今回の記事も、こちらの記事の内容と「関連性」があることから、その「リブログ」としています(「元の記事」もぜひ、ご覧ください)。

 

 

こちらは、1982年8月、「20世紀を代表する大歌手」、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(1925-2012)が、やはり、「シューベルト弾きの巨匠(マエストロ)」、アルフレート(アルフレッド)・ブレンデル(1931-2025.6.17!!)のピアノで歌った録音となります。

 

 

こちらは、「全盛期」であった1970年、「長年の相棒」でもある名ピアニスト、ジェラルド・ムーア(1899-1987)との「名演奏(名録音)」です(「独英字幕」付き)。

 

 

 

同じく、「20世紀を代表する大歌手」のひとり、ヘルマン・プライ(1929-98)による、レナード・ホカンソン(1931-2003)との「名録音」もどうぞ(1973年)。

 

 

 

そしてこちらは、「バス・バリトン」の第一人者、ハンス・ホッター(1909-2003)「名唱」です(1946年)。

 

 

 

 

「女声」による「名唱」がないかと探してみましたが、こちらは本当に、「素晴らしい」と思いました。

 

 

ナタリー・シュトゥッツマン(1965-)、2006年東京公演より。

 

 

 

 

フィッシャー=ディースカウのCDのみですが、挙げておきましょう。

 

 

 

 

 

 

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さて...

 

 

 

 

「11月19日」が「命日」シューベルト(1797-1828)ですが、まずその前に、そのシューベルトの「解釈」、「演奏」の「第一人者」で、2009年には、「高松宮殿下記念世界文化賞(「音楽部門」)」も「受賞」された、「音楽学者」でもある、真に「偉大」なピアノの「マエストロ(巨匠)」、アルフレート(アルフレッド)・ブレンデルが、今年(2025年)6月17日、「逝去」されていたことが分かりました。

 

 

 

私自身、「最も夢中になったピアニスト」でもあります...。

 

 

 

あらためまして、謹んで、同氏のご冥福をお祈りしたいと思います。

 

 

 

 

合掌...。

 

 

 

 

アルフレート・ブレンデル(1931.1.5-2025.6.17)

 

 

 

 

 

まずは、そのブレンデルによる、こちらの演奏をお聴きください。

 

 

 

幻想曲ハ長調「さすらい人」 op.15, D.760(1822)より、「第2部(アダージョ)」。

(1988年7月録音)

 

 

 

 

「さすらい人」の、「複雑な心のうち」が、まさに「音楽」によって、余すことなく、「表現(再現)」されているように感じられます...。

 

 

 

 

 

 

 

 

「元の記事」(今回の記事は、その「リブログ」です)に貼りつけている動画は「こちら」で、その「全曲」となります(「22分」)。

(1976~77年収録)

 

 

 

 

 

 

 

 

「作曲」したシューベルト自身が演奏出来ず、「こんな曲は、悪魔にでも弾かせろ!!」とまで叫んだという、「逸話」もあるほどの「超難曲」ですが、シューベルトを敬愛していたフランツ・リスト(1811-86)は後に、この曲を、ピアノと管弦楽のための「協奏曲(風)」(S.366)に仕立てた他、「2台のピアノ版」(S.653)、「(弾きやすい)ピアノ独奏版」(S.656a)への編曲も行ない、この曲の「普及」に努めました。

 

 

 

 

こちらが、その、「協奏曲(風)」「さすらい人幻想曲」(S.366)です。

 

 

これを聴いても、いかにシューベルトの原曲が「管弦楽的な大曲(難曲)」かということが、「分かる」のではないかと思います。

(2017年1月22日収録)

 

 

 

 

参考にした記事

 

 

 

 

 

また、リストは、それとは別に、「歌曲版」の編曲も行なっています。

(2022年9月9日公開)

 

 

 

 

 
これらの曲の「原曲」となっている、歌曲「さすらい人(Der Wanderer) op.4-1, D.493」(1816)(1821年出版の、現行の版は「第三版」で、「区別」する場合、「第一版」は「D.489」)は、「フォン・リューベック」(「ドイツ北部・リューベック出身の」)と名乗った、抒情詩人、ゲオルク・フィリップ・シュミット(・フォン・リューベック)(1766-1849)による詩に曲付けされたもので、ゲーテ(1749-1832)の詩による「魔王 op.1, D.328」(1815)と並んで、「初期の代表的歌曲」とも言えるものですが、「さすらい」はまた、「シューベルト一生のテーマ」でもありました...。
 
 
 
シューベルトの曲と、その「最後の一節」により、ドイツ・ロマン主義の「最も有名な詩」とも呼ばれる、この、フォン・リューベックによる詩ですが、元々のタイトルは、「異邦人の夕べのうた(Des Fremdlings Abendlied)」といい、シューベルトは、「8節」から成っていたこの詩を、曲付けの際、「編集」し、タイトルも、「さすらい人(Der Wanderer)」にあらためました。
 
 
 
