こちらは、1965年1月4日のテレビ放送からの映像です。

 

続いて、1968年3月28日のテレビ放送から。

 

こちらも、「テレビ放送」からの映像です(1972年)。

 

こちらは「オリジナル録音」です(1953年録音/1954年発売)。

 

 

こちらは、いわゆる「文庫版」の全集ですが、「オリジナル・ジャケット」を「再現」したスリーヴが大変「貴重」です。

 

「初期作品」のみの「後発盤」ですが、「ライヴ録音」、「カバー」、「インタビュー」なども収録されていて、意外と、「侮れない」内容となっています。

 

 

ブラッサンスを世に送り出した、「大恩人」とも言えるパタシュウ(1918-2015)(本名「アンリエット・ラゴン」)が、テレビにて歌った映像です(詳細なデータはありませんが、おそらく、1960年代中頃のものと思われます)。

 

 

やはり、「心からの祈り」が感じられる「名唱」だと思います...。

 

 

 

こちらは、1979年1月に発売となった、通称「Brassens en jazz "ジャズ・ブラッサンス"」というアルバムに収録されているバージョンです。

 

ミシェル・アトゥヌのアルト・サックスのソロが光ります。

 

 

「原曲」は、詩人ルイ・アラゴンが1943年に書いた詩に、ブラッサンス自身が「曲付け」をした、「il n'y a pas d'amour heureux "幸せな愛はない"」(1953)と、「同じ曲」が使われています(後述)。

 

ここでは、「la priere "祈り"」として「演奏」、「収録」されていますが、そのことを示す「しるし(象徴)」として、冒頭に、シューベルト(1797-1828)の「アヴェ・マリア」(D.839, 1825年)の一節が「挿入」されています...。

 

 

 

 

この録音についての記事

 

 

これまでの記事

 

 

 

さて...

 

 

昨年(2021年)が、「没後40周年/生誕100周年」という、「ダブル・アニヴァーサリー」となる「記念の年」に当たっていた、フランス・シャンソン界の「3大巨匠」の1人、ジョルジュ・ブラッサンス(1921-81)...。

 

 

その「誕生日」は「10月22日」でしたが、「命日」は、ちょうどその「1週間後」という「10月29日」であり、「この時期」は、まさに「ブラッサンス・ウィーク」...。

 

 

今回も、その「名曲」をお送りしたいと思います...。

 

 

 

ジョルジュ・ブラッサンスは、「自作の詞」のみならず、古今の「詩人」、「文豪」の詩に曲を付けて歌ってもいました。

 

すなわち、フランソワ・ヴィヨン(1431-63)、ポール・ヴェルレーヌ(1844-96)、ポール・フォール(1872-1960)、ヴィクトル・ユーゴー(1802-85)、ジャン・リシュパン(1849-1926)、ルイ・アラゴン(1897-1982)、そして、今回紹介する曲の、フランシス・ジャム(1868-1938)などです。

 

 

 

この分野においては、同じく「3大巨匠」の1人である、レオ・フェレ(1916-93)と「競合」することにもなり、「そのこと」もあってか、フェレからは、過剰なまでに「ライバル視」されたこともあったようです。

 

ヴェルレーヌやアラゴンに関しては、フェレも、その作品集を、「アルバム」として出してもいました。しかし、「幸い」なことに、「同じ詩」を採り上げて競うまでのことはせず、「完全な対立」には至りませんでした...。

 

 

今回の曲、「la priere "祈り"」は、抒情詩人フランシス・ジャムが書いた詩に、ブラッサンスが曲付けをしたもので、1954年12月発売の、3rdアルバム(25cm)に収録されています。

 

 

その詩の「出典」は、少し「複雑」で(「大括り」、「中括り」、「小括り」のような「分類」がありますが、それだけの、「長大な詩」だという解説もあります)、「文献」によっても、多少の「違い」があるようですが、概ね、詩集「雲の晴れ間」(1902-06)の中の、「木の葉をまとった教会」という括りの、「ロザリオ2」という部分を用いているようです。

