1959年に録音された、「イ・ムジチ合奏団」2回目の「四季」は、「不滅の名演奏」と呼ばれています。その録音から、「冬」(約9分)をどうぞ。ソロ・ヴァイオリンは、「1回目」(1955)と同じく、フェリックス・アーヨ(1933-)です。

上掲の録音の「四季」全曲(約44分)はこちらです。

さて、さすがに今回の「寒波」により、福井市でも、久しぶりに「雪らしい雪」が降っていたと思いますが...(それでも、「うっすら」とした「積雪」は、すぐに「消えて」しまいました。「昨年」とは「大違い」です)、それで「採り上げてみたい」と思ったのが「この曲」です。

 

今回採り上げる曲は、当然ながら、ご存知の方も多いことでしょう。しかし、「雪の日」、「寒い日」には、まさに「ピッタリ」だとも思います(昨年のような、「度を越した豪雪」の場合は別としても...)。

 

本来ならば、協奏曲集「四季」として、または、この4曲が含まれる「和声と創意への試み op.8(全12曲)」全体を採り上げるべきかと思いますが、それだと「小難しい話」になってしまうので、それはまた「別の機会」にするとして、取りあえず、「最初の印象」を「尊重」する形で書きたいと思います。ですので、今回は、久しぶりに「ミニブログ」としました。

 

イタリア・ヴェネツィア出身で、「バロック時代後期」の作曲家、アントニオ・ヴィヴァルディ(1678-1741)は、この「合奏協奏曲集 "四季" op.8」(1725) によって大変「おなじみ」だと思いますが、実は、この曲の「真価」が認められたのは、「20世紀」に入ってからのことです。

 

ヴィヴァルディは、生前には「大変な人気」を誇ったということですが、「18世紀末」以降は、まったく「忘れ去られた存在」でした。

 

「19世紀末」になって、J.S.バッハ(1685-1750)が「再評価」されたことをきっかけに、ヴィヴァルディにも「注目」が集まり、20世紀に入ってからようやく、楽譜の「整理」、「校訂」が行なわれたということです。

 

1951年から52年にかけて、ローマの「サンタ・チェチーリア国立アカデミア(音楽院)」の卒業生12名が集まって結成された「イ・ムジチ合奏団」(「イ・ムジチ」とは、イタリア語で「音楽家たち」という意味です)は、その「母校」で「デビュー・コンサート」(1952年3月)を開いたのですが、これが、当時帰国していた世界的大指揮者、アルトゥーロ・トスカニーニ(1867-1957)に「大絶賛」されたことは有名な話です。

 

1955年の「初録音」に続けて、1959年に録音された、この「2回目」の「四季」は、「不滅の名演奏」として、現在でも、その評価が「衰える」ことはありません。本当に、「情緒」を「大切」にした、「心に響く」演奏だと思います。ソリストのフェリックス・アーヨ(1933-)の名も、この「名録音」によって、人々の「記憶」に残り続けています。

 

ヴィヴァルディの「四季」は、「標題音楽」の「先駆的作品」ともとらえられています。それは、各曲に書き込まれた「ソネット(短文詩)」(その作者は「不明」ですが、ヴィヴァルディ自身という説が「有力」です)にもよるところが「大きい」です。例えば...。

 

「肌を刺すような冷たい風に、絶え間なく足踏みしながら走り、あまりの寒さに、歯の根も合わない」(第1楽章)

 

「炉辺で、静かに満ち足りた日々を送る」(第2楽章)

 

「転ばないように注意して歩くが、突然滑って転んでしまう。

北風と南風が入り混じり、競い合う。これが冬だ。」(第3楽章)

 

まさに「厳しい冬」を感じさせる「始まり」ではありますが、曲の「終わり」には、「春の予感」も感じられます。まさしく、「今の季節」に「ピッタリ」の曲です。

 

というわけで、今回は、ヴィヴァルディの協奏曲集「四季」から、「最も好き」な曲、「冬」について、少しだけ書いてみました。

 

それではまた...。

 

 

(daniel-b=フランス専門)