夕張支線「最終列車」となった、夕張駅発19時28分の、追分行き普通列車の「出発セレモニー」の模様です。

もちろん、「ニュース」にも採り上げられました。

廃線直前の「地元ニュース」です。

新夕張-夕張間(下り)の「車窓映像」(進行方向右側)です。

夕張-新夕張間(上り)の「車窓映像」(進行方向右側)です。

こちらは、「前面展望」映像(下り)となります。

さて、この4月1日、「平成」に代わる、5月からの新しい元号「令和」が政府より発表されましたが、その一方で、「北の大地」では、前日、「3月31日」をもって、JR北海道・石勝線の「夕張支線」(新夕張-夕張)が、「126年の歴史」に幕を下ろしました...。

 

「まとまった休み」が取れないこともあり、私自身は、「北海道」に行くことが出来なくなってから、もう「10年」にもなります。

 

もはや、「海外旅行」にも等しい、この「北の大地・北海道」(昨年から今年にかけては、「震災被害」もありました...)への旅ですが、「1991年10月」、初めてこの大地に足を踏み入れてから、「2006年」にかけての「15年」の間に、「JR北海道の営業路線」は、「ほぼすべて」乗りつくしました(その後「2回」ほど「札幌」へ出かけてはいますが、「旅」として、「回数」に含めるほどのものではありません...)。

 

もちろん、その間には、「函館本線・上砂川支線」(1994年5月16日廃止)、「深名線」(深川-幌加内-名寄間。1995年9月4日廃止)や、その後の「江差線」(現「道南いさりび鉄道」)の一部区間、「木古内-江差」間(2014年5月12日廃止)のように、結局、「乗ることが出来ないまま廃線」となった路線もありました(それ以前に「廃線」となったものは、この際含めませんが、「その数」はとても「多い」です...)。

 

「2016年12月5日」に「一部廃線」となった、留萌本線「留萌-増毛」間についてはすでに「乗車」していますので(「乗車記録」は現在「不明」ですが、「確か」です)、現在の「JR北海道の営業路線」での「未乗区間」ということで言えば、「北海道新幹線」(新青森-新函館北斗)のみということになります(「道南いさりび鉄道」も、「JR時代」には乗車していますが、「3セク」転換後は「未乗」です)。

 

ですから、「傷だらけのタイトル」ではありますが、「北海道新幹線」以外の「JR北海道線」は、一応は、「全線完乗している」と言えるのです...。

 

思えば、「昨年」のちょうど今頃には、JR西日本の「三江線」(三次-江津間)廃止の話題を採り上げていました。

 

その「三江線」は、広島県の三次市と、島根県の江津市を結ぶ、「全長108.1km」のローカル線であり、1987年に「JR」が発足してから、本州で、「100kmを超える鉄道路線」が「全線廃止」となるのは、「初めて」のことでした。

https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12362615295.html(「三江線」についての記事その1)

https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12364959240.html?frm=theme(「三江線」についての記事その2)

 

今回「廃線」となった石勝線・夕張支線にも、もちろん、乗りに行っています。

それは、「2005年8月31日」のことでした。

 

上掲の「三江線についての記事その2」(さよなら「三江線」...。)でも少し触れていますが、この時、「乗りに行った路線」というのは、実は「もう1つ」あります。

 

それは、「北海道ちほく鉄道ふるさと銀河線」(旧「池北線」、池田-北見間。全長140.0km)です。

 

JR北海道発足直後の1987年6月に、「経営移管」された「第3セクター鉄道」でしたが、やはり、沿線の「過疎化」などによる「乗客減少」には歯止めがかからず、こちらも、2006年4月、惜しまれながら「廃線」となったものです。

 

廃止も「間近」でしたし、「距離も長い」ため、当然のことながら、その時の旅行の「メイン」は、この「ふるさと銀河線」に「乗る」ということでした。

 

8月29日に、「女満別空港」から北海道入りした私は、「網走駅」、釧網本線「北浜駅」に立ち寄り、その日は、「北見」駅前のホテルに宿泊しました。

 