 

また、ブラッサンスは、その「第3節」、「茨の冠」を省いた代わりに、「最終節」を自ら書き足してもいて、それによって、何とも「暗たん」たるこの詩に、「明るい希望」、「救い」を与えているようにも感じられると思います。

 

 

 

以下に、「参考」とした「資料」の「リンク」を載せておきます。

 

 

「原詩」に関してはこちら。

 

 

 

続いて、「日本語訳」関連。

 

 

「念珠」(ロザリオ)という括りの、「苦悩」以降が、今回の「詞」に該当する部分です。

 

尾崎喜八(1892-1974)は、日本の「詩人」で「翻訳家」でもあり、この「新訳ジャム詩集」(1965)は、その彼を「代表」する「名著」でもあります。

 

 

「参考」としたレコード(「国内盤(アナログ)」 FDX-223, 1976年発売)

 

 

 

この曲に関連して、もう1曲、「有名な作品」を紹介しておきましょう...(すでに、「正式な記事」として「紹介済み」です)。

 

 

 

ブラッサンスは、違った詞に「同じ曲」を付けることも幾度かありましたが、これは、「中世」以来の、「シャンソンの伝統」のひとつでもあります。

 

 

 

こちらの曲、「il n'y a pas d'amour heureux "幸せな愛はない"」も、詩人ルイ・アラゴンが1943年に書いた詩に、ブラッサンスが曲付けをしたもので、今回の曲、「la priere "祈り"」よりも先に、1953年11月発売の、2ndアルバム(25cm)に収録された作品です。

 

この映像は、1975年3月19日のテレビ放送からのものです。

 

 

また、こちらの映画、「8人の女たち」(2002年。フランソワ・オゾン監督)のラストは、とても「衝撃的」なものでした...。

 

大変大きな「ショック」を受けた、末娘の「カトリーヌ」(リュディヴィーヌ・サニエ)を慰めるために、ダニエル・ダリュー(1917-2017)の演じた祖母、「マミー」が歌ったのが、まさに、「この曲」だったのです...。

 

 

両腕を広げたつもりでいても、その影は 「十字架」になっている

幸せを望んだところで、それを押しつぶしてしまっている...

 

ギターの旋律にすら、 「すすり泣き」が必要なのか

幸せな愛はない...。

 

 

こちらの、アラゴンによる詩は、もともとが、「(第二次大戦中の、)占領下のレジスタンス活動」をテーマに書かれた詩集からの一編です。

 

 

この曲についての記事(「歌詞対訳」も載せています)

 

 

 

この「il n'y a pas d'amour heureux "幸せな愛はない"」も、「la priere "祈り"」も、やはり「最初期の作品」であると言えますが、ブラッサンスは、この両曲を、「大恩人」であるパタシュウ(最初の方に載せている動画を参照ください)に歌って聴かせたところ、パタシュウは、「la priere "祈り"」の方を「(「自身でも歌いたい」と)選んだ」ということです...(1971年のインタビューより)。

 

 

また、ブラッサンスは、この「2つの詩」が、「同じ音楽に合わせて歩んでいることに気づいた」とも話していたようです。

 

 

まさに、こうしたところが、「(音楽詩人の)慧眼」と言うべきだと思いますね...。

 

 

 

1979年には、「イタリア系フランス人」で、「un jour, un enfant "(邦題)リラの季節"」(1969)でも「有名」な歌手、フリーダ・ボッカーラ(1940-96)も「カバー」しています(この映像の「詳細なデータ」は「不明」です)。

 

こちらは、2019年11月16日に、パリ郊外の「ラヴァン・セーヌ/テアトル・ド・コロンブ(l'Avant Seine/Theatre de Colombes」にて開催された、「les Choeurs de France」の公演から。

 

 

