(「公式」の映像は、「2種類」あります)
(こちらは、「オリジナル録音」です)
「8月24日」は、フランスシャンソン界の「3大巨匠」の1人、レオ・フェレ(1916-93)の「誕生日」です。
https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12390260056.html?frm=theme(前回の記事)
https://ameblo.jp/daniel-b/theme-10097986170.html(これまでの記事)
フランスの「革命記念日」でもある「7月14日」は、この「偉大な巨匠」の「命日」であり、今年は特に、「没後25周年」の「記念の年」に当たるということもあって、その「前回の記事」では、「反逆を歌う孤高の詩人」という観点から、「preface "序言"」(1972-73)という作品を採り上げてみました。
その作品は、フェレが1956年に刊行した、自身の詩集「Poetes, vos papiers! "詩人よ、身分証明書を!"」の、そのまま「序言(序文)」に、自身で曲を付けて歌われたものでした。
前回書いた通り、その「序文」は、本当は、当時「親交」のあった、「シュルレアリスムの教祖(法王)」、アンドレ・ブルトン(1896-1966)が書く予定だったのですが、詩集の「草稿」に目を通したアンドレから、「レオ、私は死の危険を見た。この本は出版してはいけない」と告げられたことから、自身で「序言(序文)」も書いて出版することにしたのでした。
この行為は「裏切り」であるとして、2人の「友情」は、「それまで」となってしまい、以降、「葬儀式場」など、「公の場」で顔を合わせても、言葉を交わすことはなかったと言います。
そんなレオ・フェレでしたが、アンドレが提唱した、「シュルレアリスム」の「手法」は、彼の中に根付いていました。
それが、「オートマティスム(自動記述法)」と呼ばれるものです。
これは、「あらかじめ何も予定することなく、"先入観"を捨て去って、文章を書きつける」(「完全な無心状態」で人間性を解放する)というもので、「シュルレアリスム」の「定義」にも当てはまるものです。アンドレ・ブルトンは、この手法を「重視」していたと言います(当然、「異論」を唱える人物も現われたということですが...)。
「美意識」や、「倫理」などが邪魔をせず、「意外な文章」が出来上がったとし、そこから、「自分たちの現実」をも「見直せる」、というのが、この「自動記述法(オートマティスム)」の「本質」だということです。
「多作」であったレオ・フェレは、しばしばこの手法を用いて詞を書いていました。しかし、この手法によると、「衝動的霊感」のままに書き綴られるため、フェレ自身も、「読み返して意味の取れないことが多かった」と話していたということです。
今回の曲、「l'espoir "希望"」(1974)は、まさに、そうした作品の1つではありますが、「全体」を通して見れば、決して「意味の分からない詞」ではないとも思います。
1970年、後に「3番目の妻」となった「スペイン人女性」、マリー=クリスティーヌとの間に、「生涯初」となる「息子」、マテューが誕生しました。そのことに「創作意欲」をかき立てられたというレオ・フェレは、この曲を作ることになったのですが、ここに書かれている「要素」は、それだけではありません。
当時、スペインは、「(フランシス・)フランコ総統」(1892-1975)による「圧政」に苦しんでいました。フェレは、フランコ総統による「独裁」を嫌い、彼が「権力の座」にある限り、スペインを訪れないと、誓っていたそうです。初期の代表作、「le flamenco de Paris "パリのフラメンコ"」(1949-52)は、まさしく、「抵抗の歌」です。参考までに、ここにも載せておきましょう。
フランコ総統の「死去」により、「36年」にもおよんだ「独裁政権」が幕を下ろしたのが、今回の曲、「l'espoir "希望"」が発表された「翌年」のことでした。この作品「l'espoir "希望"」には、文字通り、「生まれて来る子ども」に対する「希望」も感じられますし、「新しい時代」に対する「希望」も感じられます。
この曲「l'espoir "希望"」はまた、フェレの、「クラシカルな作風への転換」が見て取れる作品でもあります。フェレは、本来、「オペラ・オラトリオ作曲家」でもありました。当時、「80人編成」の「フル・オーケストラ」を率いて、1975年2月から11月まで、各地で公演しましたが、これを機に、詞・曲のみならず、「編曲・指揮」までも、すべて「自ら」行なうことになったそうです。その「巨大な才能」には、ただただ「圧倒」され、「驚く」ばかりです...。
その映像がアップされていました。こちらは、1975年11月、ベートーヴェン(1770-1827)の「コリオラン序曲 op.62」(1807)を「指揮」した映像です。
せっかくなので、「オートマティスム(自動記述法)」による「代表曲」を、2曲、挙げておきましょう。その「パワー(エネルギー)のスゴさ」だけでも感じ取れることだと思います。ともに、1970年発表の傑作アルバム、「amour anarchie "アムール・アナルシー(アナーキーな愛)"」からの作品です。
こちらの作品は、「sur la scene "舞台で"」です。
こちらは、「ecoute-moi "聞いておくれ"」。
以下に、「l'espoir "希望"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。
それではまた...。
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l'espoir 希望
dans le ventre des Espagnoles
il y a des armes toutes pretes, toutes pretes
et qui attendent
スペイン人の腹の中には
準備の整った、整った武器がある
そして、それは待っている
