「11月24日」は、偉大な女性歌手バルバラ(1930-97, 本名モニック・セール)の「命日」となります。それも、今年は、「没後20周年」の「記念の年」に当たります。ですので、今月は、可能な限り、このバルバラの名作を紹介していきたいと思っています。

 

テーマが「バルバラ」となっている記事の一覧を貼っておきます(実際には、他のテーマでも紹介している曲が何曲かあります)。

https://ameblo.jp/daniel-b/themeentrylist-10097047678.html

 

さて、この「特集」もいよいよあと「3回」となりました。

今回ご紹介する曲も、バルバラを代表する、「至高の名作」です。

「Nantes "ナントに雨が降る"」(1963-64)。この曲について書いてみたいと思います。

 

タイトルの「Nantes(ナント)」という言葉は、「地名」となります。

フランス西部、ブルターニュ地方でも、「中心」と成り得る、有数の大都市です。

市の中心からは外れたところにある「住宅街」ですが、詞の中に出て来る「グランジュ・オー・ルー通り」も、もちろん「実在」します。

 

ここで歌われているのは、彼女の「父親」の死です。

 

それは、「1959年12月21日」のこと。

彼女の父が、ナントのサン・ジャック病院に「入院した」という電話を、バルバラは受けました。10年もの間、何も告げずに姿をくらませていた父でしたが、その、「突然」の知らせに、バルバラは、急いで、「見知らぬ街」、ナントへ向かうことになったのです。

 

歌の通りに、結局、「間に合わなかった」ということでしたが(死因は、「脳腫瘍」だったということです)、その後合流した弟クロードと、父の周りにいた人たちとともに、ナントの共同墓地に、父を埋葬したということです。

 

その翌日から、バルバラは、気丈にも、毎晩「レクリューズ」に出演して歌いましたが、この時に、この曲「Nantes "ナントに雨が降る"」の最初のフレーズが出来たということです。

1990年9月、来日時のインタビューで、バルバラは、次のように答えていました。

 

「不器用なのか、曲を作るのに時間がかかるのです。"ナントに雨が降る"などは、3年がかりで作った曲です。基本のメロディや詞はすぐ出来たのですが、"何か"が足りない。その空間を埋める音、詞は何か。悶々として考えた。出産前の陣痛にも似た苦しみでした...」

 

「自分の身に起こったことしか歌わない」というバルバラ。この作品は、大変な「労作」だったようです。その最初期には、詞の一部分が「違う」バージョンも存在しました。

この他にも、大部分を「朗唱」とした、大変珍しい録音も存在しますが、動画サイトでは、見つけることが出来ませんでした。

 

アンジェリナ・ヴィームのライヴ映像も見つけました。こちらもどうぞ。

 

バルバラの死後3年経った2000年に、この「グランジュ・オー・ルー通り」の一角に、「ALLEE BARBARA(バルバラの小道)」が誕生しました。写真中央から、左手側に延びているものがそれです(拡大しますと、入口の右端にある「標識」の文字も確認することが出来ます)。

https://www.google.co.jp/maps/@47.2659064,-1.5232952,3a,67.1y,68.7h,92.02t/data=!3m6!1e1!3m4!1sswDDk7oAhHvKxLFdtS-6eA!2e0!7i13312!8i6656

 

今回載せた映像は、最初のものが、1987年の、シャトレ劇場公演からのものです。ライヴも、もう「終幕」というところであり、「最終曲」である、「Gottingen "パリとゲッティンゲン"」(1965)もあわせてアップされています(ただし、この映像では、途中が「カット」されています)。この曲を、次回、採り上げます。

2番目のものが、1990年、モガドール劇場公演からのものです。これに続く「日本公演」を、私は聴きに行って来ました。

3番目が、1978年のオランピア劇場公演のルポ映像からのものです。従来、この曲は、アナログ、CDともに収録されてはいませんでしたが、昨年発売された、「完全版CD」(2枚組)には、ついに収録されることとなりました。

4番目が、「1965年9月19日」、ボビノ劇場での録音です。バルバラは、この公演で初めて、同劇場の「真打ち」として、ステージに立つことになりました。

 

5番目が、オリジナルのスタジオ録音ですが、この録音が行なわれた時期(「1964年2月」)というのは、ちょうど、CBSから、フィリップスに「電撃移籍」した頃でもあります。

 

1992年発売の「旧全集」や、バルバラ自身の「未完の自伝」によれば、この曲は、1963年の11月には、「CBS」でも録音、発売されていることになっていますが、私が聴く限り、翌年の「フィリップス盤」と、まったく「同一」の録音です。近年では、これを「同一のもの」と認め、同じ年(1964年)に、「両社」から発売されたという見解に変わってきていますが、本当のところは「謎」のままとなっています。

 

先ごろ発売された、最新版の「大全集」では、1963年11月5日の、「キャピュシーヌ劇場」での公演の録音(「非公式」?)も収録されているということですが、この曲は、その「前日」(「数時間前」としている文献もあります)まで書き続けられ、この公演ですぐ、「初披露」となったようです。

