(第一章 からの続き)

4日目: 内護摩
日曜日に、秩父曼荼羅小屋で行われた内護摩祈祷に参加しました。この内護摩は、毎月行われている龍王祭の代わりの特別な行事でしたが、僕の一人修行と同じタイミングだったので、とてもラッキーに感じました。護摩祈祷以外も、一日休憩できることも嬉しかったポイントの一つです。日曜日の朝も、足の痛みが強く、全身が疲れていたので、両神山まで辿り着けるか分かりませんでした。それでも、ここまで来れた事はとても誇りに感じていました。

秩父曼荼羅小屋は、秩父北東の山に隠れており、杉の森に囲まれ、綺麗な川が隣に流れています。静かで深く安心できる場所にあります。小屋の一番広い囲炉裏のある部屋に入ると、360度に神仏と修験道具に囲まれています。儀式の前、先生と会員のみんなでゆっくり話していたときに、風と川の優しい音が聞こえてきました。


護摩壇の準備を、先生ともう一人の会員さんが行い、地元の果物と野菜を壇上に供えました。火鉢の両側に、二本の常緑樹の枝が置いてありました。神道で重要なサカキと、日本仏教で重要なシキミであることを、峰龍先生が教えてくれました。この二種類の植物を神聖な火に入れるのは、修験道で神様と仏様は一緒であるという象徴を意味します。

龍泉寺で行われた柴燈護摩と同じく、皆さんがヒノキで作られてる護摩木にお祈りを書きました。心の奥底から祈りを伝えるために、僕はいつも母国語になる英語で書きます。「秩父の山の健康」を書きました。

とても強力な儀式でした。いつもよりも、神仏が境内に入ってくることを深く感じました。護摩に参加するとき、いつも不動明王のご真言を深く感じますが、今回は足の下の安定した武甲山が不動明王だったという、前日の感情を思い出しました。

儀式を終えた後、お昼を食べてからみんなで大峯の印象について話しました。その最中、頭の中に羽の音が聞こえてきて、部屋を見渡すと、森で囲まれたイメージが頭の中に入ってきました。外でタバコを吸いながら、川、森、空、大地に「ここまで辿り着けるサポートをしてくれてありがとう」と言いました。そうすると、元気の波が体に入り込むことを感じました。その時「明日、がんばって三峰山登ってやる!」と決意しました。

その日の夜、また夢を見ました。頭の中に光明真言が聞こえてきました。目裏の暗みから、金色の光が見えてきて、段々菩薩の優しい顔も見えてきました。菩薩様の礼服と冠も金色で、金色の光を放っていました。その光は滴と合体して、滴も無数の仏様になるという内容でした。

5日目: 三峰山
次の日起きると、とても元気になっていました。三峰口駅までの電車の中で、足をクロステープで巻きブーツを履きました。荒川を跨がっている白川橋を渡ると、道のすぐ近くにのんびりベリーを食べている大きな雄猿がいました。武甲山から「いってらっしゃい!」と言われた気がしました。駅から三峰表参道入口までのコースは、観光客の車やバイクで混む道路です。この日は山の日だったため、特に混んでいました。

道の左側に、二匹の石で出来たオオカミが守る鳥居は三峰山の表参道入り口です。鳥居を抜けると、荒川上の朱色の橋が見えてきます。山上ヶ岳と同じように、この橋は俗世と黄泉の国の境界となります。雨で轟いていた川を渡ると、すぐに道路の音が消えました。三峰山はそんなに高い山ではないですが、とても厳粛な雰囲気を醸し出しています。表参道は何百年樹齢の檜並ですし、いくつもの堂々たる滝の近くを通ることになります。恐らく、修験の山であった時代に、滝行場になっていたんでしょう。


表参道のルートで登るのは二回目でした。登る前に「神庭(かにわ)鍾乳洞」という洞窟に寄りました。奥多摩や秩父の他の鍾乳洞に比べると、神庭はかなり小さいと感じましたが、とても特別な場所でした。武甲山の「橋立鍾乳洞」と同じく、神庭は縄文時代から人が暮らしていたそうです。神庭に住んでいた人と山の関係は、武甲山に住んでいた人と、どんな違いがあったんだろう。「パワースポット」という言葉はあまり使わないんですが、それ以外、神庭を説明出来る言葉はないと思います。とても強力な場所でした。初めて行った時、何時間も洞窟の中で瞑想を行ったり歌を歌いましたが、三峰山に登るならスキップできないと思ったため、今回も行くことにしました。


