今回の記事は、こちらの記事の内容とも「関連性」があることから、その「リブログ」としています(「元の記事」もぜひ、ご覧ください)
「ブルックリン・デュオ」のピアニスト、マーニー・レアード(1983-)による、大変「素晴らしい」名演奏を、どうぞお聴きください!!
詳細なプロフィール(英語)
「譜面付き演奏」は、こちらをどうぞ。
「オーケストラ版」では、こちらをお薦めいたします。
テーマが「ベートーヴェン」のこれまでの記事。
「記念サイト」(「生誕250周年(2020年)」)もまだあります...。
さて...
3月26日が「命日」だったベートーヴェン(1770-1827)ですが、それに合わせて書くつもりだったこの記事も、なかなか、書き始めることができず、ついに、「1ヶ月」が過ぎてしまいました。
今回は、「簡略な記事」にはなりますが、いろいろと、「思う」ところもありますので、どうか、お付き合いください...。
この、あまりにも「有名」なピアノ曲、「エリーゼのために (Fur Elise) WoO.59」(バガテル第25番イ短調)(1810)ですが、実は、「謎の多い曲」としても「有名」です。
とても分かりやすい、「解説動画」がありますので、まずは、こちらをどうぞ。
同様に、やはり「ピアニスト」による、詳細な「解説記事」もあります。
現在、その「自筆譜」が、すでに失われているため、このエリーゼが「誰なのか」が、「注目の的(謎)」ともなっているというお話ですが、それ以前に書かれた「スケッチ」は「現存」しており、その「最初のスケッチ」は、1808年、「交響曲第6番 ヘ長調 op.68 "田園"」のための、そのスケッチ帳の中に見られるということです。
しかしそれは、「16小節」のみで、後のものとは、メロディが、「やや異なって」もいるようです。
そして、1810年春ごろ、劇音楽「エグモント op.84」(同年6月15日初演)などと「同じ」紙に、「原稿(草稿)」(2枚/「BH 116」)が書かれ、それをもとに、「自筆譜(浄書譜)」が書かれたと見られています。
この曲は結局、ベートーヴェンの生前には出版されることがなく、その死後、「40年」も経った1867年、「ベートーヴェン研究家」であった、ルートヴィヒ・ノール(1831-85)により、その「自筆譜」が発見されたことから、ようやく、「出版」となったのですが、その後、その「自筆譜」は失われ、結果的に、「謎が残る」かたち、となってしまったのです。
その「自筆譜」には、「エリーゼのために、4月27日、L・v・ベートーヴェンの思い出として」との、「献辞」があったと言いますが、最初の有力な説、テレーゼ・マルファッティ(1792-1851)の、その「書庫」に、「原稿」が遺されていたにもかかわらず、テレーゼの「実妹」である、グライヒェンシュタイン男爵夫人(アンナ, 1792-1869)は、そのエリーゼが、「誰を指していたのか」を、「記憶していなかった」ということです。
現在では、この、「テレーゼ・マルファッティ」説に代わり、ソプラノ歌手で、「友人の妹」でもあった、「エリーザベト・レッケル(1793-1883)」(高名な作曲家で演奏家、フンメルの妻)説が「有力」とされていますが、こちらもまた、「疑問の余地が残る」と言われています。
また、「テレーゼ」で思い出される曲は、「こちら」もあります。
「ピアノソナタ第24番 嬰ヘ長調 op.78 ("テレーゼ")」(1809)。
「第1楽章」
「第2楽章」
やはり、「似たような時期」に書かれた作品とも言えますが、こちらのピアノソナタは、前作、「第23番ヘ短調 op.57 "熱情"」(1805)以来、「4年ぶり」となる作品で、今作より、「少し前」の完成となります。
こちらの「テレーゼ」は、ベートーヴェンの、「不滅の恋人」として、「最有力視」されている、ヨゼフィーネ・ブルンスヴィック(1779-1821)の、その姉、テレーゼ・ブルンスヴィック(1775-1861)(やはり、その「候補」のひとり)のことで、そのテレーゼに「献呈」されたことから、このタイトルで呼ばれることがあります。
テレーゼは、「ピアノの教え子」でもあり、ベートーヴェン自身、この曲に、「深い愛着があった」ということです。
さて...
「エリーゼのために」に話を戻しますと、現在では、すっかり「ポピュラー」な名曲となり、実に、さまざまな使われ方をしています。
「元の記事」にも書いている通り(「今回の記事」は、その「リブログ」です)、この春開業した、ハピラインふくいの新駅、「しきぶ駅」でも、上り、「敦賀方面」行きのホームにて、この、「エリーゼのために」が使われています。
また、「この曲」も、おなじみですよね。
ザ・ピーナッツ「情熱の花」(1957-1959)。
(「原曲」は、1957年に発表されたアメリカの曲ですが、その後、欧州各国でもヒットし、1959年、「日本語詞」も付けられました)
こちらが、その「オリジナル録音」です。
そして、「私たちの世代」で言うと、やはり「この曲」でしょう...。
ザ・ヴィーナス「キッスは目にして!」(1981年7月25日発売)。
(「オールディーズ風のアレンジ」に、当時、大いに「ハマった」ものです...)
「オリジナル録音」はこちら。
...テレーゼ・マルファッティとは、テレーゼの両親の「反対」にもあい、エリーザベト・レッケルとも、結局、結ばれることはなく、終わりました。
先述の、「原稿(草稿)」(2枚/「BH 116」)には、1822年、「手を加えた跡」が残されており、それは、先に挙げている、坂本真由美さんの動画や、内藤晃さんの記事でも紹介されています。
そのことから考えても、この曲は、私たちが思う以上に、「重要な曲」であり、悲しい、「別れの曲」であるのかも知れません。
余談ながら、この、ベートーヴェンの「命日」が「誕生日」である、「あのお方」は、もう、「表舞台には帰って来ない」そうです。
それを思うと、なおさら、この曲が、頭の中で、何度も何度も、繰り返し、流れてくるのです...。
ありがとうございました。
それではまた...。
(daniel-b=フランス専門)


