この記事は、「最初期」に書いた記事(2016年5月16日付け)を「リブログ」して書いています。

 

こちらは、2013年に、ベルギーの「オランダ語圏向け」のテレビ番組(?)で歌われたものです。

 

「VRT(Vlaamse Radio-en Televisieomroep)」は、オランダ語圏向けの「公共放送会社」で、その「Radio1」でのセッションということです。

 

2017年のライヴ録音もありました。

 

 

この曲の発表された、「1976年」当時のものと思われる映像です(ブラウザによっては、正しく表示されないものもあるようですので、「リンク」の形にいたしました)。

 

 

こちらが「オリジナル録音」です(1976年)。

 

 

こちらは、2007年に録音された、少し「変わった」バージョンで、「Brussel」に引き続いて、「崇拝」するジャック・ブレル(1929-78)の曲、「les bonbons "ボンボン"」(1964)の一部を歌ったものです。

 

タイトルもズバリ、「Brussel en les bonbons "ブリュッセルとボンボン"」です。

 

 

 

(参考)ジャック・ブレル「ボンボン/ボンボン67」の記事

 

(参考)テーマが「ブレル」の記事一覧(ブレルにも、「ブリュッセル」という曲があります)

 

 

公式サイト(オランダ語)(「歌詞」は、こちらにも掲載されています)

 

 

 

さて、今回は、「以前」であれば、「あきらめていたかも知れない」記事に挑戦してみました。

 

 

私は、フランスシャンソン界の「3大巨匠」の1人、ジャック・ブレル(1929-78)への「憧れ」が高じて、「パリ」に加えて、その「生誕の地」である、隣国ベルギーの首都、「ブリュッセル」へも「2度」訪れています(2008年/2010年)。

 

 

パリの「北駅(Gare du Nord)」から、「欧州の新幹線」とも呼ぶことが出来る「Thalys(タリス)号」に乗車すれば、「1時間25分」ほどで、ブリュッセルの「南駅(仏:Bruxelles-Midi/蘭:Brussel-Zuid)」に到着します。

 

その「距離」も、約「300km」ほどですので、「東京駅起点」で考えると、おおよそ、「名古屋駅」、「仙台駅」、「新潟駅」へ行くのと同じような感覚だと思います(「北陸新幹線」だと、「金沢駅」から「軽井沢駅」、「東京駅」からだと、「上越妙高駅」あたりですね)。

 

 

(参考)「ブリュッセル南(ミディ)駅 - パリ北(ノール)駅」間を走る、上り「Thalys(タリス)号」の運転台からの「前面展望映像」です(2009年9月23日8時13分発「9310」列車)。

 

「タリス号」は、専用の「赤い車両」(「発車直後」にもすれ違っています)で運行されるのが「通常」ですが、この撮影の時には、「従来型」の「TGV車両(フランス国鉄保有)」が運用に入っていたようです(「TGV Reseau 4524編成(3電源対応車両)」)。

 

 

「最高速度」は「300km/h」です!!

 

 

この列車についての記事

 

(追加)「パリ-ブリュッセル」間は、「鉄道路線開業175周年」。

「Thalys(タリス)号」は、運行開始「25周年」です。

 

 

ブリュッセルの「南駅」からは、「在来線電車」に乗り換えて、ほどなく、「中央駅(Gare de Central)」(「地下駅」)へ到着しますが、こちらは、「世界遺産 グラン・プラス(仏:Grand-Place/蘭:Grote Markt)」、「小便小僧(Manneken Pis)」の「最寄り駅」であると同時に、「ブレル財団(Fondation Brel)」の「最寄り駅」でもあります(「小便小僧」の角を左に曲がり、坂を登って行くと、「ブレル財団(記念館)」のある、「ヴィエイユ・アル・オー・ブレ広場(Place de la Vieille Halle aux Bles)」へとたどり着きます)。

 

 

「公式サイト」(「統一」されました)。

「ブレル財団」も、今年で「創立40周年」となります。

 

 

こちらの「DVD」は、「没後30周年」となる2008年、「記念館」の「展示替え」の際に発売されたもので、そのまま、「音声版図録」とも呼ぶことが出来るものです。

 

 

 

前置きが長くなりましたが、このDVDには、ブレルを知る「関係者」の、「貴重な証言」の数々が収められています。

 

 

そして、そこに登場するひとりが、今回紹介する、ヨハン・ヴァーミネン(1951-)というわけです...(私は、この時の「展示」、および、「DVD」にて、彼を知ることになりました)。

 

 

1951年5月22日生まれのヨハン・ヴァーミネンは、今年、「70歳」を迎えました。

 

こちらは、今年4月28日にアップされた映像です(オランダ語)。

 

 

70歳の「記念」となる、「4枚組ベスト」も発売されました。

 

 

ヨハン・ヴァーミネンは、ブリュッセルの中心部から、北北西に約10kmという、近郊の都市、「ウェメル(Wemmel)」に生まれました(ブレルの生家のある「スカールベーク(仏:Schaerbeek/蘭;Schaarbeek)」からもほど近い地域です)。

