こちらは、1972年1月19日、パリ・モンパルナスにある「ボビノ劇場」での公演を「テレビ中継」した映像からです。
「伝説のライヴ」として、「DVD化」もされています。
こちらの映像データは不明ですが、1970年代中頃のものだと思われます。
「セカンド・ギター」のジョエル・ファヴロー(1939-)も参加しています。(「英語字幕」付き)
こちらは「オリジナル録音」です(1952年録音/発売)。
もうかなり「古い」商品で、「入手」出来るかどうかは「運次第」ですが、「歌詞対訳」、「日本語解説」は大変「貴重」です。
こちらは、いわゆる「文庫版」の全集ですが、「オリジナル・ジャケット」を「再現」したスリーヴが大変「貴重」です。
「ボビノ1972」を「全曲」収録しています(「DISC3」)。
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今年は、フランス・シャンソン界の「3大巨匠」の1人、ジョルジュ・ブラッサンス(1921-81)の、「没後40周年/生誕100周年」という、「ダブル・アニヴァーサリー」となる「記念の年」に当たっています。
その「誕生日」が「10月22日」、「命日」は、そのちょうど「1週間後」という、「10月29日」で、「その頃」には、まさに「ブラッサンス・ウィーク」にもなるのですが、それまでに、「名曲」を順次、「紹介」していきたいと思っています。
さて、「前回」に引き続きの、そのブラッサンスですが、今回は、良くも悪くも、彼の「代名詞」のひとつともなっている、この、あまりにも「有名」な作品を紹介しておきたいと思います。
前回も書いた、「pas pour toutes les oreilles(すべての耳に当てはまるわけではない)」(「pas」を取ると、「すべての耳に当てはまる」)という「言い回し」で言えば、まさにその「代表」とも呼べる作品で、「コミックソング」とも言い得ますが、一方で、「重要な主張」も感じられる1曲ともなっています。
今回の作品「le gorille "ゴリラ"」は、「デビュー」当初の、本当に「最初期」である、1952年に発表されたものです。
この「1952年」の初め、ブラッサンスは、「運命の出会い」を果たします。
モンマルトルにあったその店の女主人、パタシュウ(1918-2015, 本名「アンリエット・ラゴン」)は、自らも「名歌手」として知られていましたが、そこへ、「紹介」されて「オーディション」を受けに来たのがブラッサンスでした...。
「自作ですが...」と断って、「弾き語り」で数曲披露したブラッサンスでしたが、パタシュウはすっかり「魅了」され、即座に「採用」することを決めました。
パタシュウは、ブラッサンスの曲を採り上げて「歌う」ことを「約束」したものの、「la mauvaise reputation "悪い噂"」(後述)は「女性歌手向きではない」として、「自分で歌ってみなさいよ」と諭したのだと言います。
ブラッサンスは、「自分はあくまでも作家。曲は、"誰かにあげるもの"だと思っていた」と、後年、そう話しており、最初のうちは、出演は「固辞」していたということです。
ところが、その「説得」に応じ、初めてステージに立った「運命の日」が、「1952年3月6日(9日とも)」のことでした。
ブラッサンスの曲を歌い終えたパタシュウは、
「今の曲は、ブラッサンスという人の作品でした。
これから、本人にも歌っていただきます!!」
と、「観客」に、その「作者」を紹介したのです!!
「激しく緊張」しながら、ステージに上がったブラッサンスは、ひと言の「あいさつ」もなしに、「いきなり」、歌い始めたということですが...。
(このことについても、「"観客がいる"という、"強迫観念"が起きました」と、後に話していました...)
しかし結果は「大成功」!!
