シューベルト(1797-1828)のピアノ音楽を特集してお送りしています。

(これまでの記事の「リスト」のページも貼っておきます)

http://ameblo.jp/daniel-b/themeentrylist-10098857198.html

 

さて、1月27日付けの「ピアノソナタ第19番 ハ短調 D.958」(1828)からスタートしたこのシリーズも、ついに今回、「最終回」となります。

 

その「最終回」を飾る作品は、もちろん、最晩年の「至高の名作」、「ピアノソナタ第21番 変ロ長調 D.960」です。

このシリーズの「最初の2回」で、すでに「第19番 ハ短調 D.958」「第20番 イ長調 D.959」を採り上げていますが、それらと合わせて、特に、「後期3大ピアノソナタ」とも呼ばれています。

 

シューベルトの死の2ヶ月前、「1828年9月26日」の日付けを持つこの3曲ですが、実際の作曲は、「5月」には着手されたものと見られています。8月までに書かれたとされる「スケッチ」は、3曲とも、とても多く残っているということで、従来言われていたように、「一気に書き上げられた」というものではないようです。また、特に、「第20番」と「第21番」は、「同時進行」のため、最終的な「楽章配列」とは異なる順番で、作曲が進められていたという「研究成果」(エルンスト・ヒルマーによる)もあります。それによれば、

 

1.「第21番」の第3楽章/2.「第21番」の第4楽章/3.「第20番」の第3楽章/4.「第20番」の第4楽章および、「開始部分」/5.「第21番」の第2楽章/6.「第20番」の第4楽章の「続き」/7.「第20番」の第1楽章/8.「第21番」の第1楽章/9.「第20番」の第2楽章

 

だということです。「9月26日」という日付けは、単に、この最後のソナタ、「第21番」が完成した日を示すもので、他の2曲、特に、「第19番」は、(もう少し早い時期に)すでに「完成」していたのではないか、と、マルティーノ・ティリモ(「ウィーン原典版」編者)は述べています。


シューベルトは、これらの作品を、当時の有名なピアニスト、ヨハン・ネポムク・フンメル(1778-1837, 彼は、モーツァルトの弟子でもありました)に献呈する予定でしたが、ようやく出版(1838年)となった、その前の年に亡くなったため、出版社の意向で、シューマン(1810-56)に贈られることになりました。

 

最晩年のシューベルトは、前年3月に亡くなったベートーヴェン(1770-1827)の後を継ぐべく(死の1週間前には、彼を見舞ったと伝えられています。葬列にも加わりました)、その「魂のすべて」を作品に注ぎ込みました。友人のシュパウン(1788-1865, 6月14日付け参照)は、シューベルト自身が、親しい友人を呼び集めて、歌曲集「冬の旅 op.89, D.911」(1827)を披露した日のことを、次のように回想しています(前田昭雄著「カラー版 作曲家の生涯 シューベルト」より)。

 

「彼に近しく、親しかった我々には、これらの作品が、彼の心をどんなにか労し、どんな苦しみの中から生まれたものだったかを悟ることが出来た。あの朝、彼が、どんなに顔を、瞳を輝かせて、普段と違った調子で話したかを見た者なら、決してそれを忘れまい。私は思うのだが、シューベルトの素晴らしい歌曲、特に "冬の旅" の作曲に要した激しい心労が、その生命を縮めたのではないだろうか」

 

最後の3つのピアノソナタが完成した頃というのは、すでに「健康状態」が思わしくなく、医師の勧めで、兄フェルディナント(1794-1859)の家に、部屋を借りた頃でもありました。10月には、歌曲「岩の上の羊飼い D.965」と、歌曲集「白鳥の歌 D.957」の最後の歌、「鳩の便り D.965A」が書かれましたが、それらが、「生涯最後の作品」となりました。この月の終わりに、兄たちと、レストランで魚料理を食べた後、シューベルトは、「著しい体調不良」を訴えることになります。

 

11月12日、友人ショーバー(1796-1882, 6月14日付け参照)に宛てた手紙でも、そのことを書いていますが、それが、自身による、「最後の手紙」となってしまいました。

 

病床にあっても、「冬の旅」第2部の「校正」を行なっていたと伝えられていますが、14日には容体が悪化し、「高熱」と「うわごと」が続いた後、19日午後3時頃、「永遠の眠り」につきました。

死の前日、部屋の壁に手を当てて、「これが、僕の最期だ」と呟いたのが、「最後の言葉」だったと、兄フェルディナントが、父へ宛てた手紙に書かれていたそうです。

 

「死因」については「諸説」あり、16日の医師の診断では、「腸チフス」だったということですが、「どれが正しいか」については、いまだ「謎」のようです。

 

それでは、「この曲」について、見ていくことにしましょう...。

 

第1楽章の、「開始の主題」からして、すでに「天上の音楽」のような感じがします(「この世のもの」とは、とても思えない...)。仮に、このソナタの完成直後に、彼が「亡くならなかった」、としても、これに続くピアノソナタが「書かれた」、とは、どうしても思えません...。

 

これで思い出すのが、やはり、ダニエル・バラボワーヌ(1952-86)です。彼も、1986年9月に、もう1度、「パレ・デ・スポール」の舞台に立つつもりでいました。また、ロンドンに腰を落ち着けて、「英語」のアルバムも作る予定だったと言います。しかしながら、「最後」となってしまったアルバム、「sauver l'amour "愛を救う"」(1985年10月発売)を聴くと、これに続くアルバムのイメージが、本当に、どうしても、「湧いてこない」のです(今だからこそ、思うのかも知れませんが...)。

 

それこそが、「白鳥の歌」というものなのでしょう(「白鳥」は、死の間際に、ひときわ「美しい声」で鳴く、という言い伝えから、「遺作」から感じられる、「崇高さ」を言い表したものです)。

 

この、「変ロ長調ソナタ」の第1楽章の「曲想」は、歌曲集「白鳥の歌 D.957」の第12曲「海辺にて」(ハイネ詩)の曲想に、また、「即興曲第2番 D.935-2」(1827)にも近いものがありますが、これらは、「最晩年」のシューベルトに共通した「曲想」であるようにも思われます(2月11日付け参照。以下に、「海辺にて」を再掲しておきます)。

 

 

「形式的」には、次に挙げる、マウリツィオ・ポリーニ(1942-)の録音では、第1楽章の主題提示部が「反復」されていますが、「04分37秒」から、「冒頭」に戻るための、その、「9小節」が弾かれています。

 

ブレンデルによれば、「形式的なこだわりに関して、シューベルトは、ベートーヴェンよりもずっと"古風"であった。ベートーヴェンなら、間違いなく、そのまま展開部へ突入したであろう」、ということで、彼は、ここを弾いていません。「音楽的な自然さ」を考えると、「省略することは罪である」、という「意見」には「賛同しかねる」、とも述べています。

 

展開部は、シューベルトならではの「哀感」が感じられますが、「デリケートさ」と、「ダイナミックさ」の「対比」が素晴らしいです。また、その「後半部分」は、「対位法」(「フーガ」や「カノン」といった様式の総称)によって書かれていますが、シューベルト自身は、「対位法」が「苦手」だったらしく、死の2週間前である「11月4日」にも、高名な対位法の理論家、ジーモン・ゼヒター(1788-1867, 後の、ブルックナーの師でもあります)に教えを請うています。しかし、レッスンは、「病気」のため、「1度きり」となってしまいました。ゼヒターは、次のレッスンに訪れたシューベルトの友人から、「彼は重病である」、と知らされたのでした...。

 

この第1楽章では、「冒頭」をはじめ、要所要所で、低音部の「トリル」が活躍します。その用いられ方は、「大ハ長調交響曲 D.944」(1825-28)で、シューマン(1810-56)が絶賛した、第2楽章の「ホルンと弦の対話」をも思わせます(「ホルン」が、遠くから呼ぶ声のように聴こえる。この世のものではない声のようだ。すべての楽器は、ピタリと止んで、耳を澄ます。天の賓客が、忍び足で通っていく音を、傾聴しようとでもするかのように...)。

https://www.youtube.com/watch?v=bA6pzRx6gBE&t=2034s(「大ハ長調交響曲」です。当該の箇所は、「23分30秒頃」からです)

 

第2楽章の主題は、「神秘的」とも言えますが、ほとんど、「静止した時間」のような印象も受けます。このソナタで、もっともシューベルトの「心の声」が聴こえる楽章と言っても過言ではありません。中間部の美しい主題は、まるで、「白鳥が飛び立つ様子」にも思えます。「黄昏時」だとか、「朝焼け」の中だったりとか、とにかく、そうした中、「湖を飛び立っていく」ようなイメージです。初めて聴いたときから、そう感じていました(ちなみに、「スケッチ」には、別の「中間部」も書かれていた、ということです)。

 

第3楽章は、高音が主体の、「愛らしい」スケルツォです。指示(「コン・デリカテッツァ」)にもあるように、かなりの「繊細さ」が求められます。「タッチ」によっては、この楽章の「イメージ」も、ガラリと、変わってしまうことでしょう...。

この楽章でも、スケルツォの「主部」と、「トリオ(中間部)」の対比が見事です。この「トリオ」は、少し「地味」にも思えるかも知れませんが、私は、ここにも、「シューベルトの声」が聴こえるような気がしてなりません...。

 

「最終」の第4楽章...。「第3楽章」もそうですが、「後半2楽章が軽い」という意見も、過去にはありました。そして、とにかく、「フィナーレが長い」、と...。

 

「古典派絶対主義」、そして、「形式」で聴いているような、「古い時代の評論家」の、「決まり文句」のようなものです。「長い」、「構成力がない」...と。

 

私にしてみれば、ベートーヴェンの最後のソナタ「第32番」(1822)の、「第1楽章の第1主題」を聴くとき同様に、この、シューベルト最後のソナタの、「最終楽章」冒頭の、「オクターブ」の和音を聴くたびに、本当に、「身が引き締まるような想い」がするのです。

(参考:下の記事では、ベートーヴェンの「ピアノソナタ第32番 ハ短調 op.111」を採り上げています)

http://ameblo.jp/daniel-b/theme-10097367424.html

 

「フォルテピアノ(強く、直ちに弱く)」と指定された最初の和音は、「余韻」を残すように弾かれます(「即興曲第1番 D.899-1」の冒頭の和