本日「8月12日」は、1985年の、「日航機墜落事故」の日です。
https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12189722656.html(一昨年の記事)
今年は、私自身も、久しぶりに「航空機」を利用する機会があり、決して、「過去の出来事」、「他人事」とは割り切れません。
世界でも「最悪」の犠牲者数(乗客乗員含め「520名」。生存者は「4名」)を出した、この、「日本航空123便墜落事故」。東京・羽田空港から、大阪・伊丹空港へ向かっていた「ジャンボ機(B-747SR-100)」が、「突然の機体破損」により「操縦不能」に陥り、羽田空港へ引き返そうとする高濱機長(当時49歳)らの「必死の操縦」もむなしく、「18時56分30秒」、「御巣鷹の尾根(高天原山)」(群馬・長野の県境)に墜落したものです。
この事故以降、航空の「安全対策」が大きく見直されることになり、今日まで、「日本の国内線」で、このような大きな「墜落事故」は発生していませんが、それでも、もう、「33年」が過ぎることになってしまいました。
「昨年の8月12日」にも、「同じルート」を飛行していた、「同ダイヤ」の「全日空便」が、似たような「トラブル」に見舞われるという出来事がありました。また、「2005年8月12日」にも、「日本航空」の「DC-10型機」(マクドネル・ダグラス社製)が、飛行中に「エンジントラブル」を起こしたという事例がありました。これらの場合、いずれも、「出発地空港」に引き返し、「事なき」を得ることが出来ましたが、このことから考えても、「1985年」の日航機事故は、絶対に「風化」させてはならないと感じたのです。
坂本九さん(1941-85)をはじめ、「著名人」も多く亡くなったことで「衝撃」を覚えたこの「墜落事故」ですが、亡くなった方々の「大半」は、ごく普通の、「一般の方々」でもあります。
先ごろ、やはり、この「群馬・長野県境」で、群馬県の「防災ヘリ」が墜落し、乗員9名全員の「死亡」が確認されたというニュースが入って来ましたが、本当に、「なぜこの時期に...」という思いもして来ました。
昨日「8月11日」は、「山の日」(2016年に新設)でしたが、元々は、「お盆休み」への「連続性」から、「12日」となる予定でした。しかし、「この日は"日航機事故の日"だ」という「反対意見」が出され、「11日」で「決着」したという経緯があります。
「8月」は、広島・長崎の「原爆の日」とともに、「この日」を忘れてはいけないと思います。昨年も書きましたが、「3日おき」に、「辛い日」が続けてやって来ます。
あらためて、この「日航123便事故」で亡くなった犠牲者の方々、加えて、群馬県の「防災ヘリ」の犠牲者の方々のご冥福をお祈りして、「結び」としたいと思います。
合掌...。
(daniel-b=フランス専門)