今回の記事も、「前回記事」の「リブログ」で、何と、「13回目」の「リレー」ということにもなりますが、「2022年の振り返り」でももちろん触れていますし、「あの記事(笑)」でも...。
本来ならば、テーマを、「国内旅行(鉄道・航空)」とすべきところですが、映画「すずめの戸締まり」の「一環」として書いてもいるため、「新海誠監督作品」とさせていただきたいと思います。
あらかじめ、ご了承をお願いいたします。
...それでは、「前回」からの続きです。
わが家の、ちょっとした「コロナ騒ぎ」にもめげず、「予定通り」、6月20日の昼には、無事、福井を出発することが出来た私ですが、その「3年ぶり」となった「遠出」が、まさかの、いきなりの「北東北」ということにもなったというお話...。
「中継地」が「名古屋」というのも、いかにも「私らしい」選択でしたが、「北東北」ということでは何と、「東日本大震災(「3.11」)」以前の、「2005年10月」の「青森」(「大湊線」/「津軽線」完乗)以来、「18年ぶり」ということにもなりました。
(その後、「北海道」へも行ってはいますが、「旅行らしい旅行」ということではそれも、やはり、「2006年9月」の「根室到達」が「最後」ということになります)
東北の「太平洋側」、ことに、「岩手県」ともなると、「前回」はもう、「1999年6月」のこと(「秋田新幹線」として、「田沢湖線」に「再乗車」。当時の、「田沢湖スイス村」に行っています...)。
もしくは、「2001年」、「花輪線」に、秋田県側の「大館駅」から乗車し、「好摩駅」、または、「盛岡駅」まで、たしかに「完乗」しているはずですが、こちらの方は、「記録」がちょっと見当たりません...。
いずれにせよ、それらの「旅行」はすべて、「東日本大震災以前」ということであり、その「大震災」以来「初めて」、私は、「東北」に、そしてその「被災地」に、足を踏み入れることにもなったのです...。
今回、「旅のパートナー」となっていただいた「航空会社」が「こちら」...。
この、「フジドリームエアラインズ(FDA)」(本社:静岡市)の「拠点空港」のひとつ、「県営名古屋空港(小牧空港/名古屋飛行場)」は、「セントレア(中部国際空港)」が開港する前の「名古屋国際空港」であって、私にとっても、「航空機デビュー(初搭乗)」(1991年10月)となった、「記念すべき空港」でもありますが、現在では、その規模は「縮小」され、どちらかと言えば、「ローカル」な雰囲気の漂う、「風情ある空港」だと、言うことが出来ると思います。
今回、私の向かう「花巻(いわて花巻)空港」へは、「17時10分」の出発で、「18時20分」の到着予定です(「FDA357/JL4457便」)。
「16時55分」、いよいよ、「搭乗開始」となりました。
この「名古屋-花巻線」は、全便、「日本航空」との「共同運航便(コードシェア)」となっており、私が購入したのは、「日本航空便」としての「チケット(座席)」です。
本当に、「何年ぶり」ということになるでしょう...。
「出発空港」としては、先述の「航空機デビュー(初搭乗)」(1991年10月)以外はほとんど記憶がなく、専ら、「復路」の「到着空港」というイメージの、この「県営名古屋空港」(旧「名古屋国際空港」)...。
「県営」となってからは、もちろん、「初めて」となる、「航空機利用」です。
「航空機利用」そのものも、「前回」は、2018年7月、突然の「西日本豪雨」のため「鉄道」が利用出来なくなり、その「代替」として、急きょ「空路に変更」を決断した、「あの時」以来のことですかね(すでに、「5年も前」のこと!!...驚)。
(参考)「当時」の記事。「本記事」と、関連性のある「情報」も書いていますね。
(この時利用した航空機も、ブラジル・エンブラエル社製で、「J-AIR」による運航でした)
さて...
再び「2023年」に戻って...
この日、「6月20日」は「晴れ」。
「いつも通り」、「右手前方窓側」(1K)に席を取った私は、やはり「初めて」となる、「花巻(いわて花巻)空港」へのフライトがとても「楽しみ」でした。
かつては、「津軽海峡を越えない航空機利用はしない」としていましたが、現在では、そうした考えもなくなり、「使いようによっては、どこに行くにもかなり便利」という認識に、変わっても来ました。
...とは言っても、「海岸線」に沿って飛行する場合に比べると、「山間部」を飛行する航路は、「位置情報」の把握がイマイチ「苦手」で...。
本当に久々の「離陸」に胸を躍らせながらも、実際に「上空」へと出てみると...
