シャンソンの「スタンダードナンバー」の1つ、「le temps des cerises "さくらんぼの実る頃"」は、現在知られている曲、また、現在も歌われている曲の中では「最古」のもので、1866年に詞が書かれ、曲はその2年後に書かれたものです。

 

「名曲」だけに、数多くの歌手によって歌われていますが、私が「第一」に挙げたいのは、やはり、この、コラ・ヴォケール(1918-2011)の録音でしょう(1955年)。

 

「素朴」でありながら、実にしみじみとした、「詩情」を感じる名唱です。

 

1992年、宮崎駿監督(1941-)の手によるアニメ映画、「紅の豚」の「挿入歌」として使われたことから、曲の「認知度」はさらに上がりました。

 

この映画では、加藤登紀子さん(1943-)が、「フランス語」で歌っています。

 

紅の豚 [Blu-ray] 紅の豚 [Blu-ray]
5,908円
Amazon

 

 

さて今回は、久しぶりに「シャンソン」の名曲紹介の記事に戻りましょう。

 

今回紹介する曲は、「タイトル」からも連想されるように、本来ならば「初夏(5~6月)の曲」と言うべきなのですが、ここで採り上げているコラ・ヴォケール(1918-2011)や、加藤登紀子さん(1943-)の「しみじみ」とした歌唱からも、「この季節」に聴いても、まったく「違和感」のない曲であると言うことが出来ます。

 

シャンソンの「スタンダードナンバー」の1つとしておなじみのこの曲、「le temps des cerises "さくらんぼの実る頃"」(1866-68)。

 

今回は、この曲について書いてみたいと思います。

 

 

現在知られている、また、現在も歌われている曲の中で、「作者」もはっきりとしていて「最も古い曲」だと言えるのが、この「le temps des cerises "さくらんぼの実る頃"」です。

 

詞が書かれたのは1866年のことで、いわゆる「ベル・エポック(良き時代)」(「1900年」頃)の、はるか「以前」のこととなります。

 

 

作者は、ジャン=バティスト・クレマン(1836-1903)。

 

彼は、「製粉業者」の息子として生まれましたが、「14歳」から「外」へ出て働き始め、さまざまな職種を経験しています。

 

そのため、学校には行っていなかったとのことですが、モンマルトルに住む叔母の家で、芸術家や作家と出会い、「学習」したということです。

 

詞を書き始めたのは「21歳」の頃だといい、その作品も、後に曲が付けられて歌われたということですが、やはり、「最も有名な作品」として現在でも残っているのは、この「le temps des cerises "さくらんぼの実る頃"」です。

 

1866年、ベルギーへの旅行の際に書かれたもので、古い桜の木に取り囲まれた家を見て、着想を得たということです。

 

この詞は、当初は「第3節」までしかなく、それだけでは、「単なる恋の歌」でしかありませんでした...。

 

 

曲が書かれたのは、2年後の1868年のことで、オペラのテノール歌手であった、アントワーヌ・ルナール(1825-72)が書きましたが、彼も、作曲に関しては「独学」だったということです。

 

ルナールは、冬なのにコートも着ないクレマンに、自分のコートを「譲った」ということですが、その「お礼」にと、クレマンは、この曲の「権利」を、ルナールに「譲ってしまった」ということも伝えられています。

 

 

その後、1885年(1882年とも)、クレマンは、自らの詩集を出版する際、次のような「献辞」を添えて、この詞を収録しました。

 

 

「1871年5月28日日曜日 フォンテーヌ・オ・ロワ通りの野戦病院看護師、勇敢なる市民ルイーズに」

 

 

この時に書き加えられたのが「第4節」で、以降、この曲は、「単なる恋の歌」ではなくなりました。

 

 

1871年3月、歴史上初めて、労働者階級による「パリ・コミューン」が政権を手に入れましたが、ティエール首相(1797-1877)率いる「ヴェルサイユ政府軍」の「猛攻」により、「解体」に至ったのが、この「5月28日」のことです。

 

特に、「5月21日」以降の「市街戦」は、「血の週間」とも言われるほどの「凄惨」さで、「ヴェルサイユ政府軍」による「無差別攻撃」により、「一般市民」にも多数の「犠牲者」が出ました。

 

27日、「ペール・ラシェーズ墓地」を死守していた、200人のコミューン連盟兵は「包囲」され、なだれ込んで来た「ヴェルサイユ政府軍」を相手に、墓石を「盾」にして戦いましたが、抵抗も空しく、最終的に、「147名」のコミューン連盟兵が、墓地の北東の壁の前で「銃殺」されました。

