今回の記事は、「訃報」をお伝えした、昨年9月25日付け記事を「リブログ」したものです。
1.introduction イントロダクション
il n'y a plus d'apres(あとには何もない)~accordeon(アコーディオン)~si tu t'imagines(そのつもりでいても)~jolie mome(ジョリ・モーム)という、「4曲」のメドレーによる、「イントロダクション」です(これらの「原曲」は、「元の記事」にすべて載せています)。
2.j'ai le coeur aussi grand ひろい心で
(「追記」にて、簡単な解説」と、「歌詞対訳」を載せました)
3.plus jamais もう二度とない
この曲の記事(この曲は、レオ・フェレの作品です)
4.un petit poisson, un petit oiseau (小さな)魚と小鳥
この「愛らしい小品」について、グレコは、次のように書いています。
「背が高く、美しい、たまらない二人組(ジャン=マックス・リヴィエール&ジェラール・ブルジョワ)。感受性の強い女性や、良い歌を探している女性歌手には"衝撃"の組み合わせ」
この記述は、こちらの書籍(自伝/中村敬子訳)からの「引用」(要約)です。
5.vieille 老婦人
この曲の記事(この曲は、ブレルが、グレコのために書いた作品です)
6.reveuse et fragile 夢みる少女
7.a contrecoeur 満たされぬ恋
8.je suis bien とても素敵(私はしあわせ)
この「je suis bien "とても素敵(私はしあわせ)"」(1966-67)も、ブレル(1929-78)がグレコのために書いたもので、当時の「最新曲」です(曲は、ジェラール・ジュアネストが書いています)。
こちらは、1966年4月、ブレルの、マダガスカルへの「最後」のツアーの際に撮影された、「貴重」な「リハーサル風景」の「1コマ」です(この曲の「ライヴ映像」、「音源」までは残ってはいませんが、もしかすると、このステージでは歌っていた?)。
(「アナログ盤」では、この先、「第2(B)面」となります)
9.chambre 33 33号室
10.c'etait peut-etre 雨の夜のことだった
11.nos cheres maisons わが最愛の家
この、「nos cheres maisons "わが最愛の家"」(1961)の作曲はフランシス・レイ(1932-2018)ですが、この詞を書いた、「詩人」で「作家」でもあるベルナール・ディメイ(1931-81)について、グレコは、「雷のような大声を持つ、多作のベルナール...」と表現しています(先述の自伝「恋はいのち」より)。
12.la fiancee du pirate 海賊の花嫁(音楽劇「三文オペラ」より)
「la fiancee du pirate "海賊の花嫁"」(1928/1953)は、ドイツの劇作家、ベルトルト・ブレヒト(1898-1956)の「戯曲」で、クルト・ヴァイル(1900-50)が作曲を手がけた音楽劇、「三文オペラ」(1928)の中の1曲。その「フランス語版」です。
13.miracle a Seville セビリアの奇蹟
14.jolie mome ジョリ・モーム(美しい小娘)
この「jolie mome "ジョリ・モーム(美しい小娘)"」(1960)も、レオ・フェレ(1916-93)の「代表作」のひとつですが、むしろ、ジュリエット・グレコの「レパートリー」として、大変「有名」な曲です。
15.cimetieres millitaires 軍人墓地で
16.marions les 似合いの二人
このCDの「再販」が、「強く」、望まれます...。
これまでの記事
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(参考)テーマが「レオ・フェレ」の記事一覧
さて、「9月23日」は...。
「偉大な歌手」、ジュリエット・グレコ(1927-2020)が亡くなって、ちょうど「1年」ということになります。
「あの日」から1年...。
何を書こうかと迷っているうちに、「その日」は近づいて来ましたが、やはり、「このレコード」の「全曲紹介」をしておきたいと思い立ちました。
最初は、「第1曲目」である、「j'ai le coeur aussi grand "ひろい心で"」(1966)の紹介のみにとどめておくつもりでしたが、
「まずは全曲」
と思い直し、「個々の曲」は、その後で、順次、「記事」にして行きたいと考えました。
今回のこのレコード、「ジュリエット・グレコ オランピアライヴ1966」は、大変「優れた」内容(「名曲の宝庫」!!)でありながら、「現在」では、ほとんど「話題」に上がることがなく、したがって、その「詳細情報」も、もはや、「風前のともしび」となっています(フランス語版「ウィキペディア」ですら、「確実な情報」は書かれてはいません...)。
私自身も、このレコードは、1980年に、「オランピア・ライヴ・コレクション」として、「日本フォノグラム社」より「再発売」された、「廉価盤商品(20PP-13)」(「歌詞」の掲載はありますが、「日本語訳」、「詳細な解説」はありません。この記事中の、各曲の「邦題」は、このレコードのものに基づいています)でしか持っておらず、それほど「詳しい情報」を持っているわけではありませんが、「分かる範囲」で書いていきたいと思います。
私の持っている「書籍」(文献)で、現在、「唯一」、「その情報」が書かれているのが、薮内久先生のこちらの著書です(1993年7月初版)。
それによると...
