(「伝説的なステージ」とも言える、1966年10月の、オランピア劇場での「さよなら公演(アデュー・オランピア)」での「絶唱」です。この映像は、2005年の「愛・地球博」の際に、「ベルギー館」の「映像展示」にも使用されました)

(こちらは、オランピア劇場での「さよなら公演」の直後、11月10日放送のテレビ番組、「Palmares des chansons」からの映像です。声に「疲れ」は見えますが、この映像も、「有名」なものです)

(こちらは、1964年10月のオランピア劇場公演からの音源で、これが「公式録音」となっています。レコードでは「第1曲目」となっていますが、実際には「3曲目」だったことが知られており、それは、この録音からも分かります。「初日」に歌った際、歌い終えた直後から「アンコール」の声が止まず、「あまりのこと」に、ブレルはそれに応えて「再度」歌ったということです。これは、「異例中の異例」でした)

https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12403054466.html?frm=theme(前回の記事)

https://ameblo.jp/daniel-b/theme-10096189787.html(これまでの記事)

 

今年は、シャンソン界の「3大巨匠」の1人、ジャック・ブレル(1929-78)の「没後40周年」(「10月9日」が「命日」)、来年は、「生誕90周年」(「4月8日」が誕生日)という「記念の年」に当たります。

 

これまでにも書いている通り、今回紹介する曲「Amsterdam "アムステルダム"」は、主に「ステージ」で活躍した、「中期」を「代表」する作品ということにとどまらず、「ブレルと言えば、まずこの曲」とすら言える、「最高傑作」の1つです。

 

すでに「大スター」となっていた「1964年」、スケジュール的にも「多忙」を極めていたブレルでしたが、一方で、この年に発表された作品は、その多くが、現在でも、「ベスト盤」に堂々とその名を連ねていることから、言わば、「豊作の年(傑作の森)」であったとも言うことが出来るのです。この曲は、その中でも「最大のヒット」となったもので、私は、前回紹介の「Mathilde "(いとしの)マティルド"」(1月9日録音)、4月に紹介した、「les bonbons "ボンボン"」(1月7日録音)と合わせて、特に、「豊作の年1964年」の「三本柱」と呼んでいます。

https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12368857396.html?frm=theme(「ボンボン/ボンボン67」の記事)

 

今回紹介する、この「Amsterdam "アムステルダム"」は、10月の「オランピア劇場公演」のために用意された新曲ですが、本人も、「予想すらしていなかったスーパーヒット」となったものです。

 

よく聴いてみると、この曲の「メロディ」は、「聞き覚え」のある方も「多い」はずだと思います。

 

そう、「この曲」ですね。

 

「Greensleeves "グリーンスリーヴス"」は、「16世紀頃」の古い「イングランド民謡」であり、一説には、「ヘンリー8世」(1491-1547)が、後の「王妃」のために作ったものとも言われているのですが、この説も、「確かなもの」というわけではなく、「作者不詳」というのが、現在の「認識」のようです(ですので、この曲の「使用」には、基本的に「著作権」が発生しません)。

 

この「Greensleeves "グリーンスリーヴス"」に「インスパイア」されて、「Amsterdam "アムステルダム"」を書き上げたブレルでしたが、その出来に「満足せず」、当初は、ライヴのプログラムに入れることすら「ためらっていた」ほどだということです。しかし、「周囲の勧め」もあってプログラムに入れることにしましたが、実際には、(その後の「レコード」とは違い、)「3曲目」でした(「実際のオープニング曲」は、「le dernier repas "最後の晩餐"」で、この曲も、この年の初め、「1月8日」に録音された「名作」です)。

 

「オランピア劇場公演」初日(10月15日)、2000人の観客の前で、ブレルは「初めて」この曲を歌いました。

 

観客は、それまで「唖然」として聴いていたということでしたが、曲が終わった途端、一斉に、「割れんばかり」の「拍手」と「大歓声」が湧き起こったと言います。その、あまりの「熱狂ぶり」に、ブレル自身も、最初は「何が起こったのか分からない」ほどでした。アコーディオンを弾いていたジャン・コルティ(1929-2015)も、次の曲「les vieux "老夫婦"」(1963)(「9月5日付け」にて紹介)の前奏を「弾き始めた」ところでしたが、あまりの「異様な雰囲気」に、「中断」せざるを得ませんでした。

 

繰り返される「ブラヴォー」と「アンコール」。「鳴り止まない拍手」の中で、ブレルはついに、「再び」、この「Amsterdam "アムステルダム"」を歌うことに決めたのでした。ブレルは「アンコールをしない歌手」と言われていましたが、この時ばかりは、観客の「熱狂的なアンコール」に応えてみせた形です。

 

「ジャック・ブレルは、2時間もの間、"魅了された" 2000人の観客を支配し続けた」(クリストフ・イザール氏。1964年10月16日付け「フランス・ソワール」紙)

 

「パリ中が待っていた大嵐」(ジャック・シャンセル氏。1964年10月19日付け「パリ・ジュール」紙)

 

