今回の記事は、こちらの記事の内容とも「関連性」があることから、その「リブログ」としています(「元の記事」もぜひ、ご覧ください)

 

 

こちらは、テレビ出演の映像で、1976年のものだということです。

 

 

こちらもまた、1976年のテレビより(1月3日)。

 

 

こちらもやはり、1976年、テレビ番組からの映像です。

 

 

 

1992年10月、オランピア劇場公演の音源も、アップされています。

 

 

 

「CD」もありますが、入手はもう、正直、「厳しい」と思います。

 

 

 

 

こちらは、この曲のタイトルを冠した、2005年2月、バタクラン劇場(パリ)でのライヴ映像で、DVDでも発売されています。

 

 

 

こちらは「CD」です。

 

 

 

 

また、2007年には、パリのシネマコンプレックス」で、「大劇場」でもある、「ル・グラン・レックス」にてライヴを行ない、この曲では、ヴァンサン・ドレルム(1976-)と「共演」しています。

 

 

 

こちらは「CD」です。

 

 

 

 

こちらはもう、「晩年」と言えますよね。

 

 

2011年8月5日、ブルゴーニュ地方、マコン(「白ワイン」でも有名)で行なわれたフェスティバルでのライヴで、大変「貴重」な映像です。

 

 

 

そしてこちらが、「オリジナル録音」です(1975年発売)。

 

 

 

また、つい先日、2026年2月6日には、パスカル・オビスポ(1965-)の手により、「リアレンジ」、また、「バックボーカル」も追加された(曲によっては、「バーチャルデュオ」も...)、「最新アルバム」が「発売」となりました。

 

 

 

 

 

 

 

このアルバムの概要(インスタグラム)

 

 

 

 

「カラオケ」もあります。

 

 

 

 

「オリジナル盤」はこちら。

 

 

 

最新の、「大全集」も発売となっています。

 

 

 

こちらもやはり、「最新」の「4枚組ベスト」。

 

 

「1枚もの」では、こちらがあります。

 

 

 

 

 

「シャンソン」がテーマの記事一覧。

 

 

 

 

さて...

 

 

 

今年、「没後10周年/生誕80周年」という、「ダブル・アニヴァーサリー」にも当たっている、フランスを代表する「大歌手」のひとり、ミシェル・デルペッシュ(1946-2016)...。

 

 

 

その「命日」が「1月2日」で、「誕生日」も「1月26日」であったデルペッシュですが、今回は、そのちょうど「中間」で上げた「前回記事」(今回の記事は、その「リブログ」です)に、「コメント」としていただいた、「にこらさん」からのリクエスト(「お薦め」)に応える形で、この曲について書いてみたいと思います。

 

 

 

その、今回の曲、「ce lundi-la "憂鬱な月曜日"」は、前回記事の曲、「le chasseur "狩り"」(1974)の翌年、1975年に発表されたアルバム、通称、「quand j'etais chanteur "歌手の魂"」(原題は、「僕が歌手だったころ」)に収録された1曲ですが、2番目に「シングルカット」となった曲でもあり、ベストアルバムにも収録されるほどの、「人気曲」ともなっているようです。

 

 

 

 

そしてその「内容」はと言えば...。

 

 

 

 

にこらさんいわく、

 

 

 

メロディーは清々しいが、対訳を読むと身につまされる、仕事と家庭の「板挟み」になって失踪する、サラリーマンの悲哀...。

 

 

 

 

ということで、「失踪」とまでは行かなくても、たしかに、会社に「嫌気」が差して「辞める」という「現実」が、淡々と歌われているといった印象を受ける曲だと思います。

 

 

 

 

「タバコを買いに...」といったフレーズを聴くと、私は、どうしても、あの、ミシェル・ベルジェ(1947-92)と、ヴェロニク・サンソン(1949-)の、「別れ」のエピソードを思い出してしまうのですが、その話は「長く」なるので、ここではまず、置いておくことにしましょう...。

 

 

 

 

また、「月曜日」、とりわけ、「憂鬱な」と来ると、私は、「こちらの曲」も思い出してしまいます。

 

 

(もっとも、こちらは、「コメディタッチ」な曲ですが...)

 

 

 

 

ジョルジュス(1891-1970) 「triste lundi "悲しい月曜日"」(1936)。

(別名、「la chanson qui tue les mites "虫を殺す歌"」とも言い、ダミアが歌って大ヒットした、あの、「sombre dimanche "暗い日曜日"」の、「パロディ」でもある曲です)

 

 

 

 

 

そして、「会社」や「仕事」というワードからは、「こちらの曲」を...。

 

 

 

 

「le blues du businessman "ビジネスマンのブルース"」(「スターマニア」より)。

 

 

 

せっかくなので今回は、もしかすると、「不遇」だったかも知れない、「オリジナル(スタジオ)盤」(1978)のアーティスト、クロード・デュボワ(1947-)が、2011年、音楽イベント、「l'Age Tendre (「青春時代」といった意味)」シーズン6に登場した際の映像を、載せておくことにいたします。

