日本版「予告編」です。

http://dalida-movie.jp/(映画公式サイト)

http://fukuimetro.jp/(福井「メトロ劇場」公式サイト)

 

さて、こちらの映画のDVDが、この7日に、ついに、日本でも発売となりました。

 

本国フランスでは昨年公開され、日本では、今年5月に公開。そして「幸運」なことに、わが福井市の「メトロ劇場」でも、この「9月」に、たったの「1週間」ではありましたが上映され、私も見に行くことが「叶った」、本当に、「名作」と言える「伝記映画」です。

 

「元の記事」にも書いているように、フランスは、(特に「芸術分野」において)「優れた功績」を遺した「偉人」を、「決して忘れない」といった「お国柄」です。ですから、「没後○○周年記念」といった表記が、世界の中でも、特に「目立つ」のですが、この映画が「本国」で公開された「昨年」というのは、まさに、主人公である「ダリダ(本名:ヨランダ・ジリオッティ)」(1933-87)の、「没後30周年」ということでもありました。また、このブログではおなじみの「バルバラ(本名:モニック・セール)」(1930-97)も、「没後20周年」ということでやはり映画が作られ、日本でも、この11月に公開となっています。

http://barbara-movie.com/(映画「バルバラ~セーヌの黒いバラ~」公式サイト)

 

あらためて、「人生とは何か」を考えさせられる、大変「重い作品」ではありますが、「ショービジネスの光と影」といったことも含めて、彼女の生き様が、「手に取るように分かる」、「極めて素晴らしい作品」とも言えると思います。

 

今作は、ダリダの「実の弟」で、「プロデューサー」でもあった、ブルーノ・ジリオッティ氏が「監修」されたということでもあり、その「リアリティ」には「目を見張る」ものがあると言えますが、しかし、本当にまあ、「何という人生」なのでしょう。「波乱万丈」というひと言で片付けてしまうのは、あまりに本人が「かわいそう」だと思います。

 

「最初」のシーンから、とても「重い」場面となりますが、これが彼女の人生を「象徴」していると言っても過言ではありません。この「切り口」は、リサ・アズエロス監督(1965-)の「哲学」も感じられます。

 

そのシーンは、イタリアの歌手で、ダリダの「恋人」でもあった、ルイジ・テンコ(1938-67)との一場面です(この場面は、後でもう1度出て来ます)。彼は、ドイツの哲学者、マルティン・ハイデガー(1889-1976)の著作を引用し、

 

「人間は死に向かって生きる存在である。

人生はまるで綱渡りだ。

生と死の狭間でバランスをとってる。

落ちないように...」

 

と言いますが、「ハイデガーには反対よ」と、笑いながらダリダは返し、「人は愛に向かう存在よ」と話します。しかし、それは、そのルイジが自ら命を絶つ「1ヶ月前」のこと。さらに、その「1ヶ月後」には、ダリダ自らも、結局「未遂」に終わりますが、命を絶とうとしていたのです。

 

その後、関係者たちが「証言」する「回想」の形で「本編」が始まりますが、ここで登場するのが、ラジオ局「ヨーロッパ1」の芸術監督で、後に「夫」ともなった「リュシアン・モリス」(1929-70)です(彼も、実際、この「3年後」に、自ら命を絶ってしまいます...)。

 

映画は、実際に伝えられているエピソードからは、やはり、若干の「変更」は認められますが、大意は「同じ」です。ここでは、「映画本編」に沿って書いてみたいと思います。

 

1956年4月9日、オランピア劇場で開催されたコンクール、「明日のスターを探せ(Les Numeros 1 de demain)」がきっかけでダリダと出会ったリュシアンは、彼女を「スター」にしたいという「衝動」に駆られたと言います。

 

こちらが、当時の「実際の映像」です(コンクールで実際に歌われたのは「別の曲」だということですが、とにかく「美声」です)。

 

その場には、当然、オランピア劇場支配人のブリュノ・コカトリクス(1910-79)もいましたし、レコード会社「バークレー社」社長である、エディー・バークレー(1921-2005)もいました(2人は、ジャック・ブレルとも「深い関係」にあります)。エディーとリュシアンは「親友」だったこともあって、「契約」は、割り合い「スムーズ」だったようです。

 

「最初の大ヒット」はこの曲、「Bambino "バンビーノ"」(1956)です。原曲はイタリアの曲ですが、リュシアンが権利を買い取って、人気作詞家であった、ジャック・ラリュ(1906-61)がフランス語詞を書いたということです。ダリダは、この曲で「一大旋風」を巻き起こします。

 

しかし、こうした「栄光」とは裏腹に、ダリダは、「1人の女としての幸せ」も望んでいました。

仕事上の「良きパートナー」であったリュシアンでしたが、「結婚」し、「子どもも欲しい」ダリダに対し、「時期尚早」だと、あくまでも「つれない」態度です。

 

これには、当時のショービジネスの「問題点」が大きく関わっています。

 

現在でも、「改善」されているのかどうかは、「世界的」にも分からないところがありますが、とにかく、「スケジュールがびっしりだ」のひと言です。立て続けに「ヒット」を飛ばし、「休む間」もなく、ステージに立ち続ける...。ブレルも同じような状況でした。

 

「私を女として見たことは?

