコミュニケーションの授業の中では「マニュアル」を一度外した授業を展開する方がいいと思います。
僕が言っているのは、完結に言えば
Hello
-hello
How are you
-I'm fine thank you and you?
といった、形化してしまった英会話をするのであれば、勿体ないにこしたことはないということです。
ちなみに日本人は
"How are you?"
-"I'm fine thank you and you?"
ととりあえず返すことが非常に多いですね?その他のよりたくさんのレパートリーを瞬時に出せるようにする…それでこそ使える「オーラルコミュニケーション」としての価値ある授業に直結するのです。
しつこいようですが、フィンランドでは普通の英語の授業にオーラルコミュニケーションが含まれている授業形態です。
最後に言うと、英語ライティングの授業を行っている学校も多いと思います。はっきり言ってあれはほとんど時間の浪費です。あの内容は、本来ほとんど英語リーディングに組み込めます。日本人は英語の授業カテゴリーの細分化すら下手なのだなと思います。今後するならば、オーラルコミュニケーションの質を根本的に見直し・向上させ、単位数を増やしその分英語ライティングを抹消してもいいくらいです。
結論的にいえば、各教育機関が日本人に足りないと言われている「英会話力」の向上に現行の見直し方・進め方ではダメだということです。それに気づいた後は、それに対応できる教員を増やす必要があるでしょう。今頃になって自分達が受けたのであろう80's、90'sの授業の進め方をしている教員ははっきり言って時代遅れ以外の何物でもありません。
そんなことより大学入手に繋がる英語を…
なんていうことで、現行のやり方を続けるのは外国語の授業の仕方が分かっていない証です。そういう人こそ日本人らしく「上の言うことをよく聞いていればいい」のです。勿論、文部科学省が進め方を改善させてからですが。
ずいぶん生意気な事も言いましたが、教育機関が僕の言ったことに近い事に気づかない限り、今後の日本人の英語力というのは大した伸びを見せないでしょう。