とても「シンプル」な動画ですが、「60年前」との、「同地点での比較」が、とても「興味深い」ですね。

 

 

6月25日、「品川駅」に、「60周年記念」「特大パネル」が設置されました。

 

 

東海道新幹線と同じく、今年「(発売)60周年」という、「かっぱえびせん」(カルビー)との、「驚きのコラボ」も...。

 

 

また、「限定駅弁」や、「記念商品」の話題も、もちろんあります(「名古屋駅」)。

 

 

 

「東海道新幹線60周年特設サイト」はこちら。

 

 

「国内旅行(鉄道・航空)」がテーマの記事一覧

 

 

 

 

さて...

 

 

 

「10月1日」と言えば、1964年、東海道新幹線が「開業」した日でもありますが...

 

 

 

 

そうです!!

 

 

 

何と「今年」は、

 

 

 

 

「開業60周年」

 

 

 

 

という、「記念の年」にも当たるのです!! (まさに「還暦」!!...)

 

 

 

 

今年は、「南海トラフ」騒ぎや、「台風や大雨」による、「(計画)運休」や「徐行運転」などが相次いだことから、ちょっと私(わたし)的には、「信頼が揺らいでいる」ようなところも、「なきにしもあらず」なのですが(「3月20日」の、「強風による遅れ」も、その「一因」...)、

 

 

 

 

そうは言っても...

 

 

 

 

やはり「私」にとっては、

 

 

 

 

東海道新幹線こそが「新幹線」

 

 

 

 

なのであって(これは、「個人的」に言っても、「世代的」に言っても...)、「特別」なことには、やはり「変わりはない」ですね。

 

 

 

 

何より、「最も車窓が楽しめる新幹線」であることには、今でも違いはなく、作られたのも「60年以上前」とあって、「線形」や、その「設備」から言っても、

 

 

 

 

まるで「ジェットコースター」

 

 

 

 

といった印象を受ける路線でもあるのです...。

 

 

 

 

 

まずは、「現行車両(N700S/N700A)」による、「車窓動画(進行方向左手側)」をどうぞ。

 

 

 

(*記事中のすべての動画は、説明のため、お借りしているものです)

 

 

 

 

下り「のぞみ23号」(博多行き「東京-新大阪間」)。

(2024年3月24日撮影)

 

 

 

上り「のぞみ34号」(博多始発「新大阪-東京間」)。

(2024年5月22日撮影)

 

 

現在では、東海道新幹線内の「のぞみ(途中)停車駅」は、「品川」「新横浜」「名古屋」「京都」「統一」されています。

 

 

 

 

上り「ひかり636号」(「新大阪(始発)-東京間」)。

 

 

 

途中、名古屋までの「各駅」と、「浜松」「静岡」「新横浜」「品川」に停車。

 

 

1時間に「2本」運転されている「ひかり」のうち、「米原駅」に停車するこちらの系統は、「北陸」のための列車でもあります(「名古屋-新横浜間」の停車駅は「ランダム」)。

 

 

 

 

「ハピライン」福井駅5時49分発の「快速」から、敦賀駅で、JRの「(臨時)ノンストップ快速」に乗り継いで、米原駅にて、この列車に「接続」するという、福井から東京方面への、「東海道回り始発列車」となりますね。

 

 

従来はもちろん、特急「しらさぎ」からの乗り継ぎでした(*2024年3月15日までの列車 福井駅6時発「しらさぎ52号」)。

 

 

 

 

ちなみに、私が初めて、「ひとり」で上京(「日帰り旅行」)したのは、1985年7月23日のことでしたが、当時はまさに、その3月の「ダイヤ改正」により、現在にまで受け継がれることになる、「熱海-豊橋間2駅停車」また、「新横浜」「米原」への「停車大幅増」が実現したというタイミングでもありました(当時は、いわゆる「ひだま/HKひかり(「ひかり」「こだま」の中間)」とも呼ばれていました)

 

 

