前回完結編その2までのあらすじ


題名

「警部。沢村オーナーにはアリバイが・・・」


「確かに・・・」


「えーとちょっと整理するよ。岡部社長の死亡推定時間は19時20分だったね・・」


「そしてそのころ沢村さんはドームで試合を観戦していた。それは周りの方の証言で証明される・・・と」


「つまり沢村さんにはアリバイがある・・・って事ね・・」


「死体がオーナールームで巡回の警備員に発見されたのが20時5分・・そうだったよね若林君。」


「この時間も沢村さんはまだドームに居た事になる・・」


「そして警察の連絡によってパトカーでこのクラブハウスへやって来られた・・と」


「それから岡部社長の死因は毒物による自殺。青酸カリ系の毒物の可能性あり・・と」


「部屋のドアはには鍵がかかっていた。」


「この部屋の鍵を持っていたのは亡くなった岡部社長と沢村オーナーの二人だけだったと・・ここまでもいいよね・・若林君。」


「自殺の原因は現会長から引き継いだ会社の一部事業が思うように行かなかった事からのストレスからか・・と・・」


「ここまでで考えると確かに自殺なのかとも思えるのだが・・」


「考えてみると・・自殺だとしたら・・何故岡部社長はわざわざこのクラブハウスまで来て自殺したのか・・・」


「そして自殺に使ったのが・・毒入りのチョコレート・・」


「これって・・我輩も大好きなチョコレートなんだが・・中にコニャックが入っているんだよ・・」


「それにこれって・・岡部さんのところの自社商品なんだよ・・」


「かりにこのチョコレートから鑑識の結果毒物が検出されたとしても・・我輩は納得いかない・・」


「だって自社製品のチョコレートで自殺するかね普通・・自殺の原因が経営不振の責任を取って・・・」


「だとしたら・・尚更の事・・それだけプライドを持って会社経営をやっていた証拠だと思われるからね・・」


「そんな岡部氏が会社のチョコレートで自殺はありえないよ・・」


「それにコニャック・・お酒の入ったチョコレートって言うのも何か変だよ・・笑っちゃったよ・・」


「第一・・このチョコレートに毒が入っていてそれを食べて死んだのなら最初の一個を口にした時点で死んでるはずだからね・・」


「でも12個入りのチョコレートの箱には数個しか残ってなかった・・そうだろ若林君」


「あっ・・なるほど・・僕は全然そこには気づきませんでした・・さすが警部」


「単純な事さ・・だれだって真っ先に気がつくよ・・犯人以外はね・・」


「と言うことはやはり他殺。殺人事件って事ですね警部」


「若林君。そもそも我々は警視庁の捜査一課の人間だよ・・」


我輩は意地悪く沢村氏に視線を向けた。


「そうさ最初我輩は沢村オーナーがここで自殺したものとばかり思ってたもんて゛ね・・」


「それがしかし岡部社長だったって聞いた時から・・他殺の・・殺人の匂いがぷんぷんしてきたのさ・・」


「それから当初ここの部屋に鍵がかかってたと聞いた時は密室殺人とも思ったが・・」


「この部屋の鍵を持っていたのが沢村オーナーと岡部社長の二人だけだと聞いて考えは一転したね・・」


「部屋の鍵の所有者が複数居る時は密室にはなりえないからね・・」


「そこで単純に考えてこの部屋に自由に出入りのできる沢村さんが犯人だったらと仮定して考えてみたのさ・・」


「でも警部。何度も言うようですが沢村オーナーにはアリバイが・・」


若林君は確認するかのように沢村氏に再び視線を送った。


「これから話す事は悪までも我輩の仮説なんですがね・・」


そう言うと我輩もまた沢村氏に視線を遣った。


「甥っ子の受け売りで言うと・・たぶん・・」


「今夜の試合でブルーレッズが負けると即J2に降格が決定してしまう。当然メインスポンサーである死亡した岡部社長の会社もスポンサー契約の継続について会社で検討せざるを得なくなるという訳だ・・・」


「それに聞くところによるとブルーレッズの成績不振から観客動員数がここ何年酷く落ち込んでいてドームに隣接する岡部社長の関連会社の運営する遊園地の経営も捗々しくないと聞いている」


「数十億のスポンサーが手を引く事になるとブルーレッズの経営も直接大打撃を受ける事は間違いないからね・・沢村オーナーと岡部社長の間でひと悶着あったとしても可笑しくはないからね・・」


「と言うことはそれが動機だって訳ですか・・」


若林君はそう言うとまた沢村氏に視線を遣った。


「ばかばかしい・・そんな噂はあくまでも噂に過ぎませんよ警部さん」


「私と現会長岡部さんとは私が官僚時代からの長い付き合いでして決してスポンサーを降りるなんて事はありえません・・」


「岡部会長に聞いていただければ直ぐに分りますよ・・」


「なるほど・・しかし会長と亡くなられた岡部社長とは経営方針を巡って尽く対立していたという噂も聞きますが・・」


我輩は少し強い口調で沢村氏の言葉を一括した。


「・・・・」


我輩は話を続けた・・


「たぶん我輩がこの部屋で見聞きした事を総合すると殺害の経過はこんな感じかな・・」


「さっきの動機で言ったようにチームに対して友好的な会長と違ってスポンサー撤退を視聴していた岡部社長は沢村さんにとっては目の上のタンコブ・・今日の試合前何かしら都合をつけてまずこのクラブハウスに呼び出した。」


