吉村警部


「暑いね・・君・・ご苦労様・・」


「君知ってる頭虫・・お尻齧り虫じゃないよっ・・あのぶとみたいな虫・・」


「ほら・・追っ払っても走ってもしつこく付いて来る羽根のあるやつ・・」


「我輩は苦手でね・・」


「頭の上で群れて・・・ぐるぐると飛び回ってさ・・さっき一匹目に入っちゃった・・」


我輩がそう言って前を通り過ぎようとすると・・


「おい・・おやじさん。ここからは警察関係者以外立ち入り禁止だ・・さぁ帰った・・」


「ああ。巡査君。この人はいいの・・」


入り口に立っていた若い巡査は我輩の話半分に聞いていたが建物から出て来た若林君の声に首を傾げながら渋々我輩を通した。


「警部。お疲れ様です」


新米刑事の若林君は我輩を見るなり下を見て笑った。


「若林君。ご苦労様」


「ここがJリーグのクラブハウスねぇ。甥っ子が聞いたら泣いて喜ぶだろうな・・」


玄関を入るとトロフィーや選手達のポートレートが飾られた広いロビーに出た。


「警部。今日は非番でブルーレッズの試合さっきまで観戦してたそうですね」


「うん。甥っ子がファンでね。ホーム最終戦だから観に行こうと誘われてね」


「君・・さっきから僕のブルーレッズのこのレプリカユニホーム姿見て笑ってない・・」


「いえいえ警部・・とってもお似合いです。」


「でもちょっとそのサイズが・・お腹の辺・・ピチピチのようですが・・」


「タオルマフラーもとてもお似合いですしサポーターって感じが出てて・・」


「君。また下向いた時・・笑ってなかった・・」


「まあいいけど・・それで仏さんは・・」


「あっ・・はい。奥の部屋です」


黄色いテープをいくつか潜ると我輩はドアに「オーナールーム」とプレイとのある部屋に案内された。


赤じゅうたんにパステルブルーの壁・・


部屋の中央奥に置かれた立派なマホガニーの机・・


とその後ろに大きくが掲げられたチームフラッグが目を引いた。


「やっぱり派手だね・・オーナールームは・・」


我輩がしがめ面で茶化すと


「チームカラーを基調にしたみたいですが・・個人的なオーナーの趣味みたいですね・・僕に言わせるとちょっと悪趣味ですが・・」


我輩の独り言に若林君は部屋中を見渡しながらそう呟いた。


そして机には初老の紳士が腰掛け椅子に背をもたれるように天井を仰いで死んでいた。


「これがあの有名な国土交通省の天下り官僚の・・」


「何ていったっけ・・オーナーの・・沢村なんとか・・」


「沢村健吾氏です・・」


若林君はすかさず答えた。


「思ったより若いね・・」


「それに官僚出身にしてはスーツの趣味もちょっと派手すぎない・・」


「第一発見者は・・」


「見回りに来た警備員です。」


「普段ドームで試合の時はクラブハウスは使用してないんですが見るとこの部屋に明かりがついていたので不審に思い合鍵で開けて入ってみて死体を発見したようなんです。」


「ええっと・・時間は20時5分です」


若林君はポケットから黒い手帳を取り出すとパラパラとページを捲って言った。


「後半。同点ゴールが決まった頃だね・・」 


「と言うことはドアに鍵はかかっていたと言う事かい・・密室殺人・・」


僕は首に巻いたタオルマフラーで汗を抑えながら死体を覗き込んだ。


「死因はと・・」


「刺し傷もピストルの弾の痕もなし・・」


我輩は顔を近づけると鼻を鳴らした。


「うん。微かなアーモンド臭と言う事は・・青酸系の毒薬・・」


「つまり・・毒殺」


「いや。自殺か・・」


我輩は死体の横で身を屈めると仏さんの手首を覗き込んだ。


「ふーん。」


それから徐に立つと顎を突き出し天井を向いて目を見開いたままの仏の胸元を見た。


「スーツ姿なのにネクタイがないね・・」


「あっ警部。ネクタイならその足もとに・・」


見ると仏の足もと・・


若林君が指を刺した床の上に確かにネクタイが落ちていた。


「この派手さは確かにこの紳士のものに間違いないね・・」


そのネクタイは結び目とは別に先っちょが少し捩れていた。


そしてその時我輩はもうひとつ別の場所の床の上に奇妙なものを見つけた。


