こちらは、1970年代後半頃の映像と思われます(「出典」など、「詳細」は不明です)。

 

ベーシスト、ピエール・二コラ(1921-90)の他に、セカンド・ギター、ジョエル・ファヴロー(1939-)(後述)を加えた、「3人」での演奏です。

 

 

1967年1月19日、ボビノ劇場からの映像です(テレビ番組、「Palmares des Chansons(歌のヒットパレード)」より)。

 

今回、「1972年」のボビノ劇場公演の映像が、どうしても見つかりませんでした...。

 

 

こちらは「オリジナル録音」です(1966年7月録音)。

 

1966年、ブラッサンスは、「前座」で歌った女性歌手、コレット・シェヴロのギタリストを務めていたジョエル・ファヴローと出会い、彼を「高く」評価しました。

 

ブラッサンスは、ジョエルの演奏を聴いて、この曲が含まれるアルバムを、彼を含めて「録り直したい」と言っていたようですが、「多忙」のため、「実現」することはありませんでした。

 

その後、「最初の動画」のように、「3人」で演奏する機会も多くなりました。

 

この「オリジナル録音」は、ピエール・二コラ(ベース)との「2人」だけの演奏ですが、「没後30周年」に当たる2011年には、「合成」による、「3人版」のCDも「発表」されました(その音源は、「動画サイト」では見つけることが叶いませんでした。「最初の動画」をぜひどうぞ)。

 

こちらの全集は「文庫版」です(来年あたり、「最新」の「大全集」が発売される可能性もあります)。

 

こちらが、2011年に発表された、「3人版」のアルバムです。

 

 

 

これまでの記事

 

 

さて、「10月29日」は、シャンソン界の3大巨匠の1人、ジョルジュ・ブラッサンス(1921-81)の「命日」でした。また、その1週間前の「10月22日」は「誕生日」でもあり、まさに、「ブラッサンス・ウィーク」とも言えるものです。

 

 

今年は...ついに、この「大曲」の紹介に挑むことを心に決めました。

 

そのため、今回は、「命日」にのみ「焦点」を合わせ、「準備」をして来たものです。

 

何と、「全13節」で、演奏時間が「7分」を越える「超大作」であり、また、歌の内容も、まさに「遺言書」と言える、「文学的シャンソン」の「最高傑作」です。

 

曲のタイトルも、大変「改まっている」ことから、とても「長い」ものです。

 

「supplique pour etre enterre a la plage de Sete "セートの浜辺に埋葬のための嘆願歌"」(1966)。

 

今回は、この作品について書いてみたいと思います。

 

 

フランス南東部、エロー県の「県都」、モンペリエの近郊に位置する都市セート(セット)は、「ラングドッグのヴェネツィア」とも呼ばれる、「風光明媚」な港町です。

 

「年間300日以上」晴天日に恵まれる「リゾート地」である他、「運河」による、「海上交通」の「要衝」としても「有名」な街ですが、「文化人」として、このジョルジュ・ブラッサンスの他、大詩人、ポール・ヴァレリー(1871-1945)の「出身地」としても有名です。

 

 

実はブラッサンスは、この曲を発表する「10年前」、「le testament "遺言"」(1956)という曲を、すでに書いています。

 

この曲です(こちらは、1957年6月12日のテレビ番組からです)。

こちらは、やはり、「1970年代」の映像。

 

 

「詩人が好むテーマです...」と言って、独自の「死生観」をもって、「死」についての作品を数多く書いているブラッサンスですが、「深刻になってはいけない...歌なのだから」とも語っており、この「le testament "遺言"」は、そういった作品になっています。

 

また、近い時期の作品では、叔父の「旅立ち」を歌った、「oncle Archibald "アルシバル叔父貴(おじさん)"」(1957)という曲もあります。

 

この曲の記事

 

 

また、「les funerailles d'antan "昔の葬式"」(1960)も、「軽妙」な作品です。

 

これが、ジャック・ブレル(1929-78)ともなると、この「Fernand "フェルナン"」(1965)のような感じに...。

 