「何だか、よく分からないなあ...」
というのが「正直な感想」でした。
高度が上がり、「シートベルト着用」のサインも消えた頃、「機長さん」の方から、「あいさつ」と、フライトに関する、丁寧な「案内」がありました。
ちょうど、左手に「佐渡島」(新潟県)が見えているというタイミングでしたが、「右側座席」にいた私の方からはよく見ることが出来ず、その「右手側」にも、「猪苗代湖」や、「会津若松市街」(福島県)が見えて来るとのことでしたが、あんまりよく分からなかったなあ...(恥ずかしい...)。
ただ、「霞城公園」が見えたことで、「山形市上空通過」は分かりましたし、その「奥」の、海側に見えていた「大都市」が「仙台市」であることも、すぐに分かりました。
「出発してから1時間足らず」で、もう、「こんなところ」にまで来ているんですね。
まさに、「ヒコーキ、速~っ!! ...って、スゴクない?」(笑)ですよね...。
そして、「快適」なフライト...。
機内でいただいた「コーヒー」も「お菓子」も、本当に「美味しい」と、しみじみ感じました(「いろんな意味」で...)。
「FDA(フジドリームエアラインズ)」のみなさん、本当に、どうもありがとうございました。
お疲れさまです!!
「花巻(いわて花巻)空港」へは、18時20分、「定刻」に到着。
「84席」という「小型機」(「E-175」)ですから、「預け入れ荷物」が「ターンテーブル」に出て来るのも早く、「空港連絡バス」(JR「花巻空港駅」経由、「盛岡駅」行き)の発車は「18時35分」でしたが、かなり「待った」ようにも思います。
私の宿泊したホテルである、「グランシェール(Grand Ciel)花巻」さんは、「(JR)花巻駅前」という立地ですが、この「花巻空港」から、「花巻駅」までの「直行バス」というのは実はありません。
代わりに、その隣の「花巻空港駅」にて、「(「盛岡駅」発着の)高速バス」と「電車」の「リレー」の形となり、ホテルの公式サイトにも、そのように記されています。
その「空港駅」と、「空港ターミナル入口」も、まったくの「反対側」で、「4km」は離れており、「最寄りと言うにはちょっと...」といった感じですが、「乗り継ぎで約25分」という「アクセス」は、まあ、「そんなもの」なのでしょうかね。
「夕方のラッシュ」の中、無事「花巻駅」に到着。
この「花巻駅」を含む「盛岡エリア」でも、「5月27日」から「Suica」がスタートしており、「荷物が多い」中では本当に、「とても助かった」とも思います。
その「花巻駅構内」にも、もちろん、駅のコンビニ「NewDays」がありますが、この「一番便利な店舗」を、私は結局、「一度も」使うことがありませんでした。
「荷物が多い」とか言っておきながら、この日も私は、「近く」の「FamilyMart」まで足を運んだのですが、
「チェックイン後だともう動きたくなくなる」
と、本当に「バカバカしい」ながらも、わざわざ、ホテルの前を「素通り」して、「そこ」まで行きましたね。
「荷物」も、本当に、「重たかった」のですが...。
(しかし、「土地柄」を感じさせる商品に出合うことはなく、結局、買ったのは、「いつも目にしている商品」ばかり...)
