いやぁ〜人間ってのは面白いもんで、
「まだ大丈夫」
という言葉が大好きです。
健康診断で、血糖値が少し高い。
血圧も少し高い。
先生から、
「気をつけてくださいね」
と言われる。
その日の帰りは、ちょっと反省するんです。
昼飯は蕎麦にする。
夜も腹八分目。
エレベーターではなく、階段を使ってみる。
ところが三日もすると、冷蔵庫にプリンがある。
賞味期限を見る。
今日まで。
「これは仕方ない」
健康より、食品ロスを心配し始めます。
いやぁ〜。
人間の決意というのは、プリン一個にも負けるんですな。
それでも、身体は痛くない。
仕事にも行ける。
ご飯もうまい。
風呂にも入れる。
となると、
「まあ、大丈夫やろ」
になる。
来年の健診で、また少し悪い。
「去年とそんなに変わらん」
再来年も、少し悪い。
「急に悪くなったわけじゃない」
こうして、毎年ちょっとずつ動く数字に、こちらの方が慣れていく。
身体より先に、心が慣れるんですな。
グレート義太夫さんは生前、糖尿病について、
「本当に糖尿病を舐めてた」
と振り返っていたそうです。
もちろん、亡くなった原因と糖尿病との関係は公表されていません。
だから、そこを勝手につなげることはできません。
ただ、この言葉は妙に胸に残ります。
糖尿病も腎臓の病気も、怖いのは、最初から大声で知らせてくれるとは限らないことです。
痛くない。
倒れない。
今日も働ける。
だから、まだ大丈夫だと思う。
でも身体というのは、こちらが忘れている間も黙って働いております。
腎臓なんて、朝も夜もありません。
こちらが寝ている間も働く。
焼肉を食べた日も働く。
正月も働く。
「今日は疲れたので休みます」
とも言わない。
考えてみれば、ずいぶん律儀なやつです。
ところが私らは、その律儀さに甘える。
文句を言わない相手ほど、つい無理をさせる。
……これ、人間関係でもありますな。
そして身体がとうとう、
「もう無理です」
と言い始めてから、初めて気づく。
ずっと大丈夫だったんじゃない。
ずっと黙って支えてくれていたんだ、と。
これは、少し笑えんのです。
もちろん、健康に気をつければ、何もかも防げるわけではありません。
気をつけていても、病気になる時はある。
だから、病気になった人を、
「自己管理が悪かった」
なんて裁く話にはしたくありません。
人間の身体は、そんな単純なものではないでしょう。
ただ、まだ動いてくれている身体を、
「動くから大丈夫」
と、雑に扱わなくてもいい。
薬を飲む。
病院へ行く。
健診の紙を、引き出しの奥へしまわない。
塩を少し控える。
少し歩く。
そんな地味なことは、ちっとも格好よくありません。
でも、自分の身体に、
「今日もありがとう」
と言う代わりにはなるのかもしれません。
「まだ大丈夫」は、放っておいてよい時間ではなく、まだ手をかけられる時間。
そう思えば、少しだけ意味が変わります。
私も、健診の紙を見る時だけは妙に神妙な顔になります。
その顔が、せめて三日以上続けばいいんですがね。
いやぁ〜人間ってのは面白いもんで。
南無阿弥陀仏。
