「第34番 ホ短調」。
1.プレスト~2.アダージョ~3.ヴィヴァーチェ・モルト
ピアノは、おなじみ、アルフレート・ブレンデル(1931-)の「達演」でどうぞ...。
「第20番 ハ短調」。
1.モデラート~2.アンダンテ・コン・モート~3.フィナーレ:アレグロ
さて、今回は、「冬が似合う曲」として、こちらの曲を選んでみました。
今回は、ベートーヴェン(1770-1827)の少し「前」の世代で、「交響曲」や、「弦楽四重奏曲」の「基礎」を作り上げた「古典派」の大作曲家、フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)の「ピアノソナタ」を2曲、採り上げます。
ハイドンと言えば、「ドイツ国歌」の「作曲者」としても知られています。
こちらの詞が書かれたのは「1841年」のことで、現在は、「3番」が「公式なもの」として歌われています。
現在の「オーストリア」の出身であるハイドンは、当時の「皇帝」の誕生日(1797年2月12日)に演奏する曲として、作曲を依頼されました。
ロンドンに赴いた際耳にした、「God save the Queen(King) "神よ、女王(国王)を守り給え"」(イギリス国歌)を参考に作曲されたこの曲は、「神よ、皇帝フランツを守り給え」。
詞は違いますが、この曲は、「第一次世界大戦」後に国が「解体」されるまで、「旧オーストリア帝国」の「国歌」でもありました。
ハイドンは、この曲の旋律を、「弦楽四重奏曲第77番 "皇帝"」(1797)第2楽章(変奏曲)の「主題」としても使っています。
様々なジャンルに、数多くの作品を残しているハイドンですから、当然ながら、「ピアノソナタ」も数多く残っています。
後に「他の人の作品」と判明したものや、「真作」と確認が出来ていない曲を含めれば、全部で「65曲」存在していますが、1750年代から90年代に至るまで、ほぼ「生涯」にわたって、「ピアノソナタ」は作曲されていたようです。
その「名称」ですが、ハイドンは初め、これらの曲を、「ディヴェルティメント(喜遊曲)」や、「パルティータ(組曲)」と呼んでいたそうです。
また、「フォルテピアノ(ハンマークラヴィーア)」が普及し始めたのは「1760年代」になってからのことだと言われていますので、その頃はまだ「チェンバロ」用、1770年代に入っても、ほとんどが「チェンバロ」向けに書かれた作品であるようです。
1780年代に入ると「ピアノ」を想定した曲が増え、その後「はっきり」と、「ピアノ曲」と書かれるようになりました。これは、ハイドンがようやく「自分用」のピアノを持てたのが「1788年」のことであるからなのですが、その「ピアノ」で作曲された初めての曲が、「ピアノソナタ(フォルテピアノのためのソナタ)第49番 変ホ長調」(1789-90)です。
(参考)「第49番 変ホ長調」。
ここでは「第1楽章」のみですが、どうぞ。
今回採り上げた曲は、「短調」で書かれた作品2曲です。
「第34番 ホ短調」(1783-84。「1780」という説もあり)は、私が初めて「ハイドンのピアノソナタ」を耳にした曲であり、その「冒頭」のフレーズを聴いて、途端に「興味」をひかれたものでした。
この曲が「もと」となって、その後ハイドンの曲を聴くことにもなったのですから、ある意味、「記念碑的作品」と言っても良いかも知れません。
ハイドンにしては珍しい、「ほの暗さ」を感じる曲想で、「冬」の「メランコリック」な気分には「ピッタリ」の曲だと思います(私だけ?)。
「第1楽章」が「プレスト(急速に)」の指定ですから、上に挙げているアルフレート・ブレンデル(1931-)よりも「速く」演奏する人も多いようですが、一音一音が「はっきり」と、「美しく」聴こえるという点で、私はこの演奏を推したいと思います。
動画サイトでは、「楽章」ごとのアップとなっていましたので、このような掲載となりましたが、出来れば、3楽章とも続けて聴いていただけると幸いです(約15分)。
あわせて載せている「第20番 ハ短調」(1771)は、初めて「ソナタ」という言葉が使われた作品であり、「フォルテピアノ」を想定して書かれた曲とも言われています。また、いわゆる、ハイドンにおける「シュトゥルム・ウント・ドラング(疾風怒濤)期」に書かれた作品でもあります。
この「シュトゥルム・ウント・ドラング」という言葉は、当時のドイツで起こった「革新的な文学運動」のことを指しますが、ハイドンにおいては、その時期よりも少し「前」である、「1768年から73年」頃を指しています。
この時期のハイドンは、「短調の多用」、「対位法(フーガ)の使用」など、前後の時期とは異なる「実験的」な作風を持っていたことから、20世紀初頭の評論家、テオドール・ド・ヴィゼヴァ(1862-1917)によってそう呼ばれたものが「一般化」したものですが、実際の「シュトゥルム・ウント・ドラング」とは「関係ない」などといった批判もあるようです。
しかし、同じ時期に、モーツァルト(1756-91)も、「交響曲第25番ト短調 K.183」(1773)などを発表していますから、あながち「でたらめ」というわけでもなく、当時の音楽界の「流行」であったと言えるのかも知れません。
その「第1楽章」を「譜面付き」でどうぞ。
こちらは、そのモーツァルトや、先述の「ピアノソナタ第49番」を捧げた、女性の友人、マリア・アンナ・フォン・ゲンツィンガー(1754-93)の死を悼んで書かれた曲と言われています。
「アンダンテと変奏曲 へ短調」(1793)。
ちょっと「雑多」な記事となってしまい、申し訳ありません。
それではまた...。
![]() |
Piano Sonatas
2,467円
Amazon |
(daniel-b=フランス専門)