 

 

(ちなみに、ミシェル・デルペッシュは、「主賓」として、このイベントに出演していました)

 

 

 

 

この曲についての記事(「歌詞対訳」も載せています。「詳しく」は、こちらをどうぞ)

 

 

 

 

 

今回の曲の「カバー」ということでは、カロジェロ(1971-)が、2016年11月に発売されたトリビュート・アルバム、「j'etais un ange "僕は天使だった"」にて、この曲を歌っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に、今回の曲、「ce lundi-la "憂鬱な月曜日"」を含むアルバムより、他に「シングルカット」となった3曲も、あわせて載せておくことにしましょう。

 

 

 

 

「quand j'etais chanteur "歌手の魂"」(シングルカット「第1弾」)。

 

 

「tu me fais planer "夢心地"」(同「第3弾」)。

(1976年1月3日放送)

 

 

 

「la fille avec des baskets "スニーカーの少女"」(同「第4弾」)。

(1976年1月3日放送)

 

 

 

 

それでは以下に、今回の曲、「ce lundi-la "憂鬱な月曜日"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。

 

 

 

詞は、デルペッシュ自身と、やはり当時の、主な「共作者」であったジャン=ミシェル・リヴァ、曲は、ローラン・ヴァンサン(1938-)の手による作品です。

 

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

それではまた...。

 

 

 

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ce lundi-la  憂鬱な月曜日
 
 
quand il est descendu pour acheter des cigarettes
Jean-Pierre savait deja qu'il ne reviendrait plus jamais
il a pense encore a toute sa vie avec Michelle
et puis il a tourne enfin le coin d'la rue
Michelle aurait voulu le voir grandir dans l'entreprise
mais lui n'se voyait pas finir ses jours au marketing
avec dans son cafe les cours de la livre sterling
et des enfants qui lui ressembleraient de plus en plus
voila pourquoi ce lundi-la il s'en allait
voila pourquoi ce lundi-la il s'en allait
 
タバコを買いに、下へと降りたとき
ジャン=ピエールは、もう二度と、ここへは戻らないことを悟っていた
ミシェルとの人生を、あらためて思い返し
彼はついに、方向を変えることにしたのだ
ミシェルは彼が、会社で出世していく姿を見たがっていた
しかし彼には、想像もつかなかった 
マーケティングに追われ、そのコーヒーにも、為替レートが反映されていることを
子どもたちは、ますます、自分に似て来た
そんなわけで、その月曜日、彼は職場を去った
そんなわけで、その月曜日、彼は職場を去ったのだ
 
il savait qu'a huit heures la table serait mise
a cote de son assiette il y aurait ses tranquillisants
s'il fallait toutes ces salop'ries pour arriver a s'endormir
ce n'etait pas la peine d'avoir trente ans
et puis il verrait bien ce qu'il allait devenir
mais il n'en pouvait plus de vivre deja comme un vieux
le but de sa vie n'etait pas d'avoir un jour un compte en Suisse
ce n'etait pas d'argent qui lui manquait pour etre heureux
voila pourquoi ce lundi-la il s'en allait
voila pourquoi ce lundi-la il s'en allait
 
8時になると、食事の用意が出来ることは分かっていた
その皿の横には、精神安定剤が...
眠るために、こんなくだらないことが必要なら
30歳になど、なる意味がなかった
そして、自分がどうなるかは、やがて分かるだろう
しかし、自分がもう、年老いた者のように生きることには耐えられなかった
その人生の目的は、いつか、スイスの銀行に口座を持つことではなかった
幸せになるために、足りないのはお金ではなかった
そんなわけで、その月曜日、彼はここを去った
そんなわけで、その月曜日、彼はここを去ったのだ
 
il revoyait encore la brasserie des "Trois dauphins"
ou ses amis l'attendraient demain de midi a deux heures
la crise entrainerait encore des conversations sans fin
mais demain a deux heures il serait loin
il revoyait aussi la Michelle amoureuse
celle qui lui telephonait trois fois par jour a son travail
c'etait la vraie complicite, la vie n'etait jamais serieuse
une de ses periodes heureuses qui ne se retrouve pas
voila pourquoi ce lundi-la il s'en allait
voila pourquoi ce lundi-la il s'en allait...
 
ビアホール「3匹のイルカ」が、いまもまだ思い浮かぶ
明日の昼、12時から2時まで、友だちがそこで待っている
危機はまた、終わりのない会話を生み出すことだろう
でも、明日の2時にはもう、彼は遠くへ行っている
そして彼は、恋するミシェルをも、思い浮かべていた
仕事中、1日3度も、電話をかけて来たあのころ
それはまさに共犯で、人生は、決して深刻ではなかった
そんな、二度とめぐり合うことのない、あの幸せだった時代
そんなわけで、その月曜日、彼は職場を去った
そんなわけで、その月曜日、彼は職場を去ったのだ...
 
 
(daniel-b=フランス専門)