この曲の記事

 

「tango funebre "葬送のタンゴ"」(1964)のように、ブレルにも、「葬儀」を「皮肉った」、「軽口」な作品はありますが、基本的に、ブレルは「深刻」です(だと思います)。

 

 

さて、今回のこの曲、「supplique pour etre enterre a la plage de Sete "セートの浜辺に埋葬のための嘆願歌"」ですが、この曲が作られた背景には、どうも、「長引く健康不安」が、やはり「あった」ようです。

 

10年前に発表した、先述の「le testament "遺言"」(1956)では、やはり「軽い」と考えたのか、

 

「遺言書を改訂する」

 

とわざわざ詞に書き込んで、「全13節」、「約7分」という「大曲」に仕上げています。

 

詞には、やはり「軽妙さ」は残しつつも、歌われていることは至って「真剣」で、すぐにも「埋葬」される事態となっても大丈夫なように、「入念」に書き込んでいることが読み取れます(ブラッサンスは、しばしば、「推敲の鬼」でもありました...)。

 

「大曲」ですが、「語彙」そのものは、あまり「難しくない」ようにも感じられました。

 

しかし、言葉の中に潜む「もうひとつの意味」であったり、「フランス人」、「地元民」でなくては分かり得ないような「語義」があったりすることは、やはり、相当、「練り込まれている」という印象を抱きました。

 

 

今回、この曲に関しては、該当する「日本盤レコード」を持っていなかったこともあり、ちょっと、「最初の部分」から「途方」に暮れそうなところはありましたが(ところどころは「分かる」のですが...)、そんな折、とても「強力」な「援軍」に出会うことが出来ました。

 

信州大学の、吉田正明 学術研究院人文科学系教授が、2006年3月(当時は「准教授」)に発表された論文、「ブラッサンスの"セートの浜辺に埋葬のための嘆願歌"注釈」は、私にとって、まさに、「今、必要とする情報」でした。

 

教授は、詞の「第1節」より、「詳細」な注釈を示してくれており、何の「情報」も持たずに、「難解」な詞に立ち向かうよりははるかに、「理解しやすく」なっていたと思います。

 

そうして、この「原詞」を書き写し、「日本語訳」は、「私なり」の言葉で書き込んで、ようやく、「完成」させました。

 

まさに、「講義」を受けながら、「勉強」しながら、ここまで「至った」のだと思います。

 

あらためて、吉田教授には、「感謝」の言葉を述べたいと思います。

 

本当に、ありがとうございました。

 

 

先述のように、この歌詞は、その「長大さ」にまず「圧倒」されるものの、一見した感じでは、意外と「平易」な言葉で書かれています。しかし、適切な「語義」、「翻訳」ともなると、やはり、「大変」な部分があります。

 

「訳語」については、出来るだけ「分かりやすい」ように努めましたが、「詳細」については、やはり、教授の論文を読んでいただいた方が「分かる」かも知れません。

 

「リンク」を貼っておきます。

 

 

リンク先の画面より、「機関リポジトリ」へアクセス。

「論文」のファイルを「開いて」ください(「安全」は確認済みです)。

 

 

さて、完全に「遺言通り」というわけではありませんが、故郷セートに眠る、ブラッサンスの「墓」がこちらです。

 

 

「来年」(2021年)は、ついに、「生誕100周年」、「没後40周年」の「ダブル・アニヴァーサリー」となります。

 

来年は、ますます、「ジョルジュ・ブラッサンス」から目が離せません!!

