こちらは、1966年5月のオランピア劇場公演の「ライヴ録音」から。
この公演にて発表された曲のひとつです。
このCDの「再販」が、「強く」、望まれます...。
今回の曲については、先に、こちらの記事でも触れています(2021年9月22日付け)。
こちらは、テレビ出演の映像と思われます(年月日など、詳細は「不明」です)。
「スタジオ録音(オリジナル録音)」は、1967年10月発売のアルバム、「la femme "女"」に収録されています(1967年6~9月録音)。
こちらは「大全集」となります。
この「je suis bien "とても素敵(私はしあわせ)"」(1966-67)は、ジャック・ブレル(1929-78)がグレコのために書いたもので、当時の「最新曲」です(曲は、ジェラール・ジュアネストが書いています)。
こちらは、1966年4月、ブレルの、マダガスカルへの「最後」のツアーの際に撮影された、「貴重」な「リハーサル風景」の「1コマ」です(この曲の「ライヴ映像」、「音源」までは残ってはいませんが、もしかすると、このステージでは、「歌っていた」のかも知れません...)。
ブレル自身は、この曲を「録音」することは、ついにありませんでした...。
これまでの記事
テーマが「ジャック・ブレル」の記事一覧
さて...
「9月23日」は、「フランスを代表する偉大な歌手」、ジュリエット・グレコ(1927-2020)が亡くなって、ちょうど「2年」ということになります。
もう「2年」...。
本当に、時の流れが「早い」ことを、感じざるを得ません...。
「今度」こそ、本当に「最後の日本公演」となるはずであった、2016年6月の「Merci Tour」(「引退公演」)は、その3ヶ月前に、突然グレコを襲った「脳血管障害」によって、「当然」のことながら、「中止」と発表されてしまいました。
その当時でも、グレコはすでに「89歳」となっており、ツアーに同行する、「夫」でピアニストであるジェラール・ジュアネスト(1933-2018)(今回の曲の「作曲者」でもあります)でさえ、「83歳」の誕生日を「5月」に控えて、「高齢」もよいところでした。
日本への「長旅」(片道「約12時間前後」)は、当然、「身体的に大きな負担」となりますが、その前に「脳血管障害」を「発症」したことは、「ある意味」では、「良かった」のかも知れません...。
(グレコは、一人娘のローランスが、その2016年に、「62歳」で亡くなったことも公表しています)
当時の記事(2016年5月7日付け)
また、偉大な「伴奏ピアニスト」であり、数多くの「名曲」を世に送り出している「作曲家」でもある、先述の、そのジェラール・ジュアネストは、ブレルとグレコにとっての「共通項」でもあり、三者ともに、「盟友」として、その付き合いは、「生涯」にわたってもいました。
私としても、ブレルを聴き始めて「ちょうど40年」という「記念の年」でもありますから(特に「9月」は...「前回記事」参照)、ここで、「この曲」について書いておくべきだと思いました。
ブレルとグレコの「最初の出会い」は、1954年にまでさかのぼりますが、当時のブレルは、「家業」を継ぐことなく、「音楽」に「すべて」をかけて、「単身」、パリへやって来たのでした。
そこでグレコが聴いて「興味」を惹かれた曲が、「la Diable(ca va) "O.K.悪魔"」であり、さっそくその曲を採り上げて、ブレルの名を「オランピア劇場公演」にて「広める」ことにもなったのです。
ブレルは、その時の「感謝」を忘れることなく、1958年に出会った、ジェラール・ジュアネストとの「共同作業」で生まれた曲、「on n'oublie rien "人は何も忘れない"」を持って、1959年、そのジェラールとともに、再度、グレコのもとを訪れました。
その後、1961年10月の「オランピア劇場公演」の「大成功」により、「名実」ともに「大スター」の仲間入りを果たしたブレルは、「多忙」な毎日を送るも、
「彼は、何も忘れることはなかった。そして、愛する者たちを決して忘れなかった。愛された者たちももちろんである...」
とグレコ自身が書いたように、そのグレコのための「新曲」も、やはり「用意」していたのでした...。
それがこちらの曲、「vieille "老婦人"」(1963)。
(映像は、1972年2月16日のテレビ放送からです)
この曲についての記事
そして、ブレルが、「最後」にグレコに贈ったのがこの「名曲」...。
「voir un ami pleurer "泣く友を見る(涙)"」(1977)
ブレルがレコードを発売するよりも「2ヶ月」早く、グレコのステージにて「発表」されました。
そのちょうど「1年後」、ブレルは亡くなっています...。
この曲についての記事
これらの曲の他にも、「la chanson des vieux amants "懐かしき恋人たちの歌"」(1967)、「j'arrive "孤独への道"」(1968)(*ここまでに挙げている曲は、すべて、「正式な記事」として上げています。「ブレルの記事一覧」より、「タイトル名」で検索が可能です)を「主要レパートリー」として採り上げ、また、自身も「カメオ出演」した、ブレルの「監督/主演/音楽」による映画、「le Far-West "西部"」(1973)の「挿入歌」、「l'enfance "少年時代"」を「カバー」してもいます。
(追加)「l'enfance "少年時代"」
こちらはブレル自身による歌唱です(映画「le Far-West "西部"」より)。
数自体はそう多くはないものの、ブレルにとって「重要な時期」に、グレコに曲が「提供」されているということで、それが即ち、グレコにとっても「節目」であったとも言うことが出来ます。
今回紹介している曲、「je suis bien "とても素敵(私はしあわせ)"」(1966-67)もそういった曲で、ブレルは当時、「ステージ活動からの引退発表」を考えていた時期でもありました。
「曲」自体も、すでに当時は、(「外」へ向けてと言うよりは、)次第に、「自身の内面」へと向かって来た頃のことであり、この作品も、「皮肉」ではあるものの、「攻撃的」と言うよりは、「内省的」であると言うことが出来ると思います。
