「オリジナル録音」です(1969年発売)。

 

こちらは、テレビ出演の映像で、1969年9月8日のものと紹介されています。

 

こちらは1976年。

 

もっと後年の映像と思われますが、正確なデータまでは「不明」です。

 

 

現在でも入手が可能な、「日本盤」を挙げておきましょう...。

 

 

 

 

この曲、「ma solitude "私の孤独"」は、1966年には作られており、この年の12月、バルバラ(1930-97)の「前座」として「ボビノ劇場」に出演した、「俳優」でもあるセルジュ・レジアニ(1922-2004)が、「歌手」としての「新人時代」に、初めて(ムスタキ自身よりも先に)歌って「大成功」を収めたものです。

 

こちらは、その翌年、1967年に録音された「スタジオ盤」からの音源です。

 

こちらは、後年の「再録音」です(「1979年録音」とされています)。

 

 

セルジュ・レジアニも何と、「来年」が「没後20周年」で、「昨年」が「生誕100周年」だったんですね...。

 

 

 

これまでの記事

 

 

 

さて...

 

 

フランス・シャンソン界を代表する「大歌手」のひとりで、日本でも、大変「高い」人気を誇っているジョルジュ・ムスタキ(1934-2013)...。

 

 

今年は「没後10周年」、そして、来年には「生誕90周年」にもなるというのに、まったく記事を書けていなくて、本当に申し訳ありません...。

 

 

ほとんど頭から抜け落ちていた感も否めなく、何とも恥ずかしい限りではありますが、そんな折、その「ムスタキ」を思い出させてくれた「きっかけ」が、何と「2つ」もありました...(それも、そのひとつは、何とも「意外」なところから...)。

 

 

 

ひとつは「こちら」ですね(7月13日付け)。

 

 

 

「巨匠」レオ・フェレ(1916-93, 「誕生日」ももう間もなく、「8月24日」です!!)の「代表作」のひとつ、「l'ile Saint-Louis "サン・ルイ島"」について書いた記事でしたが、その中で引用した、「サン・ルイ島」の「紹介映像」(2007年)の中に、この島で暮らしていた、ムスタキの姿をとらえた映像があったことがまずひとつ(「サン・ルイ島」は、「セーヌ川」の「中州」のひとつで、パリの「超高級住宅街」です)。

 

 

 

そして、もうひとつが「こちら」...(笑)。

 

 

 

「8月1日」に放送された、ラジオ「流星ステーション」(埼玉県入間市「FM茶笛(チャッピー)」)の中で、「遠征先」でもあった、静岡県浜松市の、とある居酒屋の「ママさん」からの「リクエスト曲」として流された「曲」が何と、今回のこの「ma solitude "私の孤独"」(1966-69)ということで、ホントにもう「ビックリ」...!!

 

 

思わず「私かよ!!」と、叫んでしまったくらいでした(笑)(「コメント欄」参照)。

 

 

...と、そのくらい、「シャンソン」は、現在では、「それ」を知っている、「ごく限られた範囲内の人」の間でしか「話題」に上がらないのが「普通」なのですが、そんなこともあって、本当に「意外」で、「ビックリした」というお話です。

 

 

ムスタキも、やはり「来日公演」を行ない、そのレコードが「発売」もされたことから、「日本」でも大変「なじみの深い」歌手のひとりですが、先述のセルジュ・レジアニも含めて、「バルバラつながり」ということも、理由の「ひとつ」としては「ある」ことでしょう...。

 

 

そんなバルバラにも、「代表作」のひとつとして、「la solitude "孤独"」(1965-72)という曲があり、やはり、「孤独」を「擬人化」して歌っています。

 

 

こちらのバージョンは、「1965年」のものとなりますが、その後、あらためて、録音を「し直した」ということから、むしろそちらの、「1972年の作品」という「認識」の方が、「大勢」ともなっているようです...。

 

 

 

そして、そのバルバラとの「コラボ」で生まれた「デュエット曲」、「la dame brune "ブルネットの婦人"」(1967)もまた、お互いにとって、「代表曲」のひとつともなっている「名作」です。

 

 

(ムスタキの「スタート」はやはりエディット・ピアフで、その名曲、「Milord "ミロール"」も大変「有名」ですが、むしろ、後の、このバルバラとの「コラボ」の方が、「大きなウェイト」を占めていたようにも、私には感じられました...)