公式サイト(フランス語)

 

 

 

それでは以下に、「la priere "祈り"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。

 

 

ブラッサンス自身、また、パタシュウや、フリーダ・ボッカーラ、そして、「les Choeurs de France」と(そしてもちろん、ダニエル・ダリューによる「il n'y a pas d'amour heureux "幸せな愛はない"」も含めて)、その「歌唱」を聴いていると、本当に、「切実な祈り」を感じることが出来ると思います。

 

 

本年2月に始まった、「かの国の暴挙」は、まさに、「ここに歌われている通りの内容」でもあって、いっそうの「生々しさ」、「リアルさ」を感じられるのではないかとも思いますが、「そのこと」もあって、「今年の命日の記事」には、「この曲」について書くことを、前々から決めてもいました。

 

 

「聴くのが辛い」面も、多分に「ある」かとは思いますが、どうか、今回の記事の「主旨」を「ご理解」いただきますよう、心からお願い申し上げます。

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

それではまた...。

 

 

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la priere  祈り

 

par le petit garcon qui meurt pres de sa mere

tandis que des enfants s'amusent au parterre

et par l'oiseau blesse qui ne sait pas comment

son aile tout a coup s'ensanglante et descend

par la soif et la faim et le delire ardent

je vous salue, Marie!

 

母親のそばで死に行くその小さな男の子のために

他の子どもたちは、花壇のそばで遊んでいるというのに

また、突然、わけもわからぬうちに

羽を血まみれにして落ちて行く、傷ついた鳥のために

渇きと飢えと、そして、激しい錯乱のために

マリア様、私はあなたに祈ります!

 

par les gosses battus, par l'ivrogne qui rentre

par l'ane qui recoit des coups de pied au ventre

et par l'humiliation de l'innocent chatie

par la vierge vendue qu'on a deshabillee

par le fils dont la mere a ete insultee

je vous salue, Marie!

 

帰って来た酔いどれに殴られた子どもたちのため

横腹を足蹴にされるロバのため

そして、罪なくして罰せられた者の屈辱のために

売られて裸にされた生娘のために

辱められた母親の、その息子のために

マリア様、私はあなたに祈ります!

 

par la vieille qui trebuchant sous trop de poids

s'ecrie:"Mon Dieu!" par le malheureux dont les bras 

ne purent s'appuyer sur une amour humaine

comme la croix du Fils sur Simon de Cyrene,

par le cheval tombe sous le chariot qu'il traine

je vous salue, Marie!

 

あまりの重さによろめいて

「神様!」と叫ぶ老婦人のために

キレネのシモンが背負った、イエスの十字架のように

人間の愛にすがることの出来ない

不幸な人のために

自らの引く車の下に倒れた馬のために

マリア様、私はあなたに祈ります!

 

par les quatre horizons qui crucifient le monde

par tous ceux dont la chair se dechire ou succombe

par ceux qui sont sans pieds, par ceux qui sont sans mains,

par le malade que l'on opere et qui geint

et par le juste mis au rang des assassins

je vous salue, Marie!

 

世界をはりつけにする4つの地平線のために

肉を裂かれ、殺されるすべての人のために

足を失った人々、手を失った人々

手術を受けて、苦しみうめく患者のために

マリア様、私はあなたに祈ります! 

 

par la mere apprenant que son fils est gueri

par l'oiseau rappelant l'oiseau tombe du nid

par l'herbe qui a soif et recueille l'ondee

par le baiser perdu, par l'amour redonne

et par le mendiant retrouvant sa monnaie

je vous salue, Marie!

 

息子が回復したと知らされる母親のために

巣から落ちた小鳥を思い起こす鳥のために

その渇きを、夕立で癒す雑草のために

失われた口づけ、再び与えられた(取り戻した)愛のために

そして、小銭にありつく物乞いのために

マリア様、私はあなたに祈ります!

 

(daniel-b=フランス専門)