一人の女として...」

 

このシーンのダリダのセリフは、大変、「重み」を感じるものです。

 

結局、「待たされ過ぎた」ダリダは、その後、すっかり熱が「冷めきって」から、リュシアンの「プロポーズ」を受けることになりました。そしてこのことは、その後の人生を、「大きく狂わせる」ことにもなってしまったのです。

 

1961年2月の「オランピア劇場公演」では、当時の「ye-ye(イエ・イエ)」(アメリカナイズされた音楽)ブームに加え、ダリダ自身の「スキャンダル」のため、その影響を「危惧」する声が「ほとんど」でした。しかしながら、幸いにも、この公演は「大成功」でした。ダリダは、その「歌の力」で、観客たちを「説き伏せてしまった」のです。

 

ダリダと当時の「新恋人」、ジャン・ソビエスキ(1937-)です。

 

1967年1月、イタリアの「サンレモ音楽祭」に出品されたルイジ・テンコの曲、「ciao, amore, ciao "チャオ・アモーレ・チャオ"」です。まずルイジが歌い、続いてダリダが歌いました。惜しくも「入選」とはなりませんでしたが、「好評」でした。しかし、その直後、ルイジは、自ら命を絶ってしまいました。

 

その後、ダリダ自身も、自ら命を絶とうとしましたが、ホテルの従業員の「機転」もあり、一命を取り留めました。その後、山と積まれた「ファンレター」を目にしたダリダは、見事に立ち直りました。

 

続いての恋人、ルチオとの思い出が歌われたのが、この曲「il venait d'avoir 18 ans "18歳の彼"」(1974)でした。

 

1970年、元夫であったリュシアンまでもが自ら命を絶ってしまいました。映画では、このシーンで、セルジュ・ラマ(1943-)の名曲「je suis malade "灰色の途"」が歌われていますが、この曲は「1973年」の作品であり、実際には、その下に挙げている、レオ・フェレ(1916-93)の作品、「avec le temps "時の流れに"」(1971)が歌われたようです。

 

この曲は、フェレに直接「歌いたい」旨を申し出たということです。フェレは、「今のあなたなら歌える」と「快諾」しましたが、オランピア劇場支配人のブリュノは「難色」を示したということです。

https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12335171443.html?frm=theme(参考:「時の流れに」についての記事)

 

アラン・ドロン(1935-)との有名なデュエット曲「paroles paroles "あまい囁き"」(1973)です。アラン・ドロンは、ダリダがパリに来て間もなくの頃の「隣人」であり、ともに「苦労」していた時代からの「知り合い」だということです。この曲の前年に知り合った、「最後」の恋人、リシャール・シャンフレ(1940-83)は、また「とんでもない」男でした。

 

1976年の大ヒット曲「besame mucho "ベサメ・ムーチョ(私にたくさんキスをして)"」です。私自身、ここしばらく、「頭から離れない」1曲です。

 

この曲も「大ヒット曲」です。「聴き覚え」のある方も多いと思います。1979年の名作で、「laissez-moi danser(Monday, Tuesday) "踊らせて"」です。

 

今回の映画を締めくくる名曲が、この2曲です。上が、「pour ne pas vivre seul "独りは嫌だから"」(1972)、下が、「mourir sur scene "歌い続けて"」(1983)です。

 

こうして順を追って聴いて来ましたが、ダリダの歌う曲は、「単なる流行歌」では決してありません。それぞれに「人生哲学」を感じられるところが、その名を「不朽のもの」にしているのです。彼女もまた、エディット・ピアフ(1915-63)と比較されることがありますが、その、「心を揺さぶられるような歌」、人生の「その時々」を、「反映」する、または、「彩る」曲。どれをとっても、ダリダという「歌手」が、ヨランダという「1人の女性」が、「生きた証」に他ならないのです。

 

映画の日本版公式サイトに、音楽評論家の永瀧達治先生もコメントを残されていました。

 

「ダリダを知らない人は幸運だ。

この映画で心震わせられるのだから。

ダリダを知る人も幸運だ。

もっと知りたいすべてが、この映画にあるのだから」

 

このコメントが、「すべてを言い表している」と、私は思います。

 

まさに、「必見」の1本です。

 

それではまた...。

 

 

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(daniel-b=フランス専門)