 

 

ベルギーの「ブリュッセル首都圏地域」というのは、実際には「オランダ語圏」に入ります。

 

 

しかし、その住民の「約8割」が「フランス系」と言われ(言ってみれば、「飛び地」のような印象です)、そのことが、長年にわたる、「言語対立」の「要因」ともなっていました。

 

「2言語併用地域」として、街なかの「看板」、「標識」なども、フランス語、オランダ語の「両方」で表示することが「義務づけ」られているブリュッセル...。

 

ブレルは、「父方」が「オランダ語圏」の出身のため、「自分もそう(オランダ系)である」と話していましたが、実際には、「フランス語の話者」です。

 

対するヨハン・ヴァーミネンは、生まれは「近所」であるとも言うことが出来ますが、その「氏名」からもすでに分かる通り、「オランダ語の話者」です(「フランス語」も、「ある程度は話せる」ようではありますが...)。

 

 

「EU本部」や、「NATO本部」など、「国際機関本部」が集中していることから、「EUの首都」とも呼ばれるブリュッセルでは、もちろん、「英語」もかなり通用します。

 

 

ベルギーでは、「オランダ語で歌う歌手」の「代表」とも言える、ヨハン・ヴァーミネン...。

 

 

そんな彼も、ブレルの「groot bewonderaar(「偉大な崇拝者」=「熱狂的ファン」)」だということです。

 

 

ちなみに、ブレルは、2005年に行なわれた、「偉大なベルギー人」という、「3種の投票」にて、「フランス語圏」で「第1位」、「オランダ語圏」でも「第7位」、また、「オランダ語圏新聞」での投票でも「第5位」でした(ヨハン・ヴァーミネンも、「ノミネート・リスト」に、「名前」は上がりましたが...)。

 

 

上掲のDVD、「J'aime les belges!(私はベルギー人が好きだ)」で、ヨハン・ヴァーミネンも多くの「コメント」を残していますが、「ブレルの好きなところ」として、「たとえば、(映画などで、)"ベルギーなまり"を強調して話すところがものすごく好きだ」と話していました。

 

 

このようなシーンのことですね(クロード・ルルーシュ監督の1972年の映画、「冒険、また冒険(l'aventure c'est l'aventure)」より)。

 

 

実際のDVDでは、「バンジャマンおじさん(mon oncle Benjamin)」(1969, エドゥアール・モリナロ監督)や、「ボノの一味(la bande a Bonnot)」(1968, フィリップ・フラスティエ監督)の中のシーンが挙げられていましたが、こちらも、大変「有名」なものです。

 

 

映像方式が「PAL」(「対応機器」が必要)ではありますが、「興味」のある方は、ぜひ、ご覧になってみてください(「英語字幕」もあります)。

 

 

(参考)紹介されている作品

 

 

「冒険、また冒険」

 

「バンジャマンおじさん」

 

「ボノの一味」

 

 

 

ヨハン・ヴァーミネンには、もちろん、ブレルの曲の「カバー」もあります。

 

「een vriend zien huilen(voir un ami pleurer) "泣く友を見る(涙)"」(1984)(「オリジナル」は1977年)。

 

こちらの「オランダ語詞」は、ヴァーミネン自身の手によるもののようです。

 

また、(リースベト・リスト(1941-2020)による、「mijn vader zei(mon pere disait...) "父の想い出"」(1969)(「オリジナル」は1967年)もあわせて収録されています。

 

 

(オランダの歌手、リースベト・リストについても、すでに「記事」を書いていますが、昨年3月25日に亡くなられていたことが、最近の検索で分かりました。こちらも、あらためて記事を書いてみたいと思っています)

 

 

続いてこちらは、ヴァーミネン自身が、「自主制作」(限定1000枚)で発売した、「幻」とも呼べるアルバムからの1曲です(2001年)。

 

「quand on n'a que l'amour "愛しかないとき"」(「オリジナル」は1956年)。

 

「フランス語」で歌ってはいますが、かなり「独特」な雰囲気があります(「ブルース風」...)。

 

このレコードについての「データ」です。

 

 

ヴァーミネンの「代表作」を、もう1曲載せておきましょう。

 

「laat me nu toch niet alleen "私をいま、ひとりにしないで"」(1973)(2005年の再録音)。

 

 

タイトルがよく似ていて、「紛らわしい」のですが、ブレル自身が歌った、「ne me quitte pas "行かないで"」(1958-59)の「オランダ語版タイトル」は、「laat me niet alleen」と言います。

 

こちらがその録音です(1961年4月12~14日録音)。

 

 

(参考)「行かないで」についての記事

 

 

 

それでは以下に、ヨハン・ヴァーミネンの「Brussel "ブリュッセル"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。

 

この「Brussel」という綴りは、もちろん、「オランダ語」のものです(ドイツ語では、「u」の上に「ウムラウト」が付きます。また、英語では「Brussels」と書きます)。