des oiseaux finlandais vetus de habanera
des Vikings aux couteaux tranchant la manzanilla
des flamenches de Suede brunes comme la cendre
des guitares desencordees et qui se pendent
des amants exiles dans les cloches qui sonnent
la Mort qui se promene au bras de Barcelone
des taureaux traverses qui traversent l'Histoire
des soleils fatigues qui les regardent boire
un Orient de misere a la jota engloutie
les parfums de l'Islam crevant d'Andalousie
des paves de flamenco aux gestes anarchiques
les rythmes du jazz-band pour les paralytiques
les tam-tams de l'Afrique a portee de guitare
de l'eau fraiche et de l'ombre a jurer pour y croire
une rue de Madrid avec des fleurs fanees
un fusil de trente-six qui revient s'y trainer
「ハバネラ」を身にまとった、フィンランドの鳥たち
マンザニーリャ酒を斬る刀を持ったヴァイキング
灰のように褐色な髪をした、スウェーデン人のフラメンコ・ダンサー
弦が切れて、「宙吊り」になったギター
鳴り響く鐘の中に追放された恋人たち
バルセロナに抱かれて散歩する「死神」
「歴史」を横切る、横切られた牡牛たち
それが水を飲んでいるのを見ている、憔悴しきった太陽
海に消えた「ホタ舞踊」を踊る、悲惨なオリエント
アンダルシアの、疲れたイスラムの香り
アナーキーなしぐさの、フラメンコの舗石
身体が麻痺した人たちへの、ジャズ・バンドのリズム
ギターの手の届く範囲にある、アフリカのタム・タム
冷水と、それを信じるために誓う、「影」
「しおれた花」で彩られた、マドリードの、とある通り
足を引きずりながら、そこへ戻って来る、36口径の小銃
dans le ventre des Espagnoles
il y a des armes toutes pretes, toutes pretes
et qui attendent
スペイン人の腹の中には
準備の整った、整った武器がある
そして、それは待っている
un accord de guitare au moment ou l'on passe
un passeur langoureux avant le coup de grace
la bouteille a la mer dans un drugstore indien
un habit de lumiere dans l'ombre du chagrin
la fureur pensionnee qui se croit dans la rue
des chansons caraibes qu'on a perdues de vue
des cigales fuyant le bruit des castagnettes
toutes les Ameriques au fond d'une cassette
executees a l'aube avec la stereo
le silence permis au-dela de Franco
des ailes de moulin plantees sur les maisons
Don Quichotte qui passe a la television
une chaine en couleur pour avaler tout ca
le sang avec la veine d'avoir la corrida
et cent mille danseurs sur la place publique
pour que Christophe Colomb decouvre la Musique
人々が通り過ぎて行く瞬間のギターのコード
とどめを刺される前の、恋にやつれた密輸人
インドのドラッグストアにある、海を漂うびん
悲しみの影の中にある、光の晴れ着
街なかにいると思っている、年金受給者の女性の激しい怒り
人々が見失ってしまったカリブの歌
逃げるセミ、カスタネットの音
明け方に、ステレオとともに処刑された
カセットの中にある、ありとあらゆるアメリカ
フランコの向こうの、容認された沈黙
家々に立てられた風車の羽根
テレビに出演する「ドン・キホーテ」
すべてを飲み込むための、カラーのチャンネル
闘牛を持つゆえに、血管にたぎる血潮
街の広場を埋めつくす、10万人のダンサーたち
クリストフ・コロンブスに、「音楽」を発見させるために
dans le ventre d'une Espagnole
il y a l'Espoir qui se gonfle et qui gonfle
et qui attend... et qui attend...
MANUEL DE FALLA
ひとりのスペイン人女性の腹の中には
ふくらみ、満ちる「希望」がある
そして、待っている...それは待っている
「マヌエル・デ・ファリャ」を...
(訳注:マヌエル・デ・ファリャ...「フランコ政権」を避けて、晩年に、アルゼンチンに亡命した、スペインの作曲家。1946年に死去。「火祭りの踊り」で有名なバレエ音楽、「恋は魔術師」は特に有名)
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