 

 

なお、ブラッサンスは、この翌年、「アカデミー・フランセーズ」より、「詩部門」の「大賞」を授与され、「詩人」としても、「国」から認められることになりました。

 

以下に、その歌詞を載せておくことにいたしましょう。

 

それではまた...。

 

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supplique pour etre enterre a la plage de Sete  セートの浜辺に埋葬のための嘆願歌

 

la camarde, qui ne m'a jamais pardonne

d'avoir seme des fleurs dans les trous de son nez

me poursuit d'un zele imbecile

alors, cerne de pres par les enterrements

j'ai cru bon de remettre a jour mon testament

de me payer un codicille

 

死神は、決して僕を許してはくれなかった

彼女(死神)の鼻の穴に花をまき散らしたことを

バカみたいに熱心に僕につきまとうから

身の回りで葬儀が相次ぐ

だから、遺言書を書き直そうと思った

思い切って、書き加えておいた方が良いかも知れない

 

trempe, dans l'encre bleue du golfe du Lion

trempe, trempe ta plume, o mon vieux tabellion

et, de ta plus belle ecriture

note ce qu'il faudrait qu'il advint de mon corps

lorsque mon ame et lui ne seront plus d'accord

que sur un seul point : la rupture

 

さあ、リヨン湾(セートの東に位置する地中海の湾)の青いインクに

君のペンを浸して わが良き公証人よ

君の達筆でもって

僕の身体がどうなったのかを書き留めておいてほしい

僕の魂と、肉体がもはや同意しなくなった時に

たったひとつ、「断絶」ということを除いて

 

quand mon ame aura pris son vol a l'horizon

vers celles de Gavroche et de Mimi Pinson

celles des titis, des grisettes

que vers le sol natal mon corps soit ramene

dans un sleeping du "Paris-Mediterranee"

terminus en gare de Sete

 

僕の魂が、地平線に向かって飛翔するとき

ガヴローシュや、ミミ・パンソンの魂

腕白小僧や、慎みのない若い娘の魂に向かって

どうか、僕の亡骸は、故郷へと運ばれるように

「パリ-メディテラネ(地中海)」号の寝台車に乗せられて

終点は、「セート駅」

 

mon caveau de famille, helas! n'est pas tout neuf

vulgairement parlant, il est plein comme un oeuf

et, d'ici que quelqu'un n'en sorte

il risque de se faire tard et je ne peux

dire a ces braves gens "poussez-vous donc un peu!"

place aux jeunes en quelque sorte

 

先祖代々のお墓は、残念ながら、新しい(立派な)ものではない

悪い言い方をすれば、「卵」のように「満杯」だ

そして、そこからは誰も出ていかないだろう

もう「手遅れ」かも知れない それに僕だって、言えたものではない

ご先祖様たちに向かって

「もう少し詰めて! 若者にも席を譲って!」などということは

 

juste au bord de la mer, a deux pas des flots bleus

creusez, si c'est possible, un petit trou moelleux

une bonne petite niche

aupres de mes amis d'enfance, les dauphins

le long de cette greve ou le sable est si fin

sur la plage de la Corniche

 

青い波間の海辺に

出来ることなら掘ってほしい 小さく柔らかな穴を

小さな住み心地の良い小屋を

幼なじみのイルカたちのそばに

この、きめ細かな砂浜に沿った

コルニッシュの浜辺(セートの西にある浜辺)に

 

c'est une plage ou, meme a ses moments furieux

Neptune ne se prend jamais trop au serieux

ou, quand un bateau fait naufrage

le capitaine crie "je suis le maitre a bord!

sauve qui peut! le vin et le pastis d'abord!

chacun sa bonbonne et courage!"

 

この浜辺では、どんなに荒れている時でも

海神ネプチューンは、決して真面目に受け止めたりはしない

そこで、船が難破した時には

船長はこう叫ぶ 「俺はこの船の主だ

みんな逃げろ! まずはワインとパスティス(「ハーブ」で風味を付けた酒)を!