 
(参考)「原詩」は、「ウィキペディア(ドイツ語版)」に掲載されています。

https://de.wikipedia.org/wiki/Des_Fremdlings_Abendlied

 

 

 

 

また、今回の記事を書くにあたり、こちらの記事も、「参考」にさせていただきました...。

 

 

 

 

 

シューベルトにはまた、同じく、「さすらい人(Der Wnderer)」というタイトルの歌曲がもう1曲ありますが、こちらは、フリードリヒ・シュレーゲル(1772-1829)の詩によるもので、1819年に、作曲された作品です(op.65-2, D.649)。

 

 

 

 

(参考記事)こちらの「さすらい人」(D.649)の詩の、「対訳」と「解説」。

 

 

 

 

 

そして1826年には、「最晩年」のあの歌曲集、「白鳥の歌 D.957」(1828)の最終曲、「鳩の便り(D.965A)」をも書いている、ヨハン・ガブリエル・ザイドル(1804-75)の詩による歌曲、「さすらい人が月に寄せて op.80-1, D.870」も書かれていますが、こちらもまた、「名曲」です。

 

 

ヘルマン・プライには、「歌唱映像」もあります。

 

 

 

私は地上を、おん身(月)は大空を

ともに憩いなくさすらう身だ

私は陰鬱に渋面を作り、おん身は柔和に澄みわたっている

この違いはどうしたことだろう?

 

...........

 

かぎりなく広がった大空は

おん身のなつかしい故郷なのだ

おお、どこへ行こうとも、故郷の地を

離れることのない者はさいわいなるかな!

 

 

(西野茂雄訳)

 

 

 

 

 

「さすらい」というテーマで言えば、ヴィルヘルム・ミュラー(1794-1827)の詩による、2作の連作歌曲集、「美しき水車小屋の娘 op.25, D.795」(1823)、「冬の旅 op.89, D.911」(1827)もまさに、その「最たるもの」ですが、「冬の旅 」には、1979年、ブレンデルのピアノで歌った、フィッシャー=ディースカウの歌唱映像がありますので、こちらもぜひどうぞ!!

 

 

 

 

こちらのCDは、1985年録音のものとなります。

 

 

 

 

「冬の旅」については、「4回の連載」の後、こちらの「まとめ」を書いています。

 

 

 

 

 

最後に、そのブレンデルが亡くなられたということで、やはり「代表的なレパートリー」であった、シューベルトのピアノ曲から、その「最後の作品」でもある、「ピアノソナタ第21番 変ロ長調 D.960」(1828)の「名演奏」を載せておくことにいたしましょう...。

(1988年1月収録)

 

 

 

 

 

 

 

 

この曲についての記事

 

 

 

 

 

そして以下に、今回の曲、「さすらい人」(フォン・リューベック)の詩も載せておきましょう。

 

 

 

今回の訳詞は、やはり日本盤CDに掲載の、西野茂雄氏のものを、そのままお借りしております。

 

 

 

私自身、本当に、

 

 

 

「共感」して、「し過ぎる」ほどの詩

 

 

 

だと感じております...。

 

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

それではまた...。

 

 

 

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Der Wanderer  さすらい人

 

 

Ich komme vom Gebirge her,

Es dampft das Tal, es braust das Meer

Ich wandle still, bin wenig froh,

und immer fragt der Seufzer: wo?

Immer wo?

 

山々を越えて、私は来た

谷が霧にけむり、海が鳴っている

ひっそりと私はさすらう、喜び少なく

つねに吐息して問いながら

どこに? と

 

Die Sonne dunkt mich hier so kalt,

Die blute welk, das Leben alt,

Und was sie reden, leerer Schall,

Ich bin ein Fremdling uberall

 

ここでは日の光がひどくつめたくて

花は色褪せ、人の世は老いさらばえて見える

かわされる言葉はむなしいひびきにすぎない

私はどこへ行っても他国者だ

 

Wo bist du, mein geliebtes Land?

Gesucht, geahnt und nie gekannt!

Das Land, das Land, so hoffnungsgrun,

Das Land, wo meine Rosen bluhn,

 

どこにあるのだ、私の愛する国は?

さがし求め、あこがれ、ついに見出せぬ国は!

希望が緑に萌え立つ、その国

私のばらが花ひらく国

 

Wo meine freunde wandelnd gehn,

Wo meine Toten auferstehn,

Das Land, das meine Sprache spricht,

O Land, wo bist du?

 

友人がうち連れてそぞろ歩み

世を去った人々がよみがえり

私の言葉が話される国

おお、その国はどこにあるのだ?

 

Ich wandle still, bin wenig froh,

Und immer fragt der Seufzer:wo?

Immer wo?

Im Geisterhauch tont's mir zuruck:

"Dort, wo du nicht bist, dort ist das Gluck!"

 

ひっそりと私はさすらう、喜び少なく

つねに吐息して問いながら

どこに? と

この世ならぬささやきが私に答える

「お前のいないところ、そこに幸福がある!」

 

 

(daniel-b=フランス専門)