いやぁ〜人間ってのは面白いもんで。

「いつかは来る」と思ってることほど、

ずっと来ない気がしてる。

ある人がおりましてね。

実家に帰るたびに思うんです。

「親、まだ元気そうやなあ」


で、

「まあ今度ゆっくり話せばいいか」

って帰る。

これ、何年も続く。

いやぁ〜人間ってのは面白いもんで。

“変わってないように見えるもの”ほど、見てない。

ある日、ふと気づく。

「あれ、食べる量減ってない?」

前は一人前だったのに、

半分で「もういいわ」って言う。

別の日。

「なんか痩せた?」

「歳やからなぁ」

って笑う。

この“笑いながらの変化”、

これが一番見逃しやすい。

本人も深刻じゃない。
周りも深刻に見てない。

でも実はここ、

ゆっくり終わりが始まってるサイン。


もう一つあります。

今までほとんど病気しなかった人が、

ある年からこうなる。

「また入院した」

退院して、

「もう大丈夫や」

って戻ってくる。

でも、前と同じじゃない。

少し動きが遅い。
少し疲れやすい。

で、またしばらくして、

もう一回。

これ、繰り返す。

戻ってるようで、戻ってない。


でも人は、ここを見ない。

見たくないから。

「もう元通りじゃないかもしれない」

これ、受け止めるの、しんどい。

だから、

“まだ大丈夫”にしておく。


で、ここからが本題。

本当に後悔する人って、

何もしてなかった人じゃない。

むしろ、「まだ大丈夫」と思ってた人。


「落ち着いたら旅行行こう」
「時間できたら話そう」

全部、“そのうち”。


でもな、

“そのうち”って、来ない。


来るのは、

「もうできへんタイミング」


いやぁ〜人間ってのは面白いもんで。

終わりが見えた瞬間だけ、優しくなれる。


でも本当は、

見える前からできた。


特別なことじゃなくていい。

一緒に飯食う。
どうでもいい話する。
少し長く居る。

それでいい。


むしろ、

それしか残らない。


……で済ませたいところなんやけどな。


最後に一つだけ。

「まだ元気やから」は、だいたいズレてる。


元気な“今”しか、

一緒に何かできる時間はない。

そしてもう一歩いくと、

「今」があると思ってること自体が、ちょっと思い込みかもしれん。


だから、

会えるときに会う。
話せるときに話す。

これだけでいい。

いやぁ〜人間ってのは面白いもんで。

「そのうち」を待ってるうちに、

今が過ぎていく。

その“過ぎていく今”ごと、

抱えられているこちらが、

ここにいる。

南無阿弥陀仏。