「ふーん」


「ネクタイ以外は服は乱れてないし・・」


「それから無くなった物はあるの・・」


「いいえまだ確認の最中です・・警部」


「それよりそのテーブルの上のチョコレート・・」


「それに毒が入っていたようなんです」


確かにテーブルには食べかけのチョコレートの箱が置いてあった。


「我輩の大好きなメーカーのチョコだよ・・」


「でも仏さんも結構好きだね。何個食べてるのだ・・」


「自殺としたら一個食べても毒が入ってたらお陀仏だろうに・・」


「で・・死亡時刻は・・」


「あっ・・はい。検死の結果大体19時20分前後だそうです」


「前半先制点が入った頃だね・・」


我輩はカーテンを開けると窓の外を覗いた。


「ここから窓越しに公園の林の向こうにドームが見えるって訳だ」


「ドームからここまでどれ位の時間がかかるだろうね・・」


「このクラブハウスからドームまでは車だと広いスポーツ公園を遠回りして来なくてはいけないですし20分はかかると思います。」


「それに今日は試合でこの近辺は警備がたくさんでていて混んでたのでもう少し時間がかかるかもしれません・・」


「それから仮にドームから一直線に歩いて公園を抜けて来たとしても30分はかかるでしょうね」


若林君の話に我輩はなるほどと頷いていた。


「若林君。さっきまで我輩が居たあのホーム球技場・・なんだっけ・・なんとかドーム・・」


「ブルーレッズウィングドーム・・」


若林君は我輩の方を振り返るとそう答えた。


「そう・・そのドーム・・」


「確か沢村氏がまだ国交省の官僚だった時から県は再生を賭けた県の一大プロジェクトとして十数億をかけてこの地に開閉式のドームとスポーツ公園を建設・・」


「また並行してプロチームを設立。JFL、J2と経てみごとJ1のチームを育て上げた。」


「更にその間都内からこのドームまでの道路整備や近隣への大手スーパー、遊園地の誘致を5年をかけて準備した。」


「そして一昨年鳴り物入りでオーナーに沢村氏が就任・・」


我輩がそこまで言うと


「しかし就任した一年目こそリーグ7位と出足は好調だったものの2年目の昨シーズンは13位と低迷・・そして今季は主力メンバーの怪我や外国人選手の不信もあって最下位に転落・・」


「黒字だったチームの年間収支も赤字に・・」


「折角付いていたスポンサー達も今シーズンには一社、二社とチームから手を引き・・」


「また頼りの熱烈なサポーター達からも監督やオーナーの退陣を迫られる始末・・」


「そして今日のホーム最終戦はJ2降格がが決定するかどうかの大事な試合だったはず・・」

     

若林君は続けて早口でまくし立てた。


「若林君。君も意外と情報通だね・・」


「君の言うように今日負ければJ2降格:決定・・」


「逆に勝てば他チームの結果によっては皮一枚の所で残留が決定する大事な試合・・」


「しかしそんな時にオーナーが自殺するかね・・」


我輩は薄い頭に手をやりそっと撫でた。


そして我輩は今まで居たドームの試合状況を自慢げに彼に話し始めた。

 

「試合はまず前半先制点を取って勢い付いたブルーレッズだったが後半始まってすぐ同点ゴールを入れられ追いつかれる」


「それでも振り出しに戻ってさあこれからって時に・・若林君・・君からの携帯が鳴ったんだよ・・」


「すみません。警部・・非番の予定を以前聞いていたもので・・」


「いや・・いいんだがね・・」


「実は今でもその後の試合結果が気になって仕方がないんだよ」


僕がそこまで言うと彼はニヤリと笑いポケットに手をやった・・


その時先の若い巡査がこれまた初老の紳士を連れ部屋に入ってきた。


「若林さん。オーナーの沢村さんをお連れしましたが・・」


「オーナーの沢村さん・・」


僕はびっくりしてその紳士と若林君の顔を交互に見て大声を上げた。


「じぁ・・ここで死んでる仏さんは・・いったい誰なんだ・・若林君」


「あっ・・すみません警部。」


「言い忘れてましたが亡くなられたのはメインスポンサーの岡部製菓の岡部社長なんです」


「つづく」