(現在では、「ひかり」は「毎時2本」となった代わりに、「停車パターン」も、より「複雑化」しましたが、「加減速性能」が大幅に向上したこともあり、運転時分をほぼ変えることなく、「停車駅増」を実現しています)

 

 

 

 

これにより、日帰りが「楽」にもなったわけですが、当時もやはり、福井駅始発5時17分の「快速」があり、米原駅には、6時45分に到着していました。

 

 

そこから「15分」で、7時発の「ひかり390号」に乗り継ぐことが出来、東京駅にも、「9時34分」に到着という、「朝早い」という以外は、本当に、「とても便利な列車」だったと思いますね。

 

 

後には、乗り継ぎに少々時間が空くようにもなり、次第に、後続の特急優先という形となっていったため、その「利用(存在)価値」も薄れ、ついには、「廃止」となってしまいました。

 

 

現在の「ハピラインふくい」の「快速」は、これまでの特急の「代用」という形で、「復活」したものでもあるのです。

 

 

 

 

 

続いて、「車内チャイム」の変遷を見て行きましょう。

 

 

 

 

4、5歳という、「幼少時」から、新幹線に乗車経験のある私ですが、やはり、「3代目」の「4打点チャイム」からですね。しっかりと「認識」出来ているのは...。

 

 

こちらが、現在(2023年7月21日~)、「JR東海車両」で使用されている、「最新」の車内チャイムの原曲、UAさん(1972-)の歌う、「会いにいこう」です。

 

 

 

 

続いては、「開業当時」の映像から、「初代0系」の歴史を...。

 

 

 

いずれも、本当に大変「貴重」な映像です。

 

 

 

 

 

こちらは、0系が、「東海道新幹線」から引退した、1999年9月18日の模様ですが、この「引退セレモニー」の際、私も、この「名古屋駅新幹線ホーム」にいました。

 

 

「約1000人」が集まったということでしたが、私は、「反対側」のホームから見ていたので、この映像でも、「30秒頃」に目にすることが出来る、あの「大群衆」の中にいたというわけですね。

 

 

実は、翌日の「中日新聞」の報道写真にも写っていたのですが、当時の「本人」が見て、「やっと分かる」程度でしかなかったので、後に、「処分」してしまいました...(もったいない...?)

 

 

 

この日、せっかく「0系車内」で購入した「記念Tシャツ」も、その後着古して、「ズタボロ」にしてしまい、結局、捨てざるを得なくなってしまいました...(←大バカ)

 

 

 

 

 

「京都鉄道博物館」では、本当に「大変稀少」な、「0系オリジナルグリーン車」(=「ゴールデンイエロー」のシート)を見ることが出来ます。

 

 

 

「京都鉄道博物館」公式サイト

https://www.kyotorailwaymuseum.jp/

 

 

 

 

 

続いて、新幹線初の「フルモデルチェンジ車両」となった、1985年から登場の、「100系」(「東海道新幹線」では、2003年9月16日に「引退」)の話題を。

 

 

 

「元祖2階建て新幹線」と言えば、「この車両」のことです。

 

 

 

 

また、当時の「JR東海」のCMと言えば、やっぱり「これ」でしょうね...(1988年)。

(「若き日」の深津絵里さん...)

 

 

 

 

「デビュー当時」「100系」の映像です。

 

 

 

従来は「固定席」となっていた、「普通車」「3人掛け座席(「ABC席」)」においても、「回転」「リクライニング」が可能となりました。

 

 

また、客室の「出入口」には、この「100系」より、「電光掲示板(LED)」が設置され、「初期型」では、「各駅到着手前15km地点」より、「カウントダウン表示」も見られましたが、後に「廃止」となり、現在のように、「大きく見やすい文字」に変更となりました(「ニュース表示」は、1989年3月から)。

 

 

 

 

 

そして、「当時の車内チャイム」「100系」と言えば、やはりこの曲...(上掲参照)。

 

 

 

「Do They Know it's Christmas?」/Band Aid(1984)。

 

