フランスの「映画音楽」、「ジャズ・ピアノ」の「重鎮」、ミシェル・ルグラン(1932-)が、何と、御年「86歳」で、来月、「来日公演」を行なうとのことで、熱心な「ルグラン・ファン」でもあるユトリロさんが、ここ数回にわたって、「ルグラン特集」を書かれています。
名画「シェルブールの雨傘」(1964年)、「ロシュフォールの恋人たち」(1967年)の「素敵」な映画音楽を作曲したことで、私もその名を知っているのですが、有名なそれらの作品とはまた別に、私は、彼の名前を目にしているのです。
今回は、私もコメントさせていただいた関係で、「リブログ」という形にさせていただきますが、私は、ルグランにはそこまで詳しくもありませんので、ユトリロさんの記事もぜひご覧ください。
https://ameblo.jp/utrillo-714/entry-12382714129.html(ユトリロさんの記事「ルグランと私~プロローグ」)
https://ameblo.jp/utrillo-714/entry-12383498231.html(コメントした記事。ルグランの「名演」が楽しめます!!)
私は、今年、「特集」としてお送りしている、テーマ、「ジャック・ブレル(1929-78)」の一環として、この記事を書くことにいたしましょう。
https://ameblo.jp/daniel-b/theme-10096189787.html(これまでの記事)
今回紹介する曲、「qu'avons-nous fait, bonnes gens? "どうしてしまったのだ"」(1953-55)は、「最初期」のブレルの2枚目のアルバム、「quand on n'a que l'amour "愛しかないとき"」(1957年4月発売)に収録された作品です。
このアルバムは、同年、「ACC(アカデミー・シャルル・クロ)ディスク大賞」を受賞した名盤で、これにより、「苦しい時代」も、ようやく「一区切り」といったところです。1958年3月には、日本でも発売されたということで(エピック/NLP3015)、「qu'avons-nous fait, bonnes gens?」の邦題は、「どうしてしまったのだ」と紹介されているところから、今回、この記事を書くに当たっては、これに倣いました。
公式のディスコグラフィによると、この作品の録音は、1955年3月11日、「ミシェル・ルグラン・トリオ」の伴奏で行なわれたということです。
パリに出てからの「最初期のブレル」の伴奏オケは、1954年、初めてのアルバムとなった「grand Jacques(Jacques Brel et ses chansons) "グラン・ジャック(ジャック・ブレルとそのシャンソン)"」(全9曲)ではアンドレ・グラッシ(1911-72)が、続くアルバム、「quand on n'a que l'amour "愛しかないとき"」では、アンドレ・ポップ(1924-2014)が担当することになりました。
アンドレ・ポップは、後に、ポール・モーリア(1925-2006)のレパートリーとしても有名となった、「l'amour est bleu "恋はみずいろ"」(1967)の作曲者でもあります。「インストゥルメンタル曲」としてのイメージが強いこの曲ですが、元々は「ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト1967」に出品され、ルクセンブルク代表として出場した、ヴィッキー・レアンドロス(1952-)(出身地は「ギリシャ」です)が歌って「4位入賞」を果たした、「シャンソン(フレンチポップ)」の名曲です(詞はピエール・クール)。
昨年3月、ユトリロさんも記事で採り上げています(私もコメントいたしました)。
https://ameblo.jp/utrillo-714/entry-12260565301.html
ブレルの2ndアルバム「quand on n'a que l'amour "愛しかないとき"」は、先に、2枚の「EP盤」(1956)として発売されたため(アルバム発売後にも、もう1枚出ています)、実際の録音期間は、1955年3月11日から、1957年3月22日までと、実に、「2年」もの長きにわたっています。それら大半の曲は、アンドレ・ポップのオーケストラによって録音されていますが、その中で、最も古い日付けを持つ、「qu'avons-nous fait, bonnes gens "どうしてしまったのだ"」は、当時、新進気鋭の若手アレンジャーだったミシェル・ルグランが、編曲・伴奏ともに担当しているのです。
「音楽一家」としても有名なルグランですが、1951年、わずか「19歳」で、父、レイモン・ルグラン(1908-74)の曲を「編曲」してみせたという「神童」ぶりで、その後、ジャクリーヌ・フランソワ(1922-2009)や、カトリーヌ・ソヴァージュ(1929-98)、また、「大御所」モーリス・シュヴァリエ(1888-1972)といったアーティストの「編曲・伴奏者」として、そのキャリアをスタートさせたのでした。
その時期には、フィリップス社の大物プロデューサー、ジャック・カネッティ(1909-97)とも出会っており、そのことが、「アメリカ進出」にもつながったようですが、当時、そのカネッティを通じて、ブレルを紹介されたとしても何ら不思議ではありません。
ブレルの最初のLPは、1954年の2月までに録音され、3月から5月頃には発売されていますが、その後、ちょうど1年ぐらい間が空いて録音されたのが、今回の曲を含む「3曲」で、これらの曲のみ、ルグランとの「共演」ということになります。その後の録音は、また半年ほど空いた「10月」のことで、こちらは、再びアンドレ・ポップとの録音ですから、「特別な機会だった」と言えなくもありません。
せっかくですので、この記事にも、ルグランと共演した、他の2曲を載せておきましょう。
「s'il te faut "それが君に必要なら"」は、「qu'avons-nous fait, bonnes gens? "どうしてしまったのだ"」と同日の録音ですが、こちらは、「オーケストラ」での伴奏となります。この曲は、「EP」として発売された関係で、後の「30cmLP」、また、「全集盤」では、「1stアルバム」の曲に編集し直されています。