 

 

この曲の記事(「歌詞対訳」を載せています。また、ムスタキについては、こちらで詳しく書いています)

 

 

 

せっかくなので、「未紹介の曲」を中心に、ジョルジュ・ムスタキの「代表曲」を、可能な限り載せておくことにしましょう(今後、「記事」として書くことも予定しています)。

 

 

 

こちらも、「最も有名な曲」のひとつ、「le meteque "異国の人"」(1968)。

 

原題は、「市民権のない在留外国人」という意味ですが、転じて、「ヘンな外人」といったニュアンスもあります。

 

「il y avait un jardin "悲しみの庭"」(1971)。

 

「le temps de vivre "生きる時代"」(1969)。

 

「en Mediterranee "内海(地中海)にて"」(1971)。

 

「17 ans "17歳"」(1972)。

 

「le facteur "若い郵便屋"」(1969)。

 

「marche de Sacco et Vanzetti "サッコとヴァンゼッティのマーチ(勝利への讃歌)"」(1971)。

 

 

1920年、アメリカで実際に起きた「強盗殺人事件」で逮捕された容疑者2人(「イタリア系移民」で「アナキスト」)が、当初より、「偏見」のため、「証拠もない」まま「不利な裁判」にかけられたことから、激しい「抗議活動」が「世界的」に巻き起こりましたが、結局、「死刑執行」にまで至ってしまいました。

 

1971年には、イタリア、フランスの「合作」で「映画化」もされ(「死刑台のメロディ」)、ジョーン・バエズ(1941-)がその主題歌、「Here's to You」(エンニオ・モリコーネ作曲)を歌い、「話題」となりましたが、それを、「フランス語でカバー」したのが「この曲」です。

 

その後、1977年に、正式に「冤罪」と「発表」されましたが、いまだ、「議論」は続いているようでもあります...(「サッコ・ヴァンゼッティ事件」)。

 

 

 

「最初期」の名作、「les amours finissent un jour "ある日恋の終わりが"」(1961)。

 

 

そして、西城秀樹さん(1955-2018)もカバーした名曲、「Hiroshima "ヒロシマ"」(1972)...。

 

 

この曲の記事(「歌詞対訳」も載せています)

 

 

 

それでは以下に、「ma solitude "私の孤独"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。

 

 

この曲は、1974年に、日本のテレビドラマの「主題歌」ともなったために、それで、一般にも「なじみ深い」のかも知れません。

 

 

先にも少し触れた通り、この曲でも、「女性名詞」である「solitude (孤独)」を「擬人化」して歌われているために、その「詞」の中では、「elle(彼女)」に置き換えられてもいます。

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

それではまた...。

 

 

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ma solitude  私の孤独

 

pour avoir si souvent dormi

avec ma solitude

je m'en suis fait presque une amie

une douce habitude

elle ne me quitte pas d'un pas

fidele comme une ombre

elle m'a suivi ca et la

aux quatres coins du monde

 

私の孤独とともに

あまりにもしばしば眠ったものだから

もうほとんど女友だちみたいに

心地よい習慣になってしまった

彼女(孤独)は、まるで影のように忠実で

私から、一歩も離れようとしない

世界の隅から隅まで

彼女はそこかしこと、私についてまわっていた

 

non, je ne suis jamais seul

avec ma solitude

 

いや、私は決してひとりぼっちではない

私の孤独と一緒にいるから...

 

quand elle est au creux de mon lit

elle prend toute la place

et nous passons de longues nuits

tous les deux face a face

je ne sais vraiment pas jusqu'ou

ira cette complice

faudra-t-il que j'y prenne gout

ou que je reagisse?

 

彼女(孤独)が私のベッドにくるまっている時

彼女は、場所をひとり占めしてしまう

そして、二人で向かい合って

お互い、長い夜を過ごす

実のところ、私には分からない

この「共犯者」が、いったい、どこまで行くのか

彼女に興味を持つべきなのか

それとも、「逆らう」べきなのか

 

non, je ne suis jamais seul

avec ma solitude

 

いや、私は決してひとりぼっちではない

私の孤独と一緒にいるから...

 

par elle, j'ai autant appris

que j'ai verse de larmes

si parfois je la repudie

jamais elle ne desarme

*et, si je prefere l'amour

d'une autre courtisane*

elle sera a mon dernier jour

ma derniere compagne

 

彼女(孤独)によって、私は多くのことを学んだ

涙を流すことも

時に彼女を投げ出すことになっても

彼女は決してあきらめない

*そしてもし、私が他の女と

恋をしたいと思ったとしても*

彼女は、私の「最期の時」に

「最後の伴侶」となってくれることだろう

 

non, je ne suis jamais seul

avec ma solitude

 

いや、私は決してひとりぼっちではない

私の孤独と一緒にいるから...

 

non, je ne suis jamais seul

avec ma solitude

 

そう、私は決してひとりぼっちではない

私の孤独と一緒にいるから...

 

 

*(訳注):「courtisane」は「高級娼婦」、または、「(古代ギリシャの)遊女」を指す言葉ですが(ムスタキは、両親が「ギリシャ」の出身)、ここでは、(「ライバル」で、)やはり「女性名詞」である「mort(死)」の、「婉曲表現」だと、解釈出来ると思います。

 

 

(daniel-b=フランス専門)