 

 

このメロディによる「車内チャイム(通称「ひかりチャイム」)」は、「JR化」後の1988年3月13日から、2003年11月23日まで、車種に関係なく使われていました。

 

 

また、「新富士」「掛川」「三河安城」の各駅が開業したのも、その1988年3月13日のことです。

 

 

そして、2003年10月1日、「品川駅」が開業するまでは、品川駅付近は、「高架」で通過していました。

 

 

 

 

 

「100系」と言えばまた、「グリーン個室」といった思い出もあります。

 

 

 

「個室」は、「初期型」である「X編成」にも設置されていましたが、私が利用したことがあるのは、いずれも、「量産型」である、「G編成」(9号車1階)のものでした(まさに「地下室」...)。

 

 

「100系全盛」の時代でも、米原停車の「ひかり」には、「0系」の方がが多く割り当てられていたため(「当たるも100系、当たらぬも100系」...笑)「こだま」になってからの方が利用が多かったと言える「100系」ですが、「個室」も、「ごくまれ」に利用したことがありました。

 

 

また「個室」は、必ず「JR駅の窓口」に行かないと購入出来ないなどといった「縛り」もあったような...。

 

 

 

 

 

山陽区間での、「最高時速230km」(東海道区間の最高は、「時速220km」)を実現した、JR西日本の「100系V編成(「グランドひかり」)」(1989年-2002年)は、「2階建て車両4両」(7~10号車)という、大変「豪華」な編成で、「X編成」と同様、「8号車2階」「食堂車」となっていましたが、「7・9・10号車」は、2階が「グリーン車」、1階が「普通車(指定席)」という構成でした。

 

 

 

「東京-博多間」の、現在で言う、「博多のぞみ(最速)」の位置に入っていた「最優等列車」(いわゆる「Wひかり」)であったため、私自身、確実に利用した憶えがあるのは、実は「1回」しかありません。

 

 

それは、「引退」が迫って来ていた頃のことですが、上り「京都-東京間」を利用し、うち、「名古屋駅到着」ぐらいまで、念願の「食堂車(2階席)」にて、「(初めて?)食事を楽しんだ」というものです。

 

 

「食堂車」と言えば、「平屋」の「0系」、または、「幼少時」に、「在来線特急列車」(583系「雷鳥」)でも、「入った」ことはあるのですが、いずれも「短時間」のため、「食事」ではなく、ほんの「飲みもの」程度しか、口にはしていなかったはずです。

 

 

「グランドひかり」は、私自身が唯一、「ひとりで食事をしに行った」ということでも、思い出される列車なのです...。

 

 

 

 

その「食堂車」の、「取材動画」ですね...。

 

 

私自身は当時、やはり「美味しい」と評判であった、「ビーフシチュー」(「日本食堂」さん)をいただきました。

 

 

 

 

 

また、こんな、大変「貴重」な動画も見つけました。

 

 

 

1960年代の「社内(スタッフ研修)ビデオ」だということですが、こちらは、「帝国ホテル列車食堂」さんのものだということです。

 

 

 

さすがに「しっかり」としていますよね...。

 

 

そう言えば、先述の、1985年7月23日に乗車した「ひかり390号」も、「帝国ホテル列車食堂」の営業と表記されていました。「利用」はしていませんが...(時刻表復刻版「1985年3月号」より)。

 

 

 

1980年代には、この「帝国ホテル列車食堂」「日本食堂」の他に、「ビュフェとうきょう」「都ホテル列車食堂」が、「食堂車」を営業していました。

 

 

 

 

 

今回は、「開業60周年」ということで、どちらかと言えば、「のぞみ(300系)」誕生以前のエピソードを中心に書いています。

 

 

 

 

「のぞみ」誕生「30周年」の記事(2022年3月14日付け)はこちら。

 

 

「700系ラストラン」の記事(2020年3月5日付け)はこちら。

 

 

(他にも、「東海道新幹線」について書いている記事は数多くあります)