強い雨で、洞窟の口から小さな川が流れていました。中に入り、まだ濡れていなかった石に座って、ヘッドランプを消して静かに瞑想を行いました。洞窟のもっと奥から、コウモリの鳴き声が聞こえました。静かになると、前日の光明真言の夢を思い出してきたので、光明真言を唱えることにしました。これは、この旅で一番強力な経験の一つになりました。唱えながら、声が洞窟の壁とその奥の山の中に染み込んでいくようでした。唱え続けると、声が馴染みのない音色になって、ご真言の音節は蓮のように詠唱の川に浮いていくようでした。また、精霊に見られていた感じが強くしました。やがて「十分だ」という感じがし、ご真言をやめて、静かに洞窟から出ました。山に「今から登るよ!」と伝える為、法螺貝を吹きました。


山の日であっても、神社に着くまで、他の山岳者は一人もいませんでした。雨のおかげだったかもしれません!古くからある檜や元気な植物たちの鬱蒼とした森に、一人でいることがとても気持ちよかったです。歩いていた時は、心が静かでクリアでした。自分が好きなタイミングで、滝、岩、木に挨拶を行い、休憩や瞑想をして、歌を歌いました。


三峯神社は、森と別世界みたいでした。表参道には誰もおらず、また埼玉に緊急事態宣言が出た為、誰もいないのかなと思っていました。ですが、遥拝殿という山を崇拝する展望台みたいな場所に辿り着くと、観光客で混んでいました。修験道に重要になる「六根清浄大祓の詞」という祝詞を上げました。

六根清浄することは、修験者が山に入る理由の中に大事な一つです。自然で囲まれると、「六根」(眼、耳、鼻、舌、身、意)が自然の自由に流れる気で圧倒され、日常の障害である意識を清めることができるということです。ずっと森に入っていた僕は、少しだけ六根清浄を経験できたと思います。


一旦三峯本社をスキップして、直接、妙法ヶ岳にある奥宮へ進むことにしました。本来、「三峰」は、妙法ヶ岳、白岩山、雲取山の3つの山のことでした。いつか、その古道でも登拝体験をしてみたいです。次の一人修行で行くことになるでしょう。



奥宮の山道にある4つの鳥居を通っていると、段々神秘的な濃霧に包まれてきました。風が強かったですが、遅く吹いていたので、巨大な手が木のてっぺんを撫でていた様な音になりました。奥宮を参拝すると、神庭の外と同様に、霧が法螺貝と錫杖の音を呑み込みました。奥宮から降りて、混んでいた本社を参拝して、バスで下山しました。



西武秩父駅に着いたとき、天気が晴れになり、武甲山の左に綺麗な虹を見えました。

六日間:両神山
始発に乗っても、両神山の日向大谷登山口には、9時まで着きませんでした。いつか、三峰山から、秩父御嶽を通って両神山まで歩ける尾根道で行きますが、バスを乗ると三峰山と両神山はどれぐらい離れているのか理解できました。今回はしなくてよかったです。両神山は日本百名山の一つであり、日向大谷からの道は入り口から山頂までかなり急な登りとなります。前日と全然異なり、完全に晴れて綺麗な青空が見え、9時でもとても暑くなっていました。最初の鳥居で法螺貝を吹いてから登り始めると、すぐに体の疲れを感じました。


体に鞭を打ち進みましたが、体調が段々と悪くなりました。足が上まで行けるか分からないぐらい疲れていました。無茶し進むと危ないと気づきました。頭の奥底から、静かな声が囁いていました。「体は協力したいから、体に任せて。お前より動き方知ってるよ。手放して。」それを聞いて、体を信じることにして心が深く静かな状態に入れました。肩と背中が無駄に緊張していたことに気付き、歩く為にいらない筋肉が全てリラックスしました。そして体に任せて、着実に登り始めました。


最初に日向大谷からの山道はゴツゴツした川沿いに進みます。やがて、清滝小屋という避難小屋に着きます。近くにある「清滝」という高くて細い滝は、滝行場として完璧です。「今日は早すぎるね。何日間ここで修行したかったなー。食べ物とか持ってくればよかった!」と後悔しました。


登った日に、意外とハイカーで混んでいました。色んな人がいましたが、大体僕と年齢が近い男性の団体でした。みんな一緒に話したり、笑ったり、お互いに応援したりしていたので、とても楽しそうでした。その頃、僕の白装束は土、苔、血で汚れていたし、僕以外修験形の山岳者はいなかったので、普通のハイカーにおかしくみられたと思います。かつては、両神山は秩父の最も重要な修験の山でした。武甲山を登った時に、誰にも会いませんでしたし、三峰山はまだ信仰の山として重要な場所です。でも両神山で登拝すると、昔に修験の山であったけれど、今は違うという感じがしました。他の山より、両神山で昔の精神修養を再導入していると深く感じました。古代からの日本の伝統文化を昔からの修験行場となる山で行うことで、日本人のハイカーにおかしく見られるのは少し面白かったです。