翌朝、「ふるさと銀河線」の「快速列車」にて、「太平洋側」の「池田駅」まで、一気に「南下」しましたが、そのため、「車窓」など、「細かいところ」はもう、あまりよくは憶えていません(一度、「動画サイト」で確認してみなくては...)。

 

この時に、私は「初めて」、池田町の「ワイン城」を訪れ、「十勝ワイン」の「名品」の数々に出合ったのです...。

https://www.google.co.jp/maps/@42.9196163,143.4522437,16.79z(池田町中心部、「ワイン城」周辺の地図)

http://www.tokachi-wine.com/(十勝ワイン「池田町ブドウ・ブドウ酒研究所」公式サイト)

 

その日は、池田駅14時37分発の特急「スーパーおおぞら8号」にて、いったん「札幌入り」しました(17時17分着)。

 

「根室線・石勝線」沿線でホテルを探す自信が「なかった」こともありますが、「北海道」へ来たからには、やはり、「札幌には立ち寄りたい」ということがひとつありました(そのため、「青函エリア(列車のみ)」を除いては、「新千歳」以外の空港から本州へ戻ったことは、いまだに、一度もありません)。

 

翌朝、札幌駅10時16分発の特急「とかち3号」にて、新夕張駅(11時33分着)まで折り返します。ここまででも、「距離(営業キロ)」としては、「87.0km」もあります。目指す「夕張駅」は、そこからさらに「16.1km」。ですから、札幌からの「移動距離」は、実に「103.1km」と、「100km」を越えてしまうのです!!

 

このような行程に「した」、と言うか、「せざるを得なかった」のは、やはり、この「夕張支線」の「本数の少なさ」にあります。

 

「廃線直前」こそ、「増便・増結」(プラス3往復で、計「8往復」)で対応されていましたが、通常は、ダイヤをよく「確認」し、「列車を選ぶ」ようにしないと、なかなか「乗ることが出来ない」路線です。そのため、当時は、「この方法」しかなく、私は、「少ないチャンス」に賭けるため、「逆走」する形にはなりましたが、あえて、「最終日」に予定を「盛り込んだ」のです(「折り返し」も「すぐ」でしたが、やむを得ませんでした)。

 

かつては、石勝線の「本線」に、「楓(かえで)」という駅もありました。

 

新夕張駅から、新得・帯広方面へ向けての「次の駅」でしたが、「特急列車」が通過する「本線上」ではなく、そのすぐ「脇」に、普通列車が発着する、「行き止まり」の駅として営業していました。

 

発着する列車は、「JR移行」当時の時刻表で1日「4往復」でしたが、最終的には、「日曜運休」の、1日「1往復」(2001年7月当時)にまで減ってしまい、事実上、「乗りに行くことは不可能」ということになってしまいました。初めて石勝線に乗車した際(1994年7月)、「うらめしい思い」で、この駅を「通過」したことを思い出しますが、なぜ、続く「占冠(しむかっぷ)駅」、「トマム駅」同様の扱いがされなかったのでしょうか。この区間(さらに次の「新得」まで)は、現在でも、「乗車券のみで特急列車の普通車自由席に乗車出来ます」と、時刻表に「明記」されているにもかかわらずです(つまり、普通列車が「ない」のです)。

 

「楓駅」は、確かに「利用者減」のため「廃止」となり、その後、「信号場」に「格下げ」となりました。私も、「普通列車専用の発着線」があることから、この「楓駅」で「降りてみたい」と思っていたのですが、「なぜ、楓駅だけ仲間はずれ?」とも思っていたのです(これには、「駅の歴史」も関係しているからだとは思いますが...)。

 

本当に、「時刻表」には掲載されているけれども、実際に「行こう」と思うと、かなり「厳しい」のが、JR北海道の「ローカル線」でした。

 

新夕張駅から夕張駅は、先述の通り、実際の「営業距離」で言うと、わずか「16.1km」(5駅)に過ぎません。

 