「(19)66年の初め、ベルリンの"フィルハーモニー音楽堂"におけるリサイタルで6万人の聴衆(観客)を集めたグレコは、その年の5月中旬、4度目の"オランピア"出演を果たした。"魚と小鳥"、"夢みる少女"、"満たされぬ恋"、"33号室"など多くの新曲を織りまぜたこのステージは大成功をおさめ、契約は4週間に延長され、実況録音(ライヴ)盤が作られた(日本盤:フィリップス SFX7063)」
とのことで、間違いなく「大成功」であっただけではなく、当時の「人気」も、「絶頂」であったことが「分かる」記述であるとも思います(公演期日も、「1966年5月中旬」までは「確認」が出来ます)。
この後、9月16日から、10月23日までは、「国民民衆劇場(「T.N.P」)」に、ジョルジュ・ブラッサンス(1921-81)と「交互」に出演し、こちらも「大成功」を収めています(この頃、「オランピア劇場」では、10月6日から、11月1日まで、ブレルの「さよなら公演(アデュー・オランピア)」が開催されていました)。
また、ジュリエット・グレコのライヴでは、従来、「作曲家」で、「ピアニスト」でもあった、アンリ・パテルソン(Henri Patterson, 「経歴」など、「詳細」までは「不明」)が、自身のオーケストラを率いて、「伴奏」を担当していました。
「オランピア劇場」においては、当時、「専用のオーケストラ(le grand orchestre de l'Olympia)」が伴奏を担当していたこともあり、「今回の録音」でも、アンリ・パテルソンは「ピアノ」にまわり、指揮は、すでに、グレコのレパートリー(の一部)の「編曲」も担当していた、フランソワ・ローベール(1933-2003, ブレルの「編曲・指揮担当」として、あまりにも「有名」)が行なうことになりました。
この「システム」の「詳細」までは分かりませんが、ブレルの出演の際も、「自前のオーケストラ(この場合は、フランソワ・ローベールのオケ)」ではなく、「オランピア劇場」のオケが伴奏を担当したことから、「1961年」のライヴでは、「同様」の現象が起こっています。
(「1964年」、「1966年」については、「オケ」はやはり、「劇場側」が担当しましたが、「指揮」は、フランソワ・ローベール自身が行なっています)
1967年に、ブレルがステージから「引退」して以降は、後に、「(最後の)夫」ともなったジェラール・ジュアネスト(1933-2018)が、「正式」に、「ピアノ伴奏」を務めることになりました(二人は、1988年4月15日に「結婚」し、その年の「11月」には、「日本公演」にて、ブレルを「特集」しています)。
というわけで、今回のこのレコードは、いろいろな意味で「貴重」とも言うことが出来ると思います。
「一部」だけでも、まずは聴いてみてください。
必ずや、「新しい発見」があると思います。
(追記)以下に、「j'ai le coeur aussi grand "ひろい心で"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。
この公演の「トップナンバー」となったこの曲は、「nos cheres maisons "わが最愛の家"」と同じく、「詩人」で「作家」でもあるベルナール・ディメイ(1931-81)が「詞」を書いています。また、「曲」は、ジョニー・レッシュ(1937-)が書いていますが、この方の「公式サイト」も見つかりました。
こちらです(フランス語)。
「j'ai le coeur aussi grand "ひろい心で"」は、今回のこの「オランピア劇場公演」(1966年5月)にて発表するために用意された「新曲」で、この「公演」にあわせて、「スタジオ録音」のレコードも発売されています(4曲入り「EP盤」)。
こちらが、その「スタジオ録音盤」です(1966年5月発売)。
「日本発売盤(全集)」。
現在でも「入手は可能」ですが、「文庫版の全集」のため、「邦題」の掲載のみで、「歌詞対訳」はありません。
(参考)この録音(「アナログ盤レコード」)についての情報
それではまた...。
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j'ai le coeur aussi grand ひろい心で
j'ai le coeur aussi grand
qu'une place publique
ouvert a tous les vents
voire a n'importe qui
venez boire chez moi
trois fois rien de musique
et vous y resterez
comme un pays conquis
私は広い心を持っている
公共の広場と同じくらいに
すべての風に開かれ
それどころか、誰にでも開かれている
私の家に飲みにいらっしゃい
ほんのわずかばかりの音楽
そしてあなた方はここに留まる
征服された国のように
j'ai le coeur en deroute
il ne bat que d'une aile
il bat comme un volet
les nuits qu'il fait du vent
ne le prenez jamais
surtout comme modele
car je vais en mourir
avant qu'il soit longtemps
落胆している心で
それは、羽ばたきの音だけを立てる
まるで、夜に夜に吹く強い風が
シャッターを叩くように
そんなまねは、決してしないで
特に、「手本」のようには
なぜなら、私は死に行くことでしょうから
長い時間が経つ前に
a vingt ans, coeur joyeux
moi qui ne savais rien
j'allais aux quatre coins
des horizons du monde
je croyais comme vous
que la terre etait ronde
et les hommes parfaits
je m'en portais si bien
20歳の、楽しい心
何も知らなかった私
世界の地平線の
隅から隅まで行った
私もあなた方のように
「地球は丸い」ものだと思っていた
そして、人類は「完璧」だと
私はとても気分(気持ち)が良かった
mais le coeur que l'on porte
au fond de sa poitrine
on ne le choisit pas
on en fait ce qu'on peut
aux quatre coins de moi
le chagrin se dessine
mon bonheur, a present
se meure a petit feu
けれど、人が持っている心は
その胸の奥に持っている心は
それを選んだわけではない
誰もが、自分に出来るだけのことをする
私の四隅で
悲しみが浮かび上がる
私の幸せはいま
ゆっくりと死に行こうとしている
j'ai le coeur aussi grand
qu'une place de foire
on y vient sans facon
on y fait Dieu sait quoi
mais je ne voudrais pas
qu'on en fasse une histoire
cette histoire de coeur
ne regarde que moi
私は広い心を持っている
お祭りの広場と同じくらいに
人は遠慮することなくここへ来て
何か分からないことをしていく
でも私は、誰かが話を作るような
そんなことをしてほしくはない
この胸にある物語は
私だけを見ているから(私だけのものだから)
j'ai le coeur aussi grand
qu'une place publique
cette histoire de coeur
ne regarde que moi...
私は広い心を持っている
公共の広場と同じくらいに
この胸にある物語は
私だけを見ている(私だけのもの)...
(daniel-b=フランス専門)

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