小屋の後、また急な道で両神神社本社へ進みます。途中で、いくつかの鎖場もあります。下で色鮮やかな看板で、この部分で事故と遭難が多いのでご注意と書かれていました。気をつけて進むと、無事に両神山本社に辿り着きました。「両神」は、本社で祀られている夫婦となる伊邪那美命と伊邪那岐命のことです。高天の原から降りてきて、原始の海を槍で混ぜて、日本列島を作りましたと古事記に記されています。日本の大地、神々、そうして人間の祖先であります。


地質学的に、武甲山、三峰山、両神山が含めている秩父と奥多摩の山脈の山に、チャートと石灰岩が多いです。このような岩石は、海の微生物が数百万年間で海底に収集して、段々硬くなります。やがて、石になっていた海底は地殻変動活動で山になりました。秩父、奥武蔵、奥多摩で歩くと、 自分の祖先と親戚の体を歩いているとよく考えます。山は、人間の哺乳類祖先と同じ様に、数百万年前に海から生まれました。両神神社でお経を唱えたとき、この祖先に感謝をしました。


本社から、最後の山頂である奥宮まで20分登りました。上の方は、木が短くなり裸の岩場も多いから、魅力的な景色がいくつもあります。一つの展望台で休憩して、6日前スタートしたコースを、青空の下すべて見えることができました。奥武蔵も向こう側に、爪楊枝よりも小さくみえた東京スカイツリーがあって、その裏地平線に日光の山々も見えました。急に、成功したことを気づきました。最後の登りを済ませることができていました。頬が痛くなったくらい広い笑顔をしながら、奥宮へ進みました。

奥宮へ辿り着くと、10人ぐらいのハイカーが楽しそうに話したり、タバコを吸ったり、ランチを食べていました。一人は神社の屋上に寄りかかりながらサンドイッチを食べていました。「ごめんなさい、少し参拝してもいいですかね」と恥ずかしく聞いて、彼も少し恥ずかしながら移動してくれました。静かにお経を唱えてから、またさっきの展望台まで降りてゆっくり休みました。


山頂のその経験で、「入峰」と普通の山登りの違いを気づかされました。一般的な山岳者が山で楽しめる理由と、行者が山の強力さを感じれる理由は一緒だと思います。修行の意図がなくても、森を浴びたり、清水で遊んだり、体を動かしたり、自然に近づくことが体も心にもとても健康なことです。この結果は、科学的な研究でも証明済みです。これは、修行者の「六根清浄」の反響であるでしょう。でも、入峰では、山が行者よりとても古代のことであり、より知恵持っている生き物であることを知って、子供や生徒として育てれるために山に入ります。言い換えると、ハイキングは教室の外で友達と話すようなことです。偶然に知識を得る可能性はありますが、それがメインではありません。他方で、入峰は授業に出席するということです。一方が良くて悪いという訳ではなく、目的は違うと感じました。これから、僕にとって「ただのハイキング」をすることは難しいかもしれません。山に入ると、心のどこかがいつも「入峰修行」を行うからです。

同じ道で下山して、鳥居で一人修行の最後の法螺貝を吹いてから、バスを待っていた間に瞑想を行いました。結果は最初のプランと違う形になりましたが、目標を達成しました。関東平野から秩父まで修験古道で歩いて、それから秩父の修験霊山で登拝することができました。この旅を済ませることが出来て、もちろん誇りに思っていましたが、大峯修行と同じように、何も済ませてないことも感じました。歩いた数十キロメートル、歌った歌、唱えたご真言は秩父の山々と関係を作ること、そして山の環境に役に立つことの最初の一歩だったと感じました。「修行」ということはもちろん体に辛い活動も含むけど、大変だからこそ修行になるわけではありません。修行の目標は、様々な生き物と関係を作り、その関係で自分の中にどんな代わりがあることを気づき、自然で再び生まれた自分を他人のために使うことだと思います。それは決して、一週間で達成できることではありません。

この修行は人生の最も挑戦な経験の一つでしたが、最も素晴らしい経験の一つでもありました。家に戻ると、もう山の音や美味しい空気が無く、変な気分になりました。これから、山で習ったことを日常生活でも使っていきます。それでも、山に戻ることは、すぐ楽しみになりました。水ぶくれが治ったらすぐ行くね!(笑)