「たぶん岡部社長から申し出ていた試合前の挨拶の辞退の件か何かを理由にすれば岡部社長もここへやってきたのでは・・」


「そして沢村さんは以前から考えていた殺人計画を実行に移した」


「まず岡部社長をコーヒーに入れた睡眠薬で眠らせあの壁のミニバーのカウンターの中へ押し込んだ・・」


「あのトラジャのコーヒーの強い香りさえ残っていなかったら我輩もミニバーの存在にたどり着く事もなく・・・この仮説にたどり着く事もなかったと思います・・」


「そしてドームで自分が試合を観戦している時間に岡部さんが目を覚ますように薬の量も少なめにしておき・・更に確実に目が覚めるように大音量の冷蔵庫のドアについていたタイマーをあらかじめセットしておいたんだと思います」


「我輩がタイマーに耳を当てていたのは・・旧式のタイマーは良く時間が来て止めた後でも暫く「ジーッ」って微かな微動が続いていたりするものがあってね・・案の定数十分経ってても微かに振動していたよ・・さっきまでセットして動いていた証拠さ・・」


「そしてここからが人間の心理を突いた悪知恵と小道具を使った犯人の殺人計画の山場になるんだけどね・・」


「タイマーの音で目が覚めた岡部氏は辺りの暗さと壁の中のカウンターに居る閉塞感にきっと息苦しさを感じたと思われる」


「そんな時睡眠薬から目覚め・・意識のまだ朦朧とした中で・・まず若林君だったらどうするね・・」


「・・・・」


「そうですね・・まず息苦しさからネクタイでも緩めて・・乾いた喉を潤す為に水の一杯でも飲みたいですね・・」


「あっ・・そうか・・あの紙コップ・・」


若林君は言葉の途中で何かを思い出したのか我輩の顔を見て頷いて見せた。


「その通りさ若林君。岡部社長も君と同じような事を思い同じような行動を取ったのさ・・」


「そして水道の蛇口を捻ると薄暗いカウンターの上に置かれた紙コップに水を注いで一気に飲み干したのさ・・」


「青酸カリの塗られた紙コップでね・・」


「それでさっきの紙コップからもアーモンド臭がしたと言うわけですね・・」


若林君は我輩に向って嬉しそうに微笑んでみせた。


ここに来て我輩の仮説に一気に興味を持つた様だった。


「そして微かに吐血した血痕がカウンターの中のじゅうたんに落ちた。」


「あの血痕ですね・・」


「それから我輩の仮説を更に決定付けたのはあのネクタイさ・・」


「吐血した血痕があの時ネクタイにも飛び散って付着した・・岡部社長はそして床に倒れこんだ。」


「そして後で犯人が再びこの壁を開いた時に・・・」


「犯人が再び戻って来たですって・・」


若林君はおどろいた様子で叫んだ。


「当たり前さ・・アリバイは作ってても・・壁の中の岡部社長をそのままにしていては自殺に見せかける事もできないし警備員の巡回の時間に発見させる事もできないからね・・」


「なるほど・・・」


若林君はまたまた目をまるくしておどろくと今まで話した我輩の仮説を急いでメモ帳に書き写しはじめた。


「偶然にも緩めたネクタイの先が移動する壁とじゅうたんとの間にひっかかり先がよじれた状態で壁の外へ・・机の後ろ辺りに放りだされたって訳だ・・」


「机の上のチョコレートで自殺したとしたら吐血した血痕が付着したネクタイが岡部社長が死んだ後床にひとりで落ちるわけは絶対ないからね・・」


「でも警部。今の仮説で犯人の殺人計画の全貌とアリバイ工作は見えてきましたが・・」


「さつき警部のおっしゃっていた・・犯人がここに戻ってと言う行・・」


「それに最初に言いましたがドームからここへは車でも20分以上・・試合の日は混んでて30分以上かかりますしドームから公園を真っ直ぐ抜けて歩いて来たとしても同じぐらいの時間はかかりますよ」


「そうですとも・・警部さん。さっきも冗談で言いましたが私が唯一ロイヤルルームからトイレ休憩で席を外したハーフタイムの15分の間にここまで来て岡部社長を壁の中から出し机に座らせ自殺したように見せかける工作をしまたドームへ戻って行ったとでも言うのですか・・そんなスーパーマンのような事が出来るはずがないじゃないですか・・・」


「いや・・それがあなたならできるんですよ・・沢村さん」


「そうだったね若林君。さっき君にここのロビーに飾られた数多くのチームの写真やトロフィーの中に沢村オーナーの個人的な写真とトロフィーが飾られていたのを思い出したんです。」