ホテルではホントに、「ばたんきゅ~」(笑)な状態でしたが(「長旅」というよりは「荷物」で...笑)、かえって、それでけっこう「よく休めた」とも思い、それが「幸い」でした。
翌日(6月21日)、即ち「Day2」は、「もともとの行程」からすれば、かなり「シンプル」なものとなりましたが、その「内容」は、逆に、とても「濃く」なったと思います。
本当に、「充実」していました...。
私が宿泊したのは「花巻市」ですが、「乗車券」は、隣り町である、「北上駅」の発着にしておきました。
行先は「釜石駅」(「釜石線」)ですが、こうすることで、「営業キロ」が「100km」を越えますので、何となれば、「途中下車」も「可能」となるなど、「メリット」も「多い」のです。
それで、少し「早起き」して、それこそ何と、たしか「27年ぶり」となる「北上駅」まで、実際に足を運んだのですが(本当は「掛け捨て」のつもりでした)、「前回」来た時には、ちょうど、「秋田新幹線」(1997年3月開業)の工事も「たけなわ」の頃で、この駅から、「北上線」を通って、「横手」、「大曲」、「秋田」へと向かう、特急「秋田リレー号」(特急「たざわ(現在の「こまち」)」の代替列車)への「乗り換え」の際に、わずかな時間、「途中下車」したというものでした。
今回ももちろん、「(同じ電車で)すぐの折り返し」となったので、街を見て歩いたわけではありませんが、ちょっと気になった「おみやげ品」が...。
結局、「買わず終い」に終わっちゃいましたけどね...。
こうして、北上駅から、花巻駅へと戻り、本当に「すぐ」の乗り換えで(ちょっと「リスキー」...)、9時15分発の快速「はまゆり1号」にて、私にとっては「初めて」の、岩手県沿岸部(三陸)の都市、「釜石市」を目指すことになったのです!!
盛岡駅から、花巻駅を経由して、釜石駅へと向かう快速「はまゆり1号」(3両編成。「指定席車」連結)。
その「前面展望」映像です(お借りしています)。
この「釜石線」にも、途中「高低差300m」という難所、「仙人峠」(「上有住-陸中大橋間」)があり、それを克服するためにやはり、「ループ線」がありますが、その「形状」から、特に、「オメガループ」とも呼ばれています。
(参考記事)「予約」の段階で、大変「参考」になりました。
この「往路」では、やはり少し「疲れ」が出たのか、途中まで、少し「うとうと」としていましたが、「オメガループ」はバッチリ見ることが出来ました(福井県の北陸本線上り、「敦賀-新疋田間」にも、有名な「鳩原ループ」があります)。
ちなみに、この「釜石線」では、花巻市出身の詩人、童話作家、宮沢賢治(1896-1933)が、その作品中で、好んで「エスペラント語」(ポーランドの医師、ザメンホフらが考案した「人工言語」)の単語を登場させていたことから、「駅名」にも、「エスペラント語」による「愛称」が付けられています(全駅。たとえば、「松倉駅」には「La Suda Kruco(南十字星)」)。
その「松倉駅」...。
終点の「釜石駅」まで「あと2駅」(「釜石駅」から「3駅目」)のところにある、「釜石市内」の駅なのですが、なぜか、「まっくら(真っ暗)駅」に聴こえてしまって、ちょっと「噴き出して」しまいました...(笑)(「地元」の方、本当に申し訳ありません...)。
それにしても、もともとが「急行列車」(「陸中」)でもあったことから、その「110系気動車」の、「指定席車両」の、何と「快適」なこと!!
それがこの時期、「330円」(シーズンによって異なります)の「座席指定料金」の追加だけで乗れてしまうのですから、たしかに、「コスパ」は「最高」です。
「釜石駅」(10時52分到着)では、「三陸鉄道」の「宮古行き」(10時58分発)に「すぐ」の連絡となるため、「同一ホームでの乗り換え」となり、まったく不便さは感じませんでした。
また、この列車も「ワンマン」であるはずなのに、「3両」くらいつないでいたので(「2+1」?「回送」目的?)、席にも不自由しませんでした。
釜石市は、「ラグビーの街」としても有名で、車内放送でも、その旨「説明」がされていましたが、そういったことに「浸る」余裕は、今の私にはありません。
「三陸」の「中心」のひとつでもある「釜石市」ですが、それ以前に、「東日本大震災(「3.11」)」の「被災地」です。
私は、あの「3.11」以来、「初めて」、その「被災地」を訪れているのです。
そのことだけは、「忘れない」ように心がけました...。
「三陸鉄道」公式サイト
途中、「穏やかで美しい」海岸の風景を何度となく目にしましたが、すぐ「脇」を走る道路からは、
「過去の津波浸水区間ここまで(ここから)」
という標識が、木々の間から、何度も目にも入りました。
その奥の「海側」には、とてつもなく「高い」防潮堤や、「巨大」な河口堰が目に入り、間違いなくここが「被災地」だという「実感」が湧いて来ましたが、新しく建てられたと見られる住宅は、このような「美しい場所」にありながら、「眺望」などは「度外視」で、ただひたすらに「防災」という意識のみで建てられたように思えて、「不憫」にも感じられました。
この動画は、大変分かりやすいですね(車内の「自動放送」も、はっきりと聴こえます)。
(この車両だったか、「復路」では「レトロ調車両」でした...)