これが、この公演の、当時の「新聞評」です。上掲3番目の「ライヴ録音」とともに、当時の様子をよく伝えているコメントだと思います。この、「オランピアライヴ1964」の録音は、「10月16日、17日両日のテイクから」と公表されています。

 

このような「大成功」のためか、ブレルはついに、この曲をスタジオで録音することはありませんでした。ですから、この1964年の「オランピアライヴ」が、「公式の録音」となって現在に至っています。かつてのレコードでは、この曲を「第1曲目」とするために、「わざと」音質を落として、曲開始前の「ブラヴォー」をかき消していたところがありました。ところが、2013年の大全集「Suivre l'etoile」からはそれもなくなり、他に、「オリジナル曲順」を「再現」したCDも現われました。また、「約1ヶ月」の公演ですから、「別テイク」も存在し、それが発売されたことも過去にはありましたが、現在では、その録音は、基本的に聴くことが出来ません。

 

この曲もまた、「英語圏」でも「大ヒット」しました。

 

前回の記事でも書いた通り、当時フランスに滞在していたアメリカの「作曲家兼歌手」、モート・シューマン(1936-91)が、ある日、ブレルのライヴ(詳しくは「不明」ですが、「オランピア劇場公演」かも知れません)を見て「電撃的ショック」を受けたといい、何とかブレルの曲をアメリカに「紹介したい」という思いから、友人のエリック・ブラウ(1921-2009)と協力して歌詞を「翻訳」し、あのブロードウェイ・ミュージカル「Jacques Brel is alive and well and living in Paris」(1968)を作り上げたのでした。

 

「いかにもブレル」といった、この曲や、前回紹介の「Mathilde "(いとしの)マティルド"」(1963-64)、そして、いよいよ「次回紹介予定」となった「(la chanson de )Jacky "ジャッキー"」(1965)は、彼自身が「持ち歌」として、レコードで、ステージで、そして「映画版」でも歌って(「熱演」して)います。

 

これがその「スタジオ録音」のレコードです。「1973年」という表記もありますが、この録音は、1968年3月20日に発売されたものです。

 

こちらは、1975年の「映画版」で、モート自身が歌ったシーンです。この映画には何とブレル自身も出演しており、「ne me quitte pas "行かないで"」(1958-59)を歌うシーンもあります(その音源は「レコード化」もされていますが、現在では本当に「貴重」な、「レア音源」となっています)。

 

この「英語版」は、いち早く、スコット・ウォーカー(1943-)も採り上げました(1967年)。

 

そして、何と言ってもこの人、デヴィッド・ボウイ(1947-2016)も採り上げたことで「有名」です(1973年)。ブレルは、特にこの曲などによって、「ロック世代」にも「多大な影響」を与えました。

 

「アムステルダム」は「オランダ」の「首都」ですから、当然、オランダの有名歌手によるカバーもあります。リースベト・リスト(1941-)もこれまでの記事で何回か紹介していますが、「オランダ」を「代表」してこの映像でどうぞ!!(オランダ語訳は、エルンスト・ヴァン・アルテナです)

https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12164344700.html?frm=theme(参考:イェルン・ウィレムスによる「ブレル・ライヴ」の記事)

 

「日本人歌手」では、ユトリロさん、ホブさんがともに推している、この「若手のホープ」の歌唱を載せておきましょう。

https://ameblo.jp/utrillo-714/entry-12297844372.html(ユトリロさんの記事)

https://ameblo.jp/hobucat/entry-12327325668.html(ホブさんの記事)

 

それでは以下に、「Amsterdam "アムステルダム"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。

 

発表されたのが「1964年」と、現在からはもう「半世紀以上前」の曲となります。そのため、現在では「古めかしい」と思われる表現や、「差別的な言葉」も少なからず見受けられると思います。私も、この記事を書くことをかなり「悩み」ましたが、その「歴史的価値」を考え、歌詞もあわせて掲載することにいたしました。もしご理解いただけるのならば、その「雑多な光景」を見据える、ブレルの「鋭い観察眼」、海の男たちの「生き様」を想像していただけると幸いです(私自身は、この曲を知って、今年でちょうど「35年」です)。

 

ブレルの発音は、やはり「ベルギー(ブリュッセル)なまり」も感じられますが、この「アムステルダム」という単語では、より「ゲルマン系」の発音に近付いています。そのため、「アムストル(タァ)ダム」のように聴こえますが、フランス人の「一般的」な発音は、やはり「アムステルダム」です。こういったことを「注意」して聴いてみるのも、また「面白い」かと思います。

 

曲は「第2節」から「コン・モート(動きを付けて、速く)」となって盛り上がっていきますが、「最終節」のその「激しさ」は、「聴く者を圧倒する」と言われたこともあります。その「迫力」は、やはり「ブレル本人」にしか「表出出来ないもの」でしょう(ブレルは、ジルベール・ベコーが「ムッシュ10万ボルト」と呼ばれるのに対して、「ムッシュ・クレッシェンド」と呼ばれることがあります)。

 

下記の訳詞についての「注釈」です。「第3節」の終わり、

 