最後の、「je suis malhonnete...(私は不誠実...)」が、ちょっとした「アクセント」にもなっていますね...(「別の言葉」で訳すのならば、「私は正直じゃない」とも書くことが出来ます)。
ブレルがステージを引退した後、ジュアネストは、グレコの伴奏ピアニストとなり、そこへ、「編曲・指揮」担当のフランソワ・ローベール(1933-2003)も「合流」しました(とは言っても、その後も、ブレルの「正式な録音」の際には、必ず「参加」しています。それが、「盟友」たる所以です)。
ここで、ちょっと「気分」を変えて、「同じタイトル」である、こちらの曲を聴いてみてください。
ダニエル・バラボワーヌ(1952-86)の「je suis bien "僕は良い気分(仮)"」(1978)。
この動画には、「英語字幕」がついています。
今年は、ダニエルの「生誕70周年」でもあるのに、全然「記事」を書けていない...。
ちょっと「強引」かも知れないけど、「こんなカタチ」ででも「紹介」させてください...(笑)。
(参考)テーマが「ダニエル・バラボワーヌ」の記事一覧
今回、「最初」に紹介を考えていたのは、実は「この曲」でした...。
グレコのレパートリーの中でも、「最も古い作品」のひとつ、「si tu t'imagines そのつもりでいても」(1947)。
上掲の映像は、1961年の「東京公演」(東京厚生年金会館)のものだということです。
そして最後に...。
ジュリエット・グレコ自身が、その「歌唱力」を認めた歌手、クレール・エルジエール(1971-)。
その彼女が、ジュリエット・グレコの歌った「代表作」を、本当に「素晴らしい」歌声で、1枚のアルバムにまとめました。
その「プロモーションビデオ」を、どうぞ、ご覧ください...。
間もなく、「日本公演」(9月25日~)も始まります!!
参考記事
それでは以下に、「je suis bien "とても素敵(私はしあわせ)"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。
ありがとうございました。
それではまた...。
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je suis bien とても素敵(私はしあわせ)
et je n'aime plus personne
et plus personne ne m'aime
on ne m'attend nulle part
je n'attends que le hasard
je suis bien
もう誰も愛さない
もう誰も私を愛さない
私を待つ人などどこにもいない
私は「偶然」しか待ってはいない
それでいい
au dehors la nuit s'enroule
tout autour de sa polaire
au loin roucoule une foule
plus mechante que vulgaire
je suis bien...
外では夜が
北極星を包み込むように渦巻き
遠くでは人の群れがささやいている
いやしいと言うより、もっと意地悪に
それでもいい...
je m'invente des jardins
ecrases de roses grises
je brule quelques eglises
j'evapore quelques parfums
je suis bien
私は、灰色のバラで押しつぶされた
庭となる
いくつかの教会を焼き
いくつかの香水を蒸発させる
それでいい
j'effeuille mes anciens amants
je melange leurs prenoms
c'est drole ils s'appellent tous Dupont
les volcans que j'ai eteints
je suis bien...
昔の恋人たちを摘み取り
その名前を混ぜ合わせる
おかしなことに、みんなが「デュポン」という名前
私が火を消した火山たち
それでいい...
je remonte la riviere
du grand lit qui me vestibule
un diamant tintinnabule
au plus profond de mon verre
je suis bien
私は再び川を上る
とてつもなく大きなベッドから
鈴の音を鳴らすダイヤモンドのような
私のグラスの奥底まで
それでいい
ma bougie fume ses eclairs
un arbre pousse dans mon coeur
j'y va pendre les empecheurs
et je ne serai plus surnumeraire
et je serai bien
ろうそくはその光をあぶり
私の心には、一本の樹が伸びる
私の邪魔をする者たちは、そこに吊るしてやろう
そうしたら、私はもう、はみ出ることもない
それでいいだろう
je repense a des insultes
a des ennemis anciens
tout cela(c'est drole tout ca) ne me fait plus rien
est-ce que je deviendrais adulte
ce serait bien
私は、侮辱を思い返す
過去の敵たちの
そんなことはみんな、もう何でもないことだ
私は大人になれるのだろうか
それならいいのに
je n'entends que mon coeur de pierre
ce soir je ne ferai ni la fete
ni la belle ni la bete
meme mes rides m'indifferent
je suis bien
et j'eteins
je suis bien
je suis malhonnete...
私には、石のような自分の心の音が聴こえるだけ
今夜は、騒ぎもしない
美しくもならず、愚かなこともしない
自分の顔のしわさえ、どうでもいい
それでいい
私は明かりを消す
それでいい
私は...「不誠実」...
(daniel-b=フランス専門)