 

この壁が、「連盟兵の壁」と呼ばれるもので、現在も残っているものです。

 

 

翌5月28日、わずかに「バリケード」の残るパリで、クレマンは、野戦病院の看護師をしていた、ルイーズ・ミシェル(1830-1905)と出会います。

 

いまだ「危険」な状態であった中で、負傷した兵士たちに手当てをする彼女の姿に感動し、「最終節」の詞を書き加えたということですが、そのために、この詞は、「コミューン兵士たちの思い出」とともに、現代にまで語り継がれることになったのです。

 

先述のように、この詞は、看護師ルイーズに捧げられました。

 

そして、ジャン=バティスト・クレマンは、「ペール・ラシェーズ墓地」にて、「連盟兵の壁」を「見守る」ように眠っています...。

 

 

以上は、大野修平先生のエッセイ、著書の記述をもとに、永田文夫先生、朝倉ノニー先生の記述も含めてまとめたものです。

 

 

以下に、その「le temps des cerises "さくらんぼの実る頃"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。

 

今回採り上げたコラ・ヴォケール(1918-2011)の録音では、「第1節」の歌詞が

 

「quand nous en serons au temps des cerises」

 

となっていますが、一般には、

 

「quand nous chanterons le temps des cerises」

 

となっており、加藤登紀子さん(1943-)は、「こちら」で歌っています。

 

 

ちなみに、コラ・ヴォケールは、エディット・ピアフ(1915-63)に、「non, je ne regrette rien "いいえ、私は何も後悔していない(水に流して)"」、「mon Dieu "私の神様(神よ)"」(1960)の詞を書いた、ミシェル・ヴォケール(1904-80)の「妻」です。

 

https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12536542333.html?frm=theme(ピアフ「水に流して」、「私の神様」の記事)

 

 

それではまた...。

 

..........................................................................................................................................................................................

 

le temps des cerises  さくらんぼの実る頃

 

quand nous en serons au temps des cerises

(*quand nous chanterons le temps des cerises)

et gai rossignol et merle moqueur

seront tous en fete

les belles auront la folie en tete

et les amoureux du soleil au coeur

quand nous en serons au temps des cerises

(*quand nous chanterons le temps des cerises)

sifflera bien mieux le merle moqueur

 

さくらんぼが実る頃には

(*さくらんぼの実る頃を歌う時には)

陽気なナイチンゲール(ウグイス)もマネシツグミも

みんな大喜び

美しい女性たちも浮き浮きとして

恋人たちはその心に太陽を抱くことでしょう

さくらんぼが実る頃には

(*さくらんぼの実る頃を歌う時には)

マネシツグミはもっと美しくさえずることでしょう

 

mais il est bien court le temps des cerises

ou l'on s'en va deux cueillir en revant

des pendants d'oreilles

cerises d'amour aux robes pareilles

tombant sous la feuille en gouttes de sang

mais il est bien court le temps des cerises

pendants de corail qu'on cueille en revant

 

けれどさくらんぼの実る頃はとても短い

夢を見ながら二人で摘みに行くのは

耳飾り

お揃いのドレスをまとった愛のさくらんぼは

血のしずくのように葉陰に落ちる

けれどさくらんぼの実る頃はとても短い

夢を見ながら二人で摘むのはサンゴの色の耳飾り

 

quand  vous en serez au temps des cerises

si vous avez peur des chagrins d'amour

evitez les belles

moi qui ne crains pas les peines cruelles

je ne vivrai point sans souffrir un jour

quand vous en serez au temps des cerises

vous aurez aussi des peines d'amour

 

さくらんぼの実る頃に

恋の痛みを恐れるのなら

美しい女性はお避けなさい

私はと言えばそんな苦しみを恐れたりはしない

一日たりとも苦しまずに生きることはないでしょう

さくらんぼの実る頃に

あなたがたも恋の苦しみを味わうことでしょう

 

j'aimerai toujours le temps des cerises

c'est de ce temps-la que je garde au coeur

une plaie ouverte...

et Dame Fortune, en m'etant offerte

ne pourra jamais, fermer ma douleur

j'aimerai toujours le temps des cerises

et le souvenir que je garde au coeur...

 

私はいつまでもこのさくらんぼの実る頃を愛することでしょう

「あの時」から私の心には

開いたままの傷口がある

「運命の女神」が私のもとに訪れたとしても

決してこの傷の痛みを癒すことは出来ないでしょう

私はいつまでもこのさくらんぼの実る頃を愛することでしょう

そして心に秘めたこの想い出も...

 

 

(daniel-b=フランス専門)