その4「祝宴の人間雛」
「こちらのお部屋でございます」
僕と香織は綾乃さんの案内でこの旅館で唯一の洋室に通された。
「わあ。こころ見て・・素敵な部屋・・」
「それにとなりの部屋には書斎まであるじゃない」
「ここ旅館の部屋ぽくなくて何かとても落ち着くわ・・・」
そう言って香織は部屋に入るなり荷物を置くとその中をあちこちと見て回った。
「本当だ。青柳荘って外観が武家屋敷だからって和風のイメージがあったんですがここはまるで都内の一流ホテルみたいですね」
「はい。通常のお部屋は全て純和風なのですがここだけはその・・」
綾乃さんは僕の問いかけに少し言葉を濁し答えた。
「そうなんですか。私、和風の小さな箱庭付きのお部屋もよかったな・・」
「そいでもって・・小さな露天風呂なんか付いてて・・」
「何言ってるのよあんた。狩野のおじ様が都会の僕達のために無理に用意してくれたお部屋なんだよきっと・・そうなんですよね綾乃さん」
「はい。本当はもう少し和風の豪華なお部屋をご用意したかったのですが何分今夜は四分家様方がお泊りになられるもので・・すみませんがここで我慢してくださいませ」
「いや。とんでもありません・・そんな・・ねっ香織・・」
そんな僕の声が聞こえたのか寝室を覗いていた香織はフカフカのダブルベッドに飛び込むとご機嫌そうに天井を見上げ叫んだ。
「こころ・・私この部屋気に入ったわ」
「香織。あんたって本当にげんきんなんだから・・」
「それでは後ほど仲居の誰かに露天風呂を案内させますので夕方のご祝宴までゆっくりしてて下さいませ」
「ご祝宴の前にはまた私がお迎えに参ります」
綾乃さんはそう言って軽くお辞儀をすると部屋を出て行った。
そして一時間後僕達は浴衣に着替えると仲居さんの案内で隣接する湯殿へと向かった。
「それにしても広いお屋敷ですね。まるで迷路みたい・・」
「はい。元々母屋は先代様のご住居でこちらの棟は人形館と工房のご予定で建てられる筈だったんですが源泉が見つかった事で急遽こちらを旅館にされたと聞いています」
「旅館の各お部屋は当初設計図には乗ってなく後から足された為母屋や人形館、それに湯殿を繋ぐ廊下がまるで迷路のようになってしまったのです」
「ここで働いて二年目の私でさえ今も時々迷う事があるんですよ」
「そうなんだ・・」
「それにこの村が今のように人形の里として有名になる前までは宿泊客も少なく旅館と言うよりもお顔の広かった先代様の知人やご友人をご招待した時の宿泊施設として使われていたみたいです」
若い仲居さんは湯殿に着くまでの間僕達の前を歩きながら旅館の事を色々と説明してくれた。
「ところで僕達が今泊まってるお部屋って旅館の部屋ぽくないですよね」
「あっ・・はい」
僕の問いかけにその仲居さんも綾乃さんと同じように最初は言葉を濁していた。
「実は・・あのお部屋は以前二代目様のお部屋だったんです」
「あの自殺した二代目甚五郎さんの・・」
それを聞いた途端、僕と香織の今まではしゃいでた気分は急にトーンダウンした。
「およね。余計なおしゃべりをしてないで早くお二人を湯殿にご案内して・・」
はっとして振り向くとそこには年配の和服姿の女性が仲居さんを睨んで立っていた。
「それからそれが終わったら広間での祝宴の準備の手が足りないみたいだから行って手伝来て頂戴」
「あっはい・・かしこまりました大女将」
「大女将・・」
「こころ。このおばさんって・・」
「さっき綾乃さんが言っていた二代目の奥さんの多恵さん・・」
香織はその女性に聞こえない様に僕の耳元でそう囁いた。
「ご挨拶が遅れました。観月様ですね・・」
「私はここの大女将の多恵と申します」
「何分女将が今夜の祝宴の準備で手が離せませんもので・・・」
「先程お部屋にご挨拶にお伺いしましたら少し前に湯殿にお出かけになったとお聞きしたのでこちらでお待ち申し上げておりました」
「今夜の祝宴は年に一度の身内だけのささやかな宴ではございますが村の有志の方々も何人かご招待しております。三代目の大事なお客様の観月様にも心ばかりの料理をご用意させて頂きお待ちを申し上げております」
「それでは後ほど。じゃあおよね・・よろしくお願いしますね」
そう言うと多恵さんは僕達の来た廊下をロビーの方へと戻って行った。
「何か貫禄があるというか少し怖い感じの人ね」
「二代目さんが亡くなられてこの旅館を切り盛りしながら尚且つ甚五郎おじ様を女手ひとつで育ててきたんですもの当然のことなのかもしれないわね」
「それにしても僕達がここに出かけてから部屋に挨拶に行ったって言ってたけど・・」