これは、JR北陸線福井駅からの距離で言うと、下り金沢方面が、「芦原温泉駅」(17.7km)の手前。上り敦賀方面が、「武生駅」(18.9km)の手前あたりです(越美北線では、「市波-小和清水間」。「美山駅」の手前です)。

 

所要時間は、下りが「約28分」、上りが「約25分」ですが、これは「勾配」の関係もあるでしょう。

 

各駅は、次の通りです。

 

新夕張(しんゆうばり) 0.0km

沼ノ沢(ぬまのさわ) 2.7km

南清水沢(みなみしみずさわ) 4.0km

清水沢(しみずさわ) 1.5km

鹿ノ谷(しかのたに) 6.6km

夕張(ゆうばり) 1.3km

 

(キロ表示は「駅間」)

 

この区間は、「幹線」である「石勝線」の「支線」ですから、扱い上は「幹線」ですが、事実上、「地方交通線」だと言えます。

 

終点の「夕張駅」は、「1985年」、「1990年」と、5年の間に、「2度」も、駅を「移転」しています。最終的な位置は、「ホテルマウントレースイ」の「目の前」となりますが、「初代駅」は、これよりさらに、「2.1km」も「奥」にありました(「2代目駅」は、「市役所」のすぐ近くです)。

https://www.google.co.jp/maps/@43.0508967,141.9665357,17.9z(「夕張駅」周辺の地図)

 

かつては、「石炭輸送」のためにぎわったというこの「夕張支線」...。

 

夕張市は、「メロン」の産地としても有名ですが、一方で、「映画の街」としても知られています。

http://yubarifanta.com/(「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」公式サイト)

 

1990年に初開催されたこの「映画祭」ですが、1995年には、フィリップ・リオレ監督(1955-)、ジャン・ロシュフォール(1930-2017)主演の映画、「パリ空港の人々(原題:Tombes du ciel)」(1993)が、「ヤング・ファンタスティック・グランプリ」部門で、見事「グランプリ」を獲得しています。

 

パリ空港(シャルル・ド・ゴール)「第1ターミナル」(私も、2010年の「2回目」の旅行で利用しました)を舞台としたその「人情ドラマ」が、心を「熱く」させる「名作」です。また、「旅情」もかき立てられます。

https://ameblo.jp/daniel-b/theme-10097133133.html(参考:2回の「パリ&ブリュッセル」旅行の記事一覧)

 

また、この作品を忘れてはいけませんね。1977年に公開された、この名作の「ラストシーン」は、まさしく「夕張」です。

そのため、今回の「廃線」に当たっても、その「シンボル」である「黄色いハンカチ」で見送る人の姿が多く見られました。

 

昨年の「三江線廃止」のニュースを見て思ったことですが、沿線には、まだそれなりに人口があるにもかかわらず、「利用することはない」と話している方が「多い」ことが少し気になりました。

 

「車社会」という、「時代の流れ」も確かにあるでしょう。

利用者が減るたび「減便」。

「不便さ」が増して来れば、利用者は、さらに減ります。

 

「鉄道」は、「専用の線路」、「信号設備」を使うため、どうしても、「経費」がかかってしまいます(「バス転換」はそのためです)。

 

「廃線を惜しむ」というのは、ある意味、「旅行者のエゴ」もあるのかも知れませんが、「地元から必要とされなくなった時」には、やはり、「廃線もやむを得ない」ということでしょう。

 

「東日本大震災」で被災したJR山田線(釜石-宮古間)は、3月24日から、「三陸鉄道の一部」として、「再出発」を果たすことが出来ましたが、こちらは、「運が良かった」ケースです。

 

「時代の流れ」とともに、またこのような「ニュース」を目にすることもあるかと思います。

今回の「夕張支線廃止」も、「寂しい」ニュースではありましたが、ただ「感傷」に浸るだけではなく、「今後がどうなるか」を見守ることの方が「重要」だとも感じました。

 

というわけで、今回は、「石勝線・夕張支線廃止」について、少し書いてみました。

 

それではまた...。

 

(daniel-b=フランス専門)