「その事をさっき若林君に確認してもらったのです」


「あっ・・そういうことだったんですね警部。」


若林君は今やっと気づいたという感じで恥ずかしそうに頭を掻いた。


「沢村さん。あなた官僚時代の若い頃から趣味でトライアスロンをなさってますね・・」


「それも国内の大会で何度か優勝もされている・・ロビーのトロフィーと写真を見て先ほど知りました。」


「当然自転車を扱う事なんかお手の物ですよね・・」


「差し詰めマウンテンバイクなんかだとドームからここまであっという間・・往復10分もかからないのでは・・」


「たぶん探せばドームの敷地の何処かにあなたの指紋のついた自転車が放置されているはずです。」


「・・・・」


我輩の問いに沢村氏は黙ったまま苦虫を噛み潰したような顔をしてこちらを睨み返した。


「ただ一言言わせて貰えば悲しいかな今までの仮説は悪までも我輩の推理の域を脱するものではないのです・・」


「沢村さん。良かったらここいらでぼちぼちあなたの口から全てをお話しては頂けないでしょうか・・」


すると沢村氏は今度は観念したのか・・


「警部さん・・あなたって方は・・」


沢村氏は笑いながらゆっくりと首を横に数回振って見せた。


「私・・不覚にも初対面でのあなたの風貌と会話にすっかり気を許してしまいました・・失敗でした・・」


「私の負けです・・」


「ところで警部さん。いつ私が犯人だと分ったんです・・」


「・・・・」


沢村氏は半分やけ気味に我輩に詰め寄った。


「犯人だなんて・・でもね・・」


「実は最初あなたがこの部屋に現れた時から何か怪しいとは思ってたんですよ・・」


「沢村さん。我輩の質問にあなたはドームからここまで警察のパトカーで来られたと言いましたね・・」


「なのに着ているユニホームに・・頭虫・・いや正確にはユスリカの死骸が無数に付着していたのに気づいたんですよ・・」


「ユスリカ(揺蚊)・・ご存知ですか・・」


「ほらあの良く川の付近とか通ると頭の上に群れを成して飛んで来て・・手で追っ払っても走って逃げても付いてくるあの蚊みたいな虫ですよ・・」


「ドームとこのクラブハウスの間にあるスポーツ公園の真ん中に大きな川が流れてるでしょ・・」


「あの川付近にユスリカが大量発生してましてね・・群れて俗に言う蚊柱と言う奴を作ってて人が側を通ると頭の上で飛び回って大変なんですよ・・」


「実は私も甥っ子の連れのマウンテンバイクを借りてここに来たんですが・・」


「来る途中ユニフォームに・・ほらこんなに・・ユスリカの死骸が・・たくさん付いてしまって・・」


「ハッ・・ハックション・・」


「これって気をつけないとまれにアレルギーも起こすんですよ・・」


「なんて事だ・・警部さん。それこそが唯一の証拠だったんですね・・」


「その事で途中あなたは私が犯人だと確信したわけだ・・」


「あなたって人は・・私の完敗です」


「そう・・そう言えば試合の結果が気になりますね・」


「どうなったんでしょう・・」


我輩がそう言うと若林君はポケットからワンセグの携帯を取り出しテーブルに置くとTVのスイッチを付けた。


「ゴ・・ゴール。な・・なんと言う事でしょう。」


「ブルーレッズ後半ロスタイム終了間近コーナーキックからみごと逆転のゴールを決めました。」


「これでみごと来季のJ1の残留が決定しました。沸き返るゴール裏のサポーターそしてドームに詰め掛けた2万の観客の皆さんの歓喜の声をお聞き下さい」


「沢村さん。おめでとうございます」


「あなたの築き上げたチームは来季もJ1でプレーできるようですよ・・」


「警部さん。ありがとうございます」


沢村氏は我輩に向って深々と頭を下げた。


そして両手首を合わせるような格好をして前に突き出した。


「今のあなたに手錠はいらないでしょ・・」


我輩は首を横に振ると若林君に目配せした。


そして若林君に肩を抱かれるようにして沢村氏はオーナールームを出て行った。


二人を見送ったと同時に我輩の携帯の呼び出し音が急かせるように鳴った・・


「おっと忘れてた・・自転車借りてたんだ・・」


「はいはい・・我輩だ。仕事は今片付いたところだ・・これからすぐそっちへ戻るよ」


「お前の連れのあの・・読唇術のおねえちゃん・・こころちゃんだっけ・・自転車貸してくれてありがとうって言っといてくれ」


「うんうん・・それじゃな・・」


そうそう因みに今話しとった我輩の甥っ子田村一平は都内の高校で国語の教師をやっといるんじゃ。


我輩は携帯をポケットに仕舞うともう一度壁のチームフラッグに目をやった。


「警部殿。恐縮ですが表の自転車移動していただけないでしょうか・・」


さっきの若い巡査君が部屋の入り口で我輩の背中越しにそう叫んでいるのが聞こえた。



「おわり」