井上ひさし(1934-2010)の小説でも「有名」となった、「吉里吉里」(23分23秒頃)もこの区間にありますし、「浪板海岸駅」(26分35秒頃)を出てすぐ流れる、次の「岩手船越駅」(34分55秒頃)についての説明は、「本州最東端の駅」であるとのこと。
本当に、「こんなところ」にまで来ちゃってるんですね...。
そして、「その次の駅」(40分00秒頃)こそが、今回の私の旅の「最大」の目的地...。
そうです!!
「その駅」こそが、あの...
「織笠駅」!!
♪君の笑い方はなぜか淋しさに似てた
君の歌い方は今日の朝焼けに見えた
何千年後の人類が何をしているかより
まだ誰も知らない顔で 笑う君を見たい...♪
(↓↓)
そう、鈴芽と草太が、「ラスト」で、「ハグ」をして別れた「あの駅」ですよね!!
その「案内」のひとつです(「織笠駅」待合室の写真もあります)。
この「織笠駅」待合室(「サダイジン」もいました)には、写真とは反対側(向かい側)の方に、「すずめの戸締まり」での「来訪者専用ノート」が用意されており、ここ最近でも、「毎日必ず、誰かが訪れている」といったくらいのペースで、すでにノートも、「何冊」かになっていました(驚)。
私以外にも、「福井県」から訪れたという方がいらっしゃいましたが、「6月21日」の「アレ」(笑)は、間違いなくこの「私」ですので、あしからず...。
♪恋の意味も手触りも 相対性理論も
同じくらい絵空事なこの僕だったんだ...♪
と書き出し、やはり、「鈴芽に連れられて、ついにここまでやって来ました」、「愛の力の奇跡で、天候も、見事なくらいに晴れとなりました!!」と、「いまの率直な気持ち」をそのまま書いて来ました。
映画「すずめの戸締まり」に、これほどまでに「ハマる」ことがなければ、ここに来ることも「なかった」でしょうから、まさに、鈴芽に「連れて来てもらった」という気持ちで「いっぱい」でした...。
「Blu-ray」の発売が、ついに「9月20日」と発表されました。
こちらは、大変「豪華」なセットです。
「普及価格帯」の商品も、もちろんあります。
各販売店「特典」など、詳しくは「こちら」へ(映画公式サイト内)。
こちらの「オリジナル・サウンドトラック」には、「主題歌」が、2曲とも、収録されています。
「公式ビジュアルガイド」も発売となりました。
こちらは、新海誠監督自身の手による「小説版」です。
映画公式サイト
「織笠駅」から先、「宮古駅」方面まで足を延ばしてしまうと、「三陸鉄道」で折り返しても、「JR山田線」で「盛岡駅」を経由しても、「各駅停車のみ」という、大変「厳しい」スケジュールになってしまうので、直前で、「織笠駅折り返し」に決めました。
本当に、「これがベストだった」と思いました。
「織笠駅」では、やはり「1時間29分」という時間がありましたので、駅待合室にも案内の出ている、「山田湾展望広場」(1.1km)まで歩いてみることにしました。
「平日日中」だったので、「カップル」の姿などはありませんでしたが(そう言えば「織笠駅」も、「カップルの聖地」なんだよな...)、「草取り」の作業をされている方々がいらっしゃったので、一礼して、「展望台」に昇りました。
本当に「穏やかで美しい海」で、近くの「オランダ島(大島)」も見えたと思いますが、それを思うと、「あの日」が本当に「嘘」のようで...。
これほどまでに「高い」防潮堤が「必要」になるなんて、本当に、想像を絶します。
ちなみに、この先の「津軽石駅」(上掲の動画「1時間03分55秒頃」)から徒歩約20分の、「宮古運動公園」の「駐車場」向かいが、鈴芽の「実家(生家)跡」とされている場所ですが(あの「電波塔」も...)、そこにあるものと「同様」の「後ろ戸」が「ここ」にもあって...。
でもこれって、「一番最初」の、「宮崎」の「後ろ戸」なのでは...? (「ダイジン」も、「要石」として刺さっているし...)