 

 

 

 

 

「東海道新幹線」と言えば、私自身はやはり、その「全駅」で、「新幹線」「在来線」、ともに「乗降」を果たしています。

 

 

 

 

「最も利用している駅はどこか」と言われれば、やはり「米原駅」ということにもなるでしょうが、「勝手知ったる...」という点で言えば、「名古屋駅」「東京駅」、次いで「新大阪駅」は、「特に多い」と言えるでしょう。

 

 

 

 

1990年代(「まだ若くて、羽振りの良かった時代...」)には、「新大阪-名古屋」といった利用もよくしていました。

 

 

(1990年代「前半」ぐらいまでは、「指定席」は、「当日」ではほぼ取れなかったという時代でもありましたが...)

 

 

 

単純に、「米原を通過する列車にも乗りたい」という理由もあったのですが、福井から、「距離的」には似ているこの両都市へ、「一度で行ける上に日帰り可能」ということで、上京するのと同様に、「多用」していましたね、「当時」は...。

 

 

 

そして、そこで、「コニャック」や、「ウィスキー」「ミニボトル」を飲んで...

 

 

 

と、これが「定番」だったわけですが、当時、「関西」や、「新大阪」を経由して「岡山」「広島」など、そこからさらに「西」へ向かう際にも、「混雑するサンダーバードを避ける」ため、「米原経由」を好んで選んでいたことから、そうした意味でも、「東海道新幹線」の利用は、断トツに多くなっている」と言えるのです。

 

 

 

「静岡駅」まで、「煎茶」や「わさび漬け」を買いに行ったことや、「JR東海の駅」の自販機で売られていた「プーアール茶」にハマって「買い込んだ」こと、「終了間際」「新横浜ラーメン博物館」へ行くために、「東京駅」から、「夜遅い新幹線」で「往復」したことが「一度や二度じゃない」ことなど、その「エピソード」は、思い出せば、本当に、いくらでも出て来ますね。

 

 

「車内」や「ホーム」で、「有名人」を数多く目にしたこと、「お台場の夜景」を見たいがために、「日帰り」で帰る際にも、「最終列車」を選んでいたこと、「東京」で手に入れた「戦利品」を、列車内で「確認」していたことなどなど...。

 

 

 

とにかく、「私自身」としてももう、「半世紀」近い付き合いとなるわけですから、やはり、「その時代」ごとに、「思い出」もたくさんあるものです。

 

 

 

 

 

「駅弁」も、本当によく食べていますね。

 

 

 

 

「東京駅では「深川めし」、「名古屋駅」では「天下とり御飯」(「松浦商店」さん)といった「お目当ての駅弁」がある他、「新大阪駅」では「八角弁当」(「水了軒」さん)など、自然に、「イメージ」が出来る駅弁も数多いです。

 

 

 

特に、「小田原駅」「熱海駅」で売られている「鯛めし」(「東華軒」さん)には思い入れも深く、何しろ、この駅弁を買うためだけに、「ひかり」を「熱海駅」で降り、その先、乗り継いだ「こだま」の車内で、「東京駅」到着までに食べ切っていたほどですから。

 

 

 

それも「2個」を!!

 

 

 

近年ではもう、なかなかそうしたことも出来ませんが、「小田原」「熱海」や、「鯛めし」「東海道新幹線」と聞くと、本当に、「あの時代のこと」を思い出しますね。

 

 

 

 

 

最後に、これからの東海道新幹線の「主役」、「N700S」についての「解説動画」をどうぞ。

 

 

 

 

また、2026年度中を目途に、「完全個室」が導入されるということです。

 

 

JR東海版の「グランクラス」とも言えますが、「100系」以来の「個室復活」ですね。

(「100系」の頃ほど、「気軽に乗れる」というイメージはないなあ... 「いろんな意味」で)

 

 

 

 

 

それでは今回はこのへんで...。

 

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

それではまた...。

 

 

 

(daniel-b=フランス専門)