「les pieds dans le ruisseau "小川の中の足(小川に足をつけて)"」は、「3月17日」の録音です。こちらも、ルグラン本人がピアノを弾いています。アルバムでは、「qu'avons-nous fait, bonnes gens? どうしてしまったのだ」の次、「3曲目」となっています。
この3曲は、実は、ブレルがパリに出る前、つまり、「1953年以前」に書かれたものです。カネッティに呼ばれてパリに出たのが1953年6月のことですが、その2ヶ月後、ベルギー、ハッセルト(オランダ語圏の都市で、「ファッションの街」だそうです)のラジオでの放送用に録音されたものが現在も残っています(これらは、「大全集」のみに収録されています)。伴奏は、ブレル自身のギターだけ。つまり「弾き語り」ですが、その後、正式に録音されることのなかった曲も多く含まれていますので、とても「貴重」と言える録音です。昨年、その中から、「2曲」のみですが、紹介しています(今回採り上げた曲については、動画サイトにて見つけることが出来ませんでした)。
https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12315677636.html?frm=theme
今回の曲、「qu'avons-nous fait, bonnes gens? "どうしてしまったのだ"」は、実に「若者」らしい、「素朴な疑問」を投げかけた曲であると言え、「ロックのスピリッツ」にも通じるものがあると思います。ルグランの軽快なピアノも冴えに冴え、ブレルのギターと、絶妙の「掛け合い」をしています。「ジャジー」な曲であり、ブレルの作品の中でもひと際「異彩」を放っているとも言えますが、「歴史的な名曲」として、見直されてもよいはずでしょう。
ブレルが、「終生の仲間(盟友)」となるフランソワ・ローベール(1933-2003)と出会ったのは、この翌年、1956年7月23日のことです。
以下に、歌詞を載せておくことにいたしましょう。
それではまた...。
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qu'avons-nous fait, bonnes gens どうしてしまったのだ
qu'avons-nous fait, bonnes gens, dites-moi
de la bonte du monde
on l'aurait cachee au fond d'un bois
que ca ne m'etonnerait guere
on l'aurait enfouie dix pieds sous terre
que ca ne m'etonnerait pas
et c'est dommage de ne plus voir
a chaque soir, chaque matin
sur les routes sur les trottoirs
une foule de petits Saints Martin
いったい、どうしてしまったと言うのだ
この世の中の「善意」とやらは
森の奥深くにでも隠したとでも言うのか
少しも驚くようなことではないが
地中深くに埋めたとでも言うのか
驚くようなことではないが
それでも、もう目にすることが出来ないのは残念だ
毎晩、毎朝
道路でも、歩道でも
多くの「小聖人(お人好しな)マルタン」というものを
qu'avons-nous fait, bonnes gens, dites-moi
de tout l'amour du monde
on l'aurait vendu pour je ne sais quoi
que ca ne m'etonnerait guere
on l'aurait vendu pour faire la guerre
que ca ne m'etonnerait pas
et c'est dommage de ne plus voir
les amoureux qui ont vingt ans
se conter mille et une histoires
ne brulent plus les feux de la Saint-Jean
いったい、どうしてしまったと言うのだ
この世の中の「愛情」とやらは
何やらわけの分からないもののために売りに出されたのか
少しも驚くようなことではないが
戦争をするために売られたとでも言うのか
驚くようなことではないが
それでも、もう目にすることが出来ないのは残念だ
多くのストーリーを物語る
20歳の恋人たちを
彼らはもう、「サン・ジャンの火」を燃やすことはない
mais nous retrouverons bonnes gens, croyez-moi
toutes ces joies profondes
on les retrouverait au fond de soi
que ca ne m'etonnerait guere
on les retrouverait sous la poussiere
que ca ne m'etonnerait pas
et c'est tant mieux on pourra voir
enfin d'autres que les fous
chanter l'amour, chanter l'espoir
et les chanter avec des mots a vous
qu'attendons-nous bonnes gens, dites-moi
pour retrouver ces choses
qu'attendons-nous bonnes gens, dites-le-moi
でも、俺たちは再び見つける。信じてくれ
奥の深い、すべての喜びを
人それぞれに、それを見付けられるはず
少しも驚くようなことではないが
埃の下からでも見付けられることも
驚くようなことではないが
それを目にすることが出来ると言うなら良いことだ
つまりは、「おかしな人」以外の人たちは
「愛」を歌い、「希望」を歌う
それは、「あなたたち」の言葉によって歌われる
俺たちは何を待っている(期待している)のか
それらを見つけるために
俺たちは何を待っている(期待している)のか、それを教えてくれ
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(daniel-b=フランス専門)


