■【1】「善信の信心と、聖人の信心は同じや」


これが発火点やった

歎異抄の後序には、こんなエピソードが書かれてます。

法然門下のころ、親鸞さま(善信房と言われてた時期ね)が、こう言いはった。

「わしの信心も、法然聖人の信心も、ひとつのもんや」

これを聞いたまわりの弟子たち、これがもう、大騒ぎ。

勢観房「どこが同じやねん!」

念仏房「聖人と善信、同じはずあらへんやろ!」

わいわい、がやがや。

……まるで古典版「X(旧Twitter)炎上」状態。


■【2】法然聖人の“神対応”

親鸞さまは困って、ついに“本丸”である法然聖人へ直訴します。

すると聖人は、こう一言。

「源空(わし)の信心も、如来から賜った信心。善信の信心も、如来から賜った信心。せやから、ただひとつや」


落語で言うと、

「みんな如来さんの“ワンオペ供給”やがな」

聖人の信心と親鸞の信心が違う、なんて言う人は、

「うちとは別ルートで浄土行く気か?」

と、軽くツッコミを入れられたわけですね。

これで場はシーン……。

勢観房たちは「し、聖人が言うなら……」と頭を下げるほかない。


■【3】信心が同じやから、争いが起きる?

これが“皮肉なところ”

後序にも書かれてますが、当時も今も、

「信心を語る人ほど、だんだん口が強うなる」

という悲しい現実があるんです。

人間というのは、どうしても

● 自分の理解が“正しい”

● 相手は“ちょっとズレてる”

そんなふうに思い込みやすいんですね。

親鸞さまは、その空気を誰より感じとっておられた。


■【4】“善悪の議論”ほど迷いを生む

親鸞さまの名言がここで出ます。

「善悪のふたつ、総じてもって存知せざるなり」

「ただ念仏のみぞまこと」


要するに、

「人間の判断は全部あやしい。

 せやけど如来の大悲だけは裏切らへん」

ということ。

ここが核心ですね。

■【5】そして…流罪へ

物語は歴史の大事件につながる

序文の最後では、法然門下の弾圧事件が記されています。

● 法然聖人:土佐へ流罪

● 親鸞聖人:越後へ流罪(俗名「藤井善信」に)

● 住蓮房・安楽房ら:死罪

現代ならありえへん規模の“宗教弾圧”です。

親鸞さまはここで “非僧非俗” となり、

愚禿親鸞(ぐとくしんらん) の道を歩みはじめる。

つまり――

信心は一つ。

せやけど、その一つを守るために、命がけの道になることもあった。

この重さが、後序のラストにじんわり滲んでいます。


■【6】一照のまとめ

さて、この歎異抄後序を読んで一照が思うのは――

信心というのは、

“深くなればなるほど、人間の自我が顔を出す”

ということ。

だから親鸞さまは、

はっきりこう言うてはる。


「如来の御心にまかせよ」


人と比べたり、

自分を大きく見たり小さく見たり、

相手の信心を測ったり――

そんなもん全部、

人間側の“そらごと・たわごと”。

ただ念仏だけが真実なんや、と。


■【7】一照より、みなさんへ

もしあなたが、

● 信心について誰かと論じすぎてしんどい

● 自分の信心が“正しいか”気になりすぎる

● 他人の言葉に振り回されがち

そんなときは、どうぞこの歎異抄後序を思い出してください。


信心は“ひとつ”。

比べるものではなく、授かるもの。

争うためやなく、静かにいただくもの。


親鸞さまは、600年前から

この“人間の悲しさ”を見抜いてはりました。