私が初めて「英雄」を聴いたのが、この録音となります。

 

フランスのマエストロ、ピエール・モントゥー(1875-1964)による「歴史的名演奏」(1962年7月)です(CDには、「第2楽章」の「リハーサル風景」も収録されていました)。オケは、ロイヤル(アムステルダム)・コンセルトへボウ管弦楽団です。

 

ストラヴィンスキー(1882-1971)の「春の祭典」(1913)など、数々の「バレエ音楽の初演者」としても知られていますが、ここに聴くように、音符から率直に音を引き出し、極めて「デリケート」に、「ブレンド」する能力を持っていました。

 

モントゥーは、「次世代の育成」にも注力し、サー・ネヴィル・マリナー(1924-2015)や、アンドレ・プレヴィン(1929-2019)、デイヴィッド・ジンマン(1936-)といった「名指揮者」を世に送り出しました。

 

「ドイツ・オーストリア系」のマエストロでは、やはり、カール・ベーム(1894-1981)が「ウィーン・フィル」を振った名録音(1972年9月)。

 

「帝王」ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-89)が、「手兵」ベルリン・フィルを振った名演奏です(1982年4月30日)。

 

カラヤンは、特に「音」にこだわり、「流麗」な演奏を聴かせてくれました。

 

「N響桂冠名誉指揮者」として、日本でもなじみの深いヘルベルト・ブロムシュテット(1927-)が、2015年9月16日に、その「NHK交響楽団」を振った名演奏です。

 

冒頭で話してもいますが、「最新の研究」に基づくその演奏からは、「年齢」を感じさせない「若々しさ」を感じます。まず、その「感覚」が「若い」です。

 

同じく、「N響桂冠名誉指揮者」である、ヴォルフガング・サヴァリッシュ(1923-2013)の指揮でもどうぞ(1991年10月17日)。

さて、少し遅れましたが、2020年の「スタートダッシュ」に「ピッタリ」な曲として、こちらの作品について書いてみることにいたしましょう。

 

今年、「2020年」は、もちろん「オリンピック・イヤー」であり、「夏季大会」としては、何と「56年ぶり」となる、日本「東京」での開催となるわけですが、一方でこちら、「楽聖」ベートーヴェン(1770-1827)の、「生誕250周年」の「記念の年」でもあります(他には、バルバラの「生誕90周年」などあります。そして「私」も...)。

 

というわけで、今回は、ベートーヴェンの交響曲第3番変ホ長調 op.55「英雄」(1804)について書いてみたいと思いますが、この度、「テーマ」として、「ベートーヴェン」を「独立」させることにいたしました。

https://ameblo.jp/daniel-b/theme-10111588107.html(「これまでの記事」一覧)

 

今年は、すべての「交響曲」(予定。「第9番 "合唱付き"」についてはすでに書いているので、「名盤の紹介」のみとなると思います...)、「ピアノ協奏曲」、また、「ピアノソナタ」や、「ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.61」(1806)などなど、「可能な限り」書いてみたいと考えていますので、どうかよろしくお願いいたします。

 

 

今回の作品、「交響曲第3番」は「英雄」という名で知られている曲ですが、聴いてみても分かる通り、第1楽章の「開始」の部分からして、その「威風堂々」たる様子が、まさにタイトルに「相応しい」と感じられます。

 

 

このタイトル「英雄」、正式には、「シンフォニア・エロイカ(英雄的交響曲) ある偉人の思い出を記念するために」と題されたもので、ベートーヴェン自身の手によって、「イタリア語」で書かれています。

 

有名なエピソードですが、ベートーヴェンは当時、「人民の英雄(理想)」として、ナポレオン・ボナパルト(1769-1821)を尊敬しており、彼を「讃える」曲として、この曲は作曲されました。

 

ベートーヴェンがこの曲の作曲に着手したのは、1802年10月頃(=「ハイリゲンシュタットの遺書」が書かれた直後)で、主として、1803年に作曲が進められたと言います。

http://www.kurumeshiminorchestra.jp/beethoven_heiligenstaedt.html(参考:「ハイリゲンシュタットの遺書(要約)」日本語訳)

 

そもそものきっかけとして、当時のウィーン駐在のフランス公使、ベルナドット将軍(1763-1844, 後のスウェーデン国王「カール14世ヨハン」)の勧めがあったと言われていましたが、現在では、このエピソードを「疑問視」する向きもあります。

 

 

完成後間もなくの1804年5月、ベートーヴェンは、ナポレオンの「皇帝即位」を知らされることになります。

 

ちょうど、総譜の「写し」(?)を、ナポレオンに送ろうとしていた時のことでした...。

 

「奴もまた"俗物"に過ぎなかったか。これから、人々の人権を踏みにじって、自分の野心のためだけに奔走し、誰よりも自分が優れていると誇示する暴君になるのだろう!!」

 

