いやぁ〜人間ってのは面白いもんで。
一度、「これからはこれや」と思いますと、なかなか引き返せません。
あるお父さんがおりまして。
車が好きで、休みの日になると、朝から洗車をする。
ボンネットを拭きながら、「次は絶対これやな」と、新しい車の話ばかりしております。
燃費がいい。
環境にもいい。
これからは電気の時代だ。
そう言いながら、スマホで新型車の記事を見ては、ひとりでうなずいている。
ところが、奥さんが横から言うんです。
「でも、うち田舎やし、冬もあるし、遠出もするよ」
するとお父さん、少し黙る。
「まあ……充電設備も増えるやろ」
さらに奥さん。
「増えんかったら?」
「……その時はその時や」
いやぁ〜。
だんだん、車を選んでいるのか、自分の予言を守っているのか、分からなくなってまいります。
人間って、こういうところがありますな。
最初は、便利だから選んだ。
合理的だから選んだ。
ところが、いつの間にか、選んだものを正しかったことにしたくなる。
これは車に限りません。
仕事でも、家でも、学校でも、人間関係でもそうです。
一度、「こっちが正解」と決めると、反対側がだんだん、間違いに見えてくる。
電気自動車か、ハイブリッドか。
どちらが正しい。
どちらが古い。
どちらが未来だ。
そんな話になりますと、本当は暮らし方によって違うはずなのに、急に旗を持ちたくなる。
いやぁ、人間は旗を持つのが好きです。
持った瞬間、少し強くなった気がしますから。
でも、現実というやつは、こちらの旗を見てくれません。
充電する場所が足りない。
電気代が上がる。
遠くまで走りたい。
雪道もある。
逆に、街の中だけなら、電気自動車の方が便利なこともある。
事情は、人の数だけ違います。
それなのに、「未来はこれ一本」と決めますと、都合の悪い現実まで、邪魔者に見えてしまう。
……ここが、少し怖いところです。
正しさというのは、最初は道具だったはずなのに、握りしめると、こちらが正しさの道具にされることがある。
「私は間違っていなかった」
その一言を守るために、ずいぶん遠回りをする。
いや、わしも同じなんですがね。
買った家電が失敗だった時など、すぐには認めません。
「いや、この機能は便利やし」
「長く使えば元は取れる」
誰に言い訳しているのか分からない。
たぶん、自分です。
人間ってのは、間違えることより、間違えたと認めることの方が、しんどいんですな。
だから、途中で変えてもいい。
思っていた未来と違ったら、少し戻ってもいい。
電気も使う。
ガソリンも使う。
その時その時で、一番暮らしに合うものを選ぶ。
それくらい曖昧でも、案外、世の中は回ります。
私らの人生も、同じなのでしょう。
最初に決めた道を、最後まで貫かなくてもいい。
昨日の自分と、今日の自分が違ってもいい。
正解を守るより、今日をちゃんと生きる方が、大事な時もあります。
いやぁ〜人間ってのは面白いもんで。
南無阿弥陀仏。