「ils ramenent leur batave jusuqu'en pleine lumiere」は、1982年の永瀧達治先生の訳に倣って、「彼らはバタヴィア(オランダ)人の伝統を取り戻す。白昼の陽の光に当たるまで」としました。現在の翻訳では、「白昼堂々、バタヴィア人(の女)を連れて歩く」が「主流」のようですが、動詞「ramener」は、「本来の状態に引き戻す」、「ある状態に立ち戻らせる」という意味があり、「leur」(彼らの)が「batave」(バタヴィア人)にかかっていますので、最終的にこの訳を選択しました。また、「jusque」は「~(する)まで」、「en pleine lumiere」は「(陽の)光の中で」です。

 

次回は、先述のように、1965年の名作、「(la chanson de )Jacky "ジャッキー"」について書いてみたいと思います。

 

それではまた...。

 

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Amsterdam  アムステルダム

 

dans le port d'Amsterdam

y a des marins qui chantent

les reves qui les hantent

au large d'Amsterdam

dans le port d'Amsterdam

y a des marins qui dorment

comme des oriflammes

le long des berges mornes

dans le port d'Amsterdam

y a des marins qui meurent

pleins de biere et de drames

aux premieres lueurs

mais dans le port d'Amsterdam

y a des marins qui naissent

dans la chaleur epaisse

des langueurs oceanes

 

アムステルダムの港には

その沖合いで

彼らにとりつく夢を歌う

船乗りたちがいる

アムステルダムの港には

さびれた土手に沿って

のぼり旗のように眠る

船乗りたちがいる

アムステルダムの港には

たくさんのビールと惨劇のすえ

明け方近くに死にゆく(死んだようになった)

船乗りたちがいる

けれどアムステルダムの港には

重苦しい暑さの中

海のけだるさから生まれて来る(生き生きとする)

船乗りたちがいる

 

dans le port d'Amsterdam

y a des marins qui mangent

sur des nappes trop blanches

des poissons ruisselants

ils vous montrent des dents

a croquer la fortune

a decroisser la lune

a bouffer des haubans

et ca sent la morue

jusque dans le coeur des frites

que leurs grosses mains invitent

a revenir en plus

puis se levent en riant

dans un bruit de tempete

referment leur braguette

et sortent en rotant

 

アムステルダムの港には

真っ白なナプキンの上で

水のしたたる魚を食べる

船乗りたちがいる

彼らは歯をむき出しにして

富をむさぼり

月をも欠けさせ

マストの綱に食らいつく

そしてタラの匂いは

その大きな手でおかわりをする

フリット(フライドポテト)の中にまで

しみついている

そして笑いながら立ち上がると

ズボンの前を閉めながら

嵐の吹きすさぶ中

げっぷをしながら出て行く

 

dans le port d'Amsterdam

y a des marins qui dansent

en se frottant la panse

sur la panse des femmes

et ils tournent et ils dansent

comme des soleils craches

dans le son dechire

d'un accordeon rance

ils se tordent le cou

pour mieux s'entendre rire

jusqu'a ce que tout a coup

l'accodeon expire

alors le geste grave

alors le regard fier

ils ramenent leur batave

jusqu'en pleine lumiere

 

アムステルダムの港には

女たちの腹に

自分の腹をすり合わせて

踊っている船乗りたちがいる

彼らはまわり踊る

まるで太陽のように(「車花火」のように)

古びたアコーディオンの

ひどい音に合わせて

彼らは首をよじる

互いの笑い声がもっとよく聴こえるように

アコーディオンの音が

突然鳴り止んでしまうまで

それから重々しいしぐさで

誇らしげな目つきで

彼らはバタヴィア(オランダ)人の伝統を取り戻す

白昼の陽の光に当たるまで

 

dans le port d'Amsterdam

y a des marins qui boivent

et qui boivent et reboivent

et qui reboivent encore

ils boivent a la sante

des putains d'Amsterdam

de Hambourg ou d'ailleurs

enfin ils boivent aux dames

qui leur donnent leur joli corps

qui leur donnent leur vertu

pour une piece en or

et quand ils ont bien bu

se plantent le nez au ciel

se mouchent dans les etoiles

et ils pissent comme je pleure

sur les femmes infideles

dans le port d'Amsterdam

dans le port d'Amsterdam...

 

アムステルダムの港には

飲んだくれる船乗りたちがいる

飲んでは飲んで

また飲み続ける

彼らが飲むのは

アムステルダムの娼婦や

ハンブルクや他の街の娼婦の健康を祈るため

つまりは女たちのために飲むのだ

たった1枚の金貨のために

その美しい身体を捧げてくれる女たちのため

その貞操も捧げてくれる女たちのために

そして飲むだけ飲んだ後は

鼻を空に向けて

星空の中で鼻をかむ

そして彼らは僕が泣くように

不実な女たちに向けて小便をするのだ

アムステルダムの港では

アムステルダムの港では...

 

(最新の「大全集」です。2013年の「suivre l'etoile」の内容を引き継いでいます)

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(daniel-b=フランス専門)