こんばんは。蓮夏一照です。
今日の御文、報恩講の場面から始まります。
👉 わざわざ参詣して
👉 志を運んで
👉 報恩謝徳しようとする人たち
ええ話です。
ところが、ここで蓮如さん、ちょっと厳しい。
◆ 同じ場所にいても、違いがある
御文は言います。
👉 信心を得た人もいる
👉 まだの人もいる
同じお堂に座ってる。
同じ話を聞いてる。
でも、中身は全然違う。
落語で言うたら、同じ寄席にいて、
「めっちゃ面白かった!」って人と、「何がオチかわからんかった…」って人がいる。
◆ ここ、めちゃくちゃ大事
👉 信心が決まらんと
👉 往生は不定
つまり、往くかどうか、まだ決まってない。
これ、なかなか重たい話です。
だから言う。
👉 はやく決めなさい
◆ 人間は“不定の世界”
御文の名言。
👉 人間は不定
👉 極楽は常住
こっちは、いつどうなるかわからん世界。
病気もする。事故もある。
明日どうなるかも、わからん。
譬えで言うたら、グラグラ揺れる船。
一方、極楽は、動かない大地。
だったら、どっちに立ちたいか。
答えは、決まってる。
◆ 「念仏だけでいい」は、ちょっと違う
ここ、かなり大事な指摘。
👉 口に称名すれば往生できる
👉 と思ってる人が多い
でも、御文は言う。
👉 それはおぼつかない
え、じゃあ何が大事なん?
◆ 六字の“中身”を知ること
答えはこれ。
👉 南無阿弥陀仏のこころを知る
ただ唱えるんやない。
意味を受け取る。
◆ 南無=こっちの心
👉 南無=帰命
つまり、
👉 「助けてください」
と、一心に頼む。
雑行をすてて、疑いなく頼む。
◆ 阿弥陀仏=向こうの働き
👉 阿弥陀仏=助ける働き
頼んだ人を、
👉 必ず救う
これが、向こうの約束。
◆ これがわかったら、信心決定
👉 南無(頼む)
👉 阿弥陀仏(助ける)
この一体の道理が、「ああ、そうか」と腑に落ちる。
それが、
👉 信心をとる
ということ。
落語で言うたら、
最後のオチが、ストンと腹に落ちる瞬間。
あの感じ。
◆ まとめ
・参詣しただけではまだ入口
・信心の有無で大きく違う
・信心が決まらないと往生は不定
・人間は不定、極楽は常住
・念仏は唱えるだけでは足りない
・六字のこころを受け取ることが大事
◆ しめ
同じ場所にいても、同じ言葉を聞いても、
「わかった人」と「まだの人」がいる。
その違いは、たった一つ。
👉 南無阿弥陀仏の中身が
👉 自分のこととして受け取れたかどうか
だから今日も、ただ唱えるんやなく、その意味の中に、身を置いて。
南無阿弥陀仏。
あなかしこ、あなかしこ。