「無表情」な口から飛び出すその「大胆な言葉」に、観客は、大いに、「拍手喝采」を浴びせました。
レコード会社「フィリップス」との契約も「即座」に決まり、「数日後」には、「新聞」でも、
「パタシュウ、"新たな詩人"を発掘する」
という、「大きな」見出しが立てられたのでした。
これが、「巨匠ブラッサンス」の「デビュー」だったのです。
その「最初期」の作品を、いくつか挙げておきましょう。
「最初期」とは言っても、「現在」にまで残っている、「有名」な作品ばかりです...。
先述の「la mauvaise reputation "悪い噂"」がこちら。
「誰にも迷惑かけちゃいないのに、みんなと違う道を進むことを、善良な村人たちは好まない。みんなが俺を非難する...」と、「反既成主義」の考え方が、この詞にも表れています。
こちらは一転して「穏やか」な曲、「le parapluie "雨傘"」。
「雨の中での束の間のロマンス」を歌った、何とも「微笑ましい」曲です。(「英語字幕」付き)
「la chasse aux papillons "蝶々とり"」も「最初期」の名作です。
「童謡風」の、明るく、親しみやすいメロディを持っています。
この曲も、「Brassens en jazz "ジャズ・ブラッサンス"」(1979)の1曲となっています。
ここでは、マルセル・ザニーニ(1923-)のクラリネットと、ジョー・ダリ(1923-99)のビブラフォンのソロがフィーチャーされています。
この録音についての記事
「hecatombe "大虐殺"」とは、何とも「物騒」なタイトルがついてはいますが、この曲も、「le gorille "ゴリラ"」と同様の系列の作品であると言えます。
「市場」で起こった騒ぎを止めに、「憲兵」たちが介入するのですが、「混乱の極み」により、いつしか、「攻撃の矛先」が「憲兵」に向けられていたという様子が描かれているものです。
「憲兵が横暴で...」という、当時の「時代背景」も感じさせますが、「母親」から、「私は、憲兵さんの献血によって命が助かった」という話を聞いてからは、「憲兵を揶揄するシャンソン」は書かなくなったと言います(それでも、このように「歌う」ことはあるみたいですが...。これも、1972年のボビノ劇場公演から)。(「英語字幕」付き)
それでは以下に、「le gorille "ゴリラ"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。
ほぼ「70年前」の曲ということは、あらかじめご承知おきください...。
ここで描かれているのは、ある日の「動物園」での出来事です。
係員の「不手際」により、大きな雄のゴリラの檻が開いてしまい、人々はみな、「一目散」に逃げ去りますが、そこに、「逃げ遅れ(?)」、「取り残された」者が「約2名」...。
そして、「この後に起こった出来事とは?」という、ちょっと、「笑い話」では済まないような「事故」のお話ですが、それでも、何となく「笑い」を誘うような(「不謹慎」だと分かってはいても...)、そんな「物語」となっています(まるで、「紙芝居」を見ているかのような...)。
ブラッサンスが1954年に出演して、この曲を歌った「オランピア劇場」では、その支配人、ブリュノ・コカトリクス(1910-79)の妻、ポーレットが、次のように「回想」しています。
「衝撃を受けた観客たちは、コーラスすることを"楽しむ"ようになりました。
"ゴリラにはご用心"という歌詞を、マネして歌いながら...」
また、「友人」で、その「伝記」の作者でもあるアンドレ・ティリュー氏は、
「"ゴリラ"は、"死刑反対"の歌です。
ブラッサンスは、明らかに、"最後の2行"のためにこの歌を作った...」
と、話していました...。
comme l'homme auquel, le jour meme,
il avait fait trancher le cou
その姿はまるで、この同じ日に
彼が「首を斬らせた(「死刑」を執行された)男」に「そっくり」だった...
ブラッサンス自身は、「あくまでも、戯れの歌」だとしていますが、この「歌詞」が「物議」をかもし、「放送禁止」となったことも「確か」なことです。
ブラッサンスは、生涯、「大きな苦しみを与える死刑には反対だ」という、「自らの立場」を「表明」していました。
ご存知の方も「多い」かも知れませんが、フランスではかつて、「断頭台(ギヨチーヌ/ギロチン)」にて「死刑」が執行されていました。
それが「廃止」されたのが、「1981年9月」のこと。
この年5月に「誕生」した、フランソワ・ミッテラン新大統領(1916-96)による「偉業」として、後に行なわれた「電話調査」(2005年12月)でも、「有権者1000人」のうち、「約7割」が、この「死刑廃止」を挙げたということです。
まさに、ブラッサンスの「死」(1981年10月29日)の「直前」の出来事でした...。
それではまた...。
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le gorille ゴリラ
c'est a travers de larges grilles
que les femelles du canton
contemplaient un puissant gorille,
sans souci du qu'en-dira-t-on;
avec impudeur, ces commeres
lorgnaient meme un endroit precis
que, rigoureusement, ma mere
m'a defendu d'nommer ici
gare au gorille!...
太い鉄格子越しに
世間体も気にせず
町のおばちゃんたちが見とれていたのは
何ともたくましいゴリラ
恥ずかしげもなく、このおばちゃんたちは
まさに「アソコ」を横目で見ていた
「口にしちゃいけない」と、お袋からも
あれほど厳しく言われていた「アレ」を
ゴリラにはご用心!...
tout a coup, la prison bien close,
ou vivait le bel animal,
s'ouvre on n'sait pourquoi (je suppose
qu'on avait du la fermer mal);
le singe, en sortant de sa cage,
dit:"c'est aujourd'hui que j'le perds!"
il parlait de son pucelage
vous aviez devine, j'espere!
gare au gorille!...
突然、ちゃんと閉まっていたはずの
その動物が住んでいた檻が
何故だか、開いてしまったのだ
(きっと、ちゃんと閉めていなかったんだろう)
猿は、檻から出ながらこう言った
「今日こそはアレとおさらばしてやる!」
「アレ」とはつまり、「童貞」のこと
分かっちゃいるだろうけどね!