「どうしてこんなに早く僕らに追いついたんだろう・・」
「以前この旅館には隠し部屋やいくつもの秘密の通路があるって噂を聞いた事があります」
「でもそれを知ってるのは大女将と三代目様だけだとも聞いております」
「あっいけない。またこんなおしゃべりをしてしまって・・」
仲居さんは口に手をやると辺りを気にしながらまた前を歩き出した。
「ねえ。聞いたこころ。隠し部屋に秘密の通路ですって・・」
「大女将もさっきその秘密の通路を通ってここへ先回りして来たのかしら・・」
「そうかもねっ・・でも何だか面白くなってきたわね」
香織は僕の顔を見て悪戯っぽく微笑んだ。
そして夕方約束どおりお部屋に綾乃さんが僕達を向かいに来てくれた。
「まあ。お二人ともお似合いです事・・」
僕達は今夜の祝宴に出席の為、事前に用意されていた振袖に着替えていた。
「馬子にも衣装っ言いたいんですよね・・」
「よく言われます。えへへっ・・」
僕達二人は綾乃さんに向かって笑いながらくるりと体をモデルのように回して見せた。
「いえいえ。お世辞抜きでとっても可愛いですよ・・」
それでも綾乃さんは僕達を見て口元を手で隠すようにくすくすと笑った。
「それではご案内いたします」
そして真顔に戻ると祝宴が開かれる大広間へと僕達を案内した。
僕らは一旦旅館のロビーに出ると案内カウンターの前を通り人形館と書かれた棟へ進んで行った。
「わあ。見て見てこころ。この雛人形の数・・それにいろんな種類のお雛様が飾られてるわ」
「ホントだ・・内裏雛に・・五段飾り・・七段飾り・・十二段飾りなんて初めて見たわ」
「こっちは平安時代の雛人形ですって・・あっちは京雛・・それにこっちは三代目が芸術祭で優秀賞を取った時の関東雛だって」
僕と香織は人形館に飾られた数多くの珍しい雛人形達に目を奪われていた。
「綾乃さん。こっちの部屋は何なんですか・・」
「こちらは三代目様の工房です」
「興味がおありでしたら旦那様にお許しを貰って明日にでもご案内いたします」
そして展示場を抜け大広間へ着くと中からは賑やかな声が聞こえてきた。
「先程先代様のご法要がお済になりもうすでに祝宴に入っておられます」
「それではこちらからお入り下さい」
「それから・・・お二人ともくれぐれも驚かないように・・」
そう言うと綾乃さんはゆっくりと大広間の襖を開いた。
綾乃さんの言った通りご法事も終わりその場は既に賑やかな酒宴の場に変わっていた。
見ると広い大広間の上座には三代目狩野甚五郎おじ様と多恵様が座っていた。
そしてそれを左右から囲むようにして昼間会った四分家の皆さんが並んで座っていた。
また末席には来賓として招かれた村長をはじめ村の警察所長、村会議員の有志の皆さんが座っていた。
綾乃さんの案内で僕達も一番下の末席に座る事になった。
「見て香織。この豪華な料理・・・美味しそう・・帯ゆるめなくっちゃ」
「こころあんたってどうしてそんなに食い意地はってるのよ」
「でも確かに美味しそうね・・私も帯ゆるめようっと・・・」
そう言って僕達は前に並べられたお膳の上の料理をさっそく頬張った。
そしてふと顔を上げそこに居た皆が見つめる下手の方に目をやって驚いた。
そこには普通の雛飾りを数十倍にも大きくしたような五段飾りの雛段が組まれていたのだった。
それに何とその上には雛人形の代わりにそれぞれの衣装を着た本物の人間が並んでいたのだった。
「それにしても何よこの大きさ。雛段だけじゃなくて屏風も雪洞も全てが普通の何倍も大きいわ・・」
「ホンと・・あの大きな菱餅なんて何十人前あるのかしら・・」
「あれが狩野家に伝わる人間雛でございます」
「人間雛・・」
「はい。あちらの皆様方はそれぞれご本家と四分家様のお子様方が扮装されてるのでございます」
「まずあのお内裏様は三代目様のご長男一樹様・・そしてお雛様は長女の華絵様です」
「それからその下の段の左大臣、右大臣は刀鍛冶の白雲斎様の双子のご子様方ですし・・」
「その下の三人官女はくぐつ神社の神主主税様のお嬢様方・・・」
「又その下の段の五人囃子は雅楽師小次郎太様のご子息達です」
「そして一番下の三歌人はもちろん歌人春斎様のご子息とお嬢様方でございます」
「実は明日の雛行列のイベントにも皆様このお姿で参加されるご予定なのですよ」
「今年は例年になく皆様一段とお美くしゅうございます」
そう自慢げに話し目を細める綾乃さんとは裏腹に白塗りの無表情な顔の人形達のリアル過ぎる姿に僕達は少し引いていた。
「つづく」