 

それでは、歌詞を載せておくことにしましょう。

掲載している歌詞は、「オリジナル」のスタジオ録音盤をもとにしていますが、実際の歌唱での「若干のアレンジ」は、可能な限り、本文中に書き込んであります

 

というわけで次回ですが、ついに、この曲、「Gottingen "パリとゲッティンゲン"」(1965)を採り上げます。実際には、その後のカーテンコールに応え、「再アンコール」までもがありましたが、事実上、「終幕の曲」ということになります(今回載せた映像でも、最初のものに収録されています)。こちらも、どうぞ、お見逃しなく。

 

次々回が「最終回」となります。

それではまた...。

 

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il pleut sur Nantes

donne-moi la(ta) main

le(ce) ciel de Nantes

rend mon coeur chagrin

 

ナントの街に雨が降る

手を貸して

ナントの(この)空は、

私の心を悲しくする...

 

un matin comme celui-la

il y a juste un an deja(bien lontgtemps deja)

la ville avait ce teint blafard

lorsque je sortis de la gare

Nantes m'etait alors inconnue

je n'y etais jamais venue

il avait fallu ce message

pour que je fasse le voyage:

 

このような、ある朝のことだった

あれからもう、ちょうど1年(ずいぶん遠い昔の話だけれど)

街の表情は蒼白かった

私が駅を出た時には

ナントは見知らぬ街だった

一度も来たことがなかったから

あのメッセージがなかったら

私は旅をすることもなかった

 

"Madame soyez au rendez-vous

25, rue de la Grange-aux-Loups

faites vite, il y a peu d'espoir

il a demande a vous voir"

 

「マダム、どうかお越しください

グランジュ・オー・ルー通りの25番地へ

急いでください 望みはほとんどありません

彼があなたに会いたがっているのです」

 

a l'heure de sa derniere heure,

apres bien des annees d'errance,

il me revenait en plein coeur

son cri dechirait le silence

depuis qu'il s'en etait alle

longtemps je l'avais espere

ce vagabond ce disparu

voila qu'il m'etait revenu

 

長い長い放浪の末

いまはの際になって

彼は、胸いっぱいで私のもとへ戻って来た

その叫びが沈黙を破った

彼が去ってしまってからというもの

私は、どれだけ「会いたい」と願ってきたか

この「放浪者」に、この「行方不明者」に

そしてついに、彼は、私のもとへ戻って来た

 

25, rue de la Grange-aux-Loups

je m'en souviens du rendez-vous

et j'ai grave dans ma memoire

cette chambre au fond d'un couloir

 

グランジュ・オー・ルー通り25番地

あの場所を思い出す

廊下の奥のあの部屋を、

私は、脳裏にはっきりと焼き付けた

 

assis pres d'une cheminee

j'ai vu quatre hommes se lever

la lumiere etait froide et blanche

ils portaient l'habit du dimanche

je n'ai pas pose de question

a ces etranges compagnons,

j'ai rien dit mais a leur regard

j'ai compris qu'il etait trop tard

 

暖炉のそばに座っていた

4人の男が立ち上がるのを私は見た

明かりは冷たく、白く

彼らは「礼装」だった

この、見知らぬ人たちに

私は何も訊くことはなかった

でも、彼らのその眼差しから

私には分かった 「もう遅過ぎた」ということが

 

pourtant j'etais au rendez-vous

25, rue de la Grange-aux-Loups

mais il ne m'a jamais revue

il avait deja disparu

 

それでも私はそこにいた

グランジュ・オー・ルー通り25番地に

彼はもう、私の顔を見ることはなかった

彼はもう、世を去っていた

 

voila, tu la connais l'histoire

il etait revenue un soir

et ce fut son dernier voyage

et ce fut son dernier rivage

il voulait, avant de mourir

se rechauffer a mon sourire

mais il mourut a la nuit meme

sans un adieu, sans un je t'aime

 

そう、これが、私の身の上話

ある晩、彼が帰って来たという

それは、彼の「最後の旅」

それは、彼の「最後の岸辺」

彼は、亡くなる前に

私の微笑みで温まりたいと望んでいた

だけど、その夜のうちに亡くなってしまった

ひと言の別れも、愛の言葉も言うことなく

 

au chemin qui longe la mer

couche dans le jardin de pierres

je veux(crois) que, tranquille, il repose,

je l'ai couche dessous les roses,

mon pere, mon pere...

 

海沿いの道のそば

その「石の園」で

私は彼を、バラの花の下へ埋葬した

「どうか、安らかに眠ってほしい」と(今は、安らかに眠っていると思う)

「お父さん」、「お父さん」...

 

il pleut sur Nantes

et je me souviens

le(ce) ciel de Nantes

rend mon coeur chagrin...

 

ナントの街に雨が降る

私は思い出す

ナントの(この)空は、

私の心を悲しくする...

 

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(daniel-b=フランス専門)