無理せず、ここで「折り返し」たのは、やはり「正解」だったのかも...。
駅へ戻る「坂」の手前にある「LAWSON」へ寄り、取りあえずの「昼食」と「飲料」を確保して、再び「織笠駅」へ。
「暑いな」と思いながらも、「勝手に扉を開放しちゃイカンかな」と思っていたら、後から来た、先発の「宮古行き」(13時02分発)に乗られるおばちゃんが、「暑いでしょ」と、開けてくれました。
たしかに風が「爽やか」で、とても「涼しく」も感じましたが、おかげで、「ぬこ駅長様(ダイジン)」(笑)が「お倒れ」に...。
私は、ちゃんと「ぬこ駅長様(ダイジン)」を立て直して、ちゃんと「戸締まり」してから、この「織笠駅」を後にしました...。
「釜石駅」へ戻ると、「きっぷ/運賃」は、車内で回収する代わりに、いったん、「三陸鉄道側」の駅を出ないと、「JR側」へは乗り換えが出来ないようでした。
今回は、「乗り換え時間」が「39分」もあったので「余裕」ですけれども...。
手持ちの「きっぷ」は、「往路」と同じく、「乗車券」は「北上」まで。
「指定席券」(14時18分発の快速「はまゆり6号」)は「花巻」まででしたので、ここで、「盛岡行き」に「変更」してしまいました!! (この「乗車変更」は、「出発直前」にすでに決めており、もともと、「車内」で申し出るつもりでしたが、「窓口」に寄る時間があったことは、本当に「幸い」でした)
「東北弁」にも、「ほとんど触れていない」と言える「今回の旅」...。
せめて「おみやげ」だけは...!!
そして、せっかく「岩手県」に来たんだから、「盛岡市」は、「やはり訪れておきたい」ということで、この決定に至ったのです。
というわけで、こちらは、「4号」(2021年12月撮影で、車両は「100系気動車」とのこと)となりますが、盛岡までの「全区間」の「前面展望映像」をどうぞ!!
ということは何と、「釜石線」は、「上り」、「下り」、ともに「全線完乗」で、その上、快速「はまゆり」も、「全区間走破」ということに!!
今回、「行き」も「帰り」も、「車掌さん」は、「キレーなお姉さん」(まさに「鉄道むすめ」!!)で、特に、帰りの「6号」の方は「元気が良かった」と思いました。
やはり、こういうところから、「イメージ向上」につながるのだと、そうも思いましたね。
さて、今回も本当に「長く」なってしまったので、この続きはやはり「次回」にしたいと思いますが、最後に、ちょっと「面白い話」をひとつだけ...。
「釜石線」は、やはり「ローカル線」ですから、その「線形」から、「走行音」もやはり、「ガタンゴトンゴトン」といった風に聴こえるのですが、「花巻駅」が近づくにつれ、私にはそれが、なぜか、
「おむすびっコロッ...おむすびっコロッ...」
のようにも聴こえてしまって...
しかも、それも「ずっと」ですよ!! (笑)
これ、ホンットに「ウケ」ましたね。
その半面、花巻駅で「方向転換」をして、「東北本線」で「盛岡駅」へと向かう際には、やはり、北陸本線と同じく、「寝台特急」も走っていた「幹線」ですから、当然「乗り心地」も「抜群」で、まるで「特急」のように、「快調」に飛ばして行きました。
在来線の「北上・花巻-盛岡間」というのは、実は、その「寝台特急」(下り)でしか通過したことがなく、「この区間」では、たしか、まだ「寝ていた時間」だったと思います(1994年10月7~8日。寝台特急「はくつる1号」青森行き)。
それが、図らずも今回、「日中」に乗ることが出来て、その点でも、「良かった」と思いました。
ありがとうございました。
それではまた...。
(daniel-b=フランス専門)