ベートーヴェンは「激怒」し、「ボナパルトへ」との「献辞」が書かれた表紙を「破り捨てた」ということです。

 

このエピソードは、弟子であるフェルディナント・リース(1784-1838)の回想に基づくものですが、「ウィーン楽友協会」に現存する「浄書総譜」には、「破った跡はない」ということです。

 

しかし、ベートーヴェンが「送ろう」としていたものが「写し」だったのであれば、「本当の話」だったのかも知れません...。

 

 

ウィーンに今も残るその総譜の表紙には、先述のように、

 

「シンフォニア・エロイカ(英雄的交響曲) ある偉人の思い出を記念するために」

 

と記されていますが、「ボナパルトへ」の献辞をペンで「かき消した」上で、「書き加えられた」ものです。

 

ナポレオンへの献呈は「取りやめ」となり、最終的には、ロブコヴィッツ公(1772-1816)に献呈されることになりました。

 

 

1804年12月、そのロブコヴィッツ公の私邸で「試演」され、その後、1805年4月7日、アン・デア・ウィーン劇場にて、ベートーヴェン自身の指揮により、公開の「初演」が行なわれました。

 

 

この曲は、従来の「古典派」の交響曲のスタイルを打ち破り、2回和音が「強奏」された後、いきなり「第1主題」が始まる「第1楽章」となっています(つまり、「ゆったり」とした「序奏」がありません)。

 

とても「緊張感」のある始まりですが、それがやがて、「壮大」なまでに拡大され、まさに「威風堂々」といった感じがしてきます。

 

「展開部」の規模も非常に大きく、この部分だけでも、「ドラマ性」(「勝利」から「敗北」、または、「栄光」から「没落」)を感じさせるものとなっており、こうしたところからも、後の「ロマン派」につながる「革新性」が感じられると言うことが出来ます。

 

 

「第2楽章」は、「葬送行進曲」で、時には、実際に「葬送」の際、演奏されることもある曲です。

 

一説によると、ベートーヴェンは、この楽章が「英雄の死と葬送」をテーマにしているがために、ナポレオンへの献呈を取りやめたということが言われていますが、この説も、「定か」なものではありません。

 

いずれにせよ、もう「200年も昔」のことですから、「正確」なことは、もう、「分かりようがない」のかも知れません...。

 

 

「第3楽章」は、「先鋭」なリズムで始まる活発な「スケルツォ」であり、もはや「メヌエット」ではありません。

 

こうした書法だけ見ても、「新しい時代」を感じさせるものとなっています。

 

 

最終の「第4楽章」は、「自由な変奏曲」の形式を採っていますが、「展開部」に相当する部分もあることから、かなり「変化」に富んだ楽章であるとも言うことが出来ます。

 

この「変奏」の形式は、「パッサカリア」という(古い)手法を用いているとも言えますが、これは、年末に採り上げた、J.S.バッハ(1685-1750)の「シャコンヌ」と似た形式で、「特定」のリズムパターン(「オスティナート・バス」)の反復の上に「変奏」を付けるという技法です(研究者が、「パッサカリア」と「シャコンヌ」の違いを「解明」しようと試みたようですが、「ほぼ同じもの」という結論に終わったということです...)。

https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12562365344.html(参考:J.S.バッハ「シャコンヌ」の記事)

 

主題は、バレエ音楽「プロメテウスの創造物 op.43」(1800-1801)の「終曲」から採られています。

 

この曲ですね。

 

 

こちらは、「エロイカ変奏曲」として知られているピアノ曲ですが、元のタイトルは、「創作主題による15の変奏曲とフーガ変ホ長調 op.35」(1802)であり、作曲されたのは、こちらの方が「先」です。

 

ベートーヴェンは、この主題をとても気に入っていたようで、合計「4回」使っていますが、「英雄」交響曲最終楽章がその「最後」となりました。

 

アルフレート・ブレンデル(1931-)の名演奏でどうぞ。

 

 

ベートーヴェンは、「第9交響曲」に取りかかっていた1817年、「自作でどれが一番出来が良いと思われますか」との、詩人クリストフ・クフナー(1780-1846)の質問に対し、即座にこの「エロイカ(第3交響曲)」だと答えたということです。

 

「第5交響曲(運命)かと思いました」という言葉に対しても、「いいえ、いいえ、"エロイカ"です!!」と「断言」したということで、この作品が、当時、いかに「革新的」で、「自信作」であったかが「伝わって来る」というものです。

 

まさに「新年」に「ピッタリ」の1曲と言えますね。

 

今回、あえて「第3番」である「英雄」交響曲から始めてみましたが、「第1番ハ長調 op.21」(1799-1800)も、「新年」には「相応しい」曲だと言えますね。こちらもあわせてどうぞ。

 

演奏は、クラウディオ・アッバード(1933-2014)指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団(ECO)で、1996年の映像とのことです。

 

それではまた...。

 

Symphony 3 Symphony 3
 
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(daniel-b=フランス専門)