 

ブレルにも、「ブリュッセル」(1962)という、「にぎやかな曲」がありますが、こちらの綴りは、「フランス語」で「Bruxelles」と書きます(なお、1953年以前の「若書き」の作品の中にも、同じタイトルの曲がありますが、現存しているものは「詞」のみで、「音源」はありません。この詞は、この記事の「元の記事」に載せています)。

 

 

今回の訳詞は、「Google」の「自動翻訳」を「駆使」して挑戦してみました。

 

 

「自動翻訳」ではありますが、「フランス語」や、「英語」の場合、翻訳の「精度」は、「日本語」の場合に比べて、より「高い」ものと思われます。

 

 

(参考)「フランス語訳」(自動翻訳)(もしかすると、この「フランス語訳」でも「歌える」かも...)

 

(参考)「英語訳」(自動翻訳)

 

 

「フランス語」も「英語」も、「自然な文章」となっており、充分「信頼出来るもの」と判断しました。

 

 

その上での「日本語訳」となっています(あまり「多用」すると、「オランダ語のスキル」は、「まったくアップしない」かも知れないなあ...笑)。

 

 

ヨハン・ヴァーミネンの、「若かりし日の代表作」であるこの曲...。
 
 
まさに、「ブルースの魂」を感じさせる、「シブい」1曲となっています。
 
 
発音は「難しそう」ですが、「歌ってみたい」とも感じさせる「名曲」です。

 

 

あまり「なじみはない」かも知れませんが、時には、こうした「オランダ語の曲」も良いものですね。

 

 

それではまた...。

 

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Brussel  ブリュッセル

 

mijn Brussel, 'k zit in je binnenzak
een warme jas, je binnenstad
die mij omarmt
en verwarmt als vroeger
toen ik verdwaald en lusteloos
jouw geborgenheid verkoos
al zijn mijn dromen
nu wat droever

 

僕のブリュッセル 僕は君のポケットの中

暖かいコート 僕を抱きしめてくれる

君の(街の)ど真ん中にいる

今でも、前と同じように温めてくれる

道を見失い(負けて)、気力を失った時には

君に「安心」を求めた

僕の夢はいま

少しばかり、「悲しい」とは思うけれど

 

hier kende ik mijn eerste lief
mijn eerste droom, eerste verdriet
hier kerfde ik haar naam nog in jouw bomen
hier had ik vrienden, liep ik school
en raakte ook nog op de dool
hier voelde ik me vaak verloren

 

ここで僕は、「初めての恋」を知った

「初めての夢」、「初めての悲しみ」

君の木々に、彼女の名前を刻み込んだ

ここで友だちもでき、学校にも行き

そして、道にも迷い(自分も見失い)

僕は、しばしば、何かを失ったと感じている...

 

mijn Brussel, al ben je erg ziek
een mollepijp, een braakland
in ruine ken ik jou niet
ach je bent wreemd veranderd
al ben je als een lelijk huis
toch voel ik me hier velig thuis
als nergens anders

 

僕のブリュッセル 君はとても病んでいると思うけれど

モールパイプ 廃墟のように

荒れた土地 そんな君を僕は知らなかった

ああ、でも君は、驚くほど変わった

君は、醜い家のようではあるけれど

それでも、僕は、ここで安心を感じている

それは、他のどこでもない、ここだからこそ

 

hier kende ik mijn eerste lief
mijn eerste droom, eerste verdriet
hier kerfde ik haar naam nog in jouw bomen
hier had ik vrienden, liep ik school
en raakte ook nog op de dool
hier voelde ik me vaak verloren

 

ここで僕は、「初めての恋」を知った

「初めての夢」、「初めての悲しみ」

君の木々に、彼女の名前を刻み込んだ

ここで友だちもでき、学校にも行き

そして、道にも迷い(自分も見失い)

僕は、しばしば、何かを失ったと感じている...

 

mijn Brussel, ik verlies me weer
een loop je straatjes op en neer
ze zijn jouw duizend armen
hoe vaak liep ik hier toen
niks om handen, niks te doen
gewoon mijn tijd wat te verdromen

 

僕のブリュッセル 僕はまた自分を見失い

君の街の通りを上ったり、下ったり...

それらは、君の千の腕

僕はどれくらい、ここを歩いたことだろう

何もすることなく 何もすることなく

「白昼夢」のほんのひととき

 

hier kende ik mijn eerste lief
mijn eerste droom, eerste verdriet
hier kerfde ik haar naam nog in jouw bomen
hier had ik vrienden, liep ik school
en raakte ook nog op de dool
hier voelde ik me vaak verloren

 

ここで僕は、「初めての恋」を知った

「初めての夢」、「初めての悲しみ」

君の木々に、彼女の名前を刻み込んだ

ここで友だちもでき、学校にも行き

そして、道にも迷い(自分も見失い)

僕は、しばしば、何かを失ったと感じている...

 

(daniel-b=フランス専門)