ゴリラにはご用心!...
l'patron de la menagerie
criait, eperdu:"nom de nom!
c'est assommant, car le gorille
n'a jamais connu de guenon!"
des que la feminine engeance
sut que le singe etait puceau,
au lieu de profiter d'la chance,
elle fit feu des deux fuseaux!
gare au gorille!...
動物園の園長は
たいそう取り乱して、こう叫んだ
「チクショー! なんてこった
あいつは雌を知らないんだ!」
それを知るや否や
おばちゃんたちは
せっかくの「チャンス」をつかむことなく
一目散に逃げ去ったのだった
ゴリラにはご用心!...
celles-la meme qui, naguere,
le couvaient d'un oeil decide,
fuient, prouvant qu'ell's n'avaient guere
de la suite dans les ide's;
d'autant plus vaine etait leur crainte,
que le gorille est un luron
superieur a l'homm' dans l'etreinte,
bien des femmes vous le diront!
gare au gorille!...
ついさっきまで
目の色変えて見ていたおばちゃんたちが
「逃げ出した」というのはつまり、
その「妄想」に、「続きがない」ということ
このゴリラが「愉快な奴」であるだけに
おばちゃんたちの恐怖は何ともつまらない
ゴリラの「抱きしめる力」は、人間をはるかに上回る
そのことは、ご婦人方の方がよくお分かりで!
ゴリラにはご用心!...
tout le monde se precipite
hors d'atteinte du singe en rut,
sauf une vieille decrepite
et un jeune juge en bois brut
voyant que toutes se derobent,
le quadrumane accelera
son dandinement vers les robes
de la vieille et du magistrat!
gare au gorille!...
誰もがみんな
盛りの付いた猿から逃げるべく急ぐ中
よぼよぼのおばあちゃんと
まったくど素人な若い判事がその場に残った
おばちゃんたちが逃げるのを見ながら
その動物は歩みを速め
身体を左右に揺すりながら
二人のもとへとやって来たのだった!!
ゴリラにはご用心!...
"bah! soupirait la centenaire,
qu'on put encore me desirer,
ce serait extraordinaire,
et, pour tout dire, inespere!"
le juge pensait, impassible;
"qu'on me prenn' pour une guenon,
c'est completement impossible..."
la suite lui prouva que non!
gare au gorille!...
「ああ!」と、おばあちゃんはため息をついた
「こんな私でもいいのかねえ
これは素晴らしい
何とも、思いがけないことだねえ!」
判事は、いたって冷静に
「この私を、雌猿と間違えるなんて
まったく、あり得ないことだ...」
しかしこの「続き」は、そんな風にはならなかったのだ!
ゴリラにはご用心!...
supposez qu'un de vous puisse etre,
comme le singe, oblige de
violer un juge ou une ancetre,
lequel choisirait-il des deux?
qu'une alternative pareille,
un de ces quatre jours, m'echoie,
c'est, j'en suis convaincu, la vieille
qui sera l'objet de mon choix!
gare au gorille!...
仮にみなさんが、この猿のように
判事や、おばあちゃんを
犯らねばならない立場だったとしたら
二人のうち、「どちら」を選ぶのだろう?
このような選択が
この数日中にも迫られるのだとしたら
私はもう、間違いなく、
「おばあちゃん」の方を選ぶことだろう!
ゴリラにはご用心!...
mais, par malheur, si le gorille
aux jeux de l'amour vaut son prix,
on sait qu'en revanche il ne brille
ni par le gout ni par l'esprit
lors, au lieu d'opter pour la vieille,
comme aurait fait n'importe qui,
il saisit le juge a l'oreille
et l'entraina dans un maquis!
gare au gorille!...
しかし「不幸」なことに
ゴリラの「愛の戯れ」は大したものだけれども
その「好み」とか、「センス」においては
決してほめられたものではない
「おばあちゃん」という、「ありきたりな選択」を
このゴリラはせずに
何と、「判事」の耳元にしがみついて
そのまま、近くの茂みに引きずりこんだのだった!
ゴリラにはご用心!...
la suite serait delectable,
malheureusement, je ne peux
pas la dire, et c'est regrettable,
ca nous aurait fait rire un peu;
car le juge, au moment supreme,
criait:"Maman!", pleurait beaucoup,
comme l'homme auquel, le jour meme,
il avait fait trancher le cou
gare au gorille!...
さらに「その続き」がまた「面白い」のだが
残念ながら、私には言うことが出来ない
本当に「残念」なことながら...
ちょっと「笑える」お話ではあると思うけれども
というのは、その判事、「あの瞬間」に
「ママ!!」と叫んで、激しく「泣き崩れた」のだ
その姿はまるで、この同じ日に
彼が「首を斬らせた(「死刑」を執行された)男」に「そっくり」だった
ゴリラにはご用心!...
(daniel-b=フランス専門)
