こちらは、「NHK」の記録映像から。
こちらは、震災当時のニュース映像です。
こちらは、新聞社による記録映像の公開予告です。
「災害時医療」についても、問題を投げかけたのが、「阪神・淡路大震災」でした...。
やはり、この話題を避けていては先に進めませんね...。
1948年6月28日の「福井地震」(「震度7」相当)を機に「新設」された「震度7」が、「初めて」適用されたのが、この「阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)」(1995年1月17日)でした。
「3年前」である「2017年」は、この「1995年」と、「日付け」と「曜日」の配置が「まったく同じ」となっており、その時に書いた記事の「リブログ」として、この記事を書いています。
本当に、「どういっためぐり合わせ」だったのか、「震災直前」であった1月13日から14日にかけての深夜、私は、「九州」に向かう寝台特急の「車中」にいました。
その列車は、「三ノ宮駅」(神戸市中央区)に「00時19分」に停車しますので、「大阪駅」から乗ったばかりの私は、しばらく「外」を見ていたのです。
それが、「震災前」の、「無事な神戸」の姿を見た「最後」のことでした...。
「帰り」は、震災の「前日」、1月16日夜のこと。
この日も「前震」があったということですが、列車の運行には支障がなく、新幹線「のぞみ」で、21時30分前には、「新神戸駅」を通過しています(当時は、ほとんどの「のぞみ」が「通過」でした)。
この「帰り」の列車の中では、いきなり「奥歯」が痛みだし、それがずっと治まることなく続いていました。
その時は何も思いませんでしたが、その後、これは、一種の「予知」ではなかったかと、「本気」でそう思いました。
なぜなら、帰宅後しばらくしてから、「あの揺れ」に襲われたのですから...。
福井での震度は「4」でしたが、私にとっては、「これまでに体験したことのない」揺れだったのです。
朝のニュースも、「最大震度」であった「神戸」からの情報がすぐには入らず、「混乱」していることは「明らか」でした。
福井は「大雪」もあって、電車が動いておらず、必死に「自転車」を押して、当時の自宅から会社へと向かったものです...。
時が経つにつれ、その被害の「甚大さ」が明らかになって来ました。
「倒壊」した、ビルや、「新幹線」、「高速道路」の高架橋...。
何より「衝撃的」だったのが、「長田区」の「大火災」です(まるで、「空襲」のよう...)。
「東日本大震災」(2011年)における「津波」同様、「トラウマ」になりそうな「惨状」でした。
翌月の「後半」(20日以降)か、「3月」に入ってからでしたか。「被災の現状」を確かめるため、私は神戸に入りました。
当時は、東が「住吉駅」(神戸市東灘区)、西が「灘駅」(同灘区)まで開通し、大阪方面は、「芦屋駅」から(まで)は、「新快速」を利用することも「可能」だったと思います。
.....。
列車の中からでも、その、「今(当時)も残る惨状」というのが、本当に「明らか」でした(心が「折れ」ました...)。
「住吉駅」から「灘駅」まで、つまり、「三ノ宮」方面へ向かうには、「連絡バス」に乗る必要がありましたが、駅のすぐそばには停車出来ないため、「乗降場」まで、「がれき」が残る中を歩いた記憶があります。
その日は、神戸駅からさらに「姫路駅」にまで足を延ばしたと思いますが、「高架橋」に「新幹線」は走らず、「西明石駅」の「照明」も落ちていたことが印象に残っています(当時、山陽新幹線は、「暫定」で「姫路折り返し」でした)。
また、当時、「三ノ宮駅」から西の区間では、「新快速」がまだ走っていなかったため、電車は「新長田駅」にも停車しましたが、やはりその「惨状」を前に、「はっ」と、息を飲み込みました。そして、「停車」を告げる車掌さんの声も、「重く」、「沈んでいる」ことが明らかに分かりました...。
帰りに立ち寄った「元町」(神戸市中央区)のアーケード街も、いつもの「賑わい」がなく、「寂しい」ものでした。
当時、元町には行きつけの「輸入・中古盤」専門店があり、この日も「立ち寄った」と思いますが、近くの「マクドナルド」は、当時の報道の通り、「不自由」で、「通常」からは「ほど遠い」ながらも、「がんばって」営業していたことを思い出します(この年、「1995年」から、毎年12月に開催されている「神戸ルミナリエ」は、この、「明かりの落ちた神戸」に、再び「明かりを灯そう」という精神から始められたものです)。
この「阪神・淡路大震災」からもう「25年」...。
「記憶」を頼りに、ここまで書き出してみましたが、当時の「衝撃」は、とても「書き表せない」と思います。
「1月17日」は、いろいろな意味で「考えさせられる日」です...。
あらためて、「犠牲者」の方々のご冥福を祈り、「被災」された方々の健康と、「心の平安」をお祈りして、「結び」としたいと思います。
それではまた...。
(daniel-b=フランス専門)