それぞれ、酒瓶と勇気を忘れるな!」

 

et c'est la que, jadis, a quinze ans revolus

a l'age ou s'amuser tout seul ne suffit plus

je connus la prime amourette

aupres d'une sirene, une femme-poisson

je recus de l'amour la premiere lecon

avalai la premiere arete

 

そう、ここは昔、ちょうど15になった時

たったひとりで楽しむには満足できなくなった年頃に

僕が、初めての恋を知った場所

人魚セイレーンを相手に

愛の、最初の手ほどきを受け

初めて、魚の骨を飲み込んだ

 

deference gardee envers Paul Valery

moi, l'humble troubadour, sur lui je rencheris

le bon maitre me le pardonne

et qu'au moins, si ses vers valent mieux que les miens

mon cimetiere soit plus marin que le sien

et n'en deplaise aux autochtones

 

偉大な詩人ポール・ヴァレリー(1871-1945, 彼も「セート」の生まれ)には大変失礼ながら

しがない吟遊詩人の僕が、先生の上を行ったとしても

優しい先生は許してくれるだろう

先生の詩が、僕のものより優れていたとしても

せめて、僕の墓の方が海の近くにあってほしい

そのことを、地元の人たちは、気には入らないだろうが

 

cette tombe en sandwich, entre le ciel et l'eau

ne donnera pas une ombre triste au tableau

mais un charme indefinissable

les baigneuses s'en serviront de paravent

pour changer de tenue, et les petits enfants

diront "chouette! un chateau de sable!"

 

この墓は、空と海にはさまれ

その風景に、悲しい影を落としたりはしない

でも、得も言われぬ魅力がある

泳ぎに来た女たちは、それを、衝立のように使い

その場で着替える そして子どもたちは言うだろう

「イケてる! まるで、砂の城みたいだ!」

 

est-ce trop demander...! sur mon petit lopin

plantez, je vous en prie, une espece de pin

pin parasol, de preference

qui saura premunir contre l'insolation

les bons amis venus fair' sur ma concession

d'affectueuses reverences

 

過ぎた要求だろうか、僕の小さな墓に

願わくば、松を植えてほしい

出来れば、パラソル型の松(かさ松)がいい

そうすれば、熱中症に備えることが出来るだろう

僕の墓を訪れて

うやうやしく、あいさつをしてくれる良き友人たちが

 

tantot venant d'Espagne et tantot d'Italie

tout charges de parfums, de musiques jolies

le mistral et la tramontane

sur mon dernier sommeil verseront les echos

de villanelle un jour, un jour de fandango

de tarentelle, de sardane...

 

ある時はスペインから、またある時はイタリアから

芳香と、楽しい音楽を乗せて

ミストラル(強い西風)や、トラモンターヌ(アルプス/ピレネーおろし)が

僕の最後の眠りに、こだまを吹き注いでくれるだろう

ある日はヴィラネル、またある日はファンダンゴ

タランテラや、サルダーヌのこだまを(これらはすべて、イタリア、スペイン起源の舞曲)

 

et quand, prenant ma butte en guise d'oreiller

une ondine viendra gentiment sommeiller

avec moins que rien de costume

j'en demande pardon par avance a Jesus

si l'ombre de ma croix s'y couche un peu dessus

pour un petit bonheur posthume

 

僕の墓の砂山を枕がわりに

水の精オンディーヌが、一糸まとわぬ姿で

眠りにやって来るとき

イエス様には、先に謝っておこう

僕の墓の十字の影が、彼女の上をかすめたとしても

それは、死後の、「ささやかな幸せ」というものではないだろうか

 

pauvres rois, pharaons! pauvre Napoleon!

pauvres grands disparus gisant au Pantheon!

pauvres cendres de consequence!

vous envierez un peu l'eternel estivant

qui fait du pedalo sur la vague en revant

qui passe sa mort en vacances

vous envierez un peu l'eternel estivant

qui fait du pedalo sur la vague en revant

qui passe sa mort en vacances...

 

哀れな王たちよ、ファラオたちよ、ナポレオンよ

パンテオンに眠る、哀れな偉人たちよ

哀れな、その遺骸たちよ

ちょっとうらやましいだろう、永遠のバカンス客の僕が

夢を見ながら、ペダルボートを漕ぎ

死後のバカンスを過ごせるなんて

ちょっとうらやましいだろう、永遠のバカンス客の僕が

夢を見ながら、ペダルボートを漕ぎ

死後のバカンスを過ごせるなんて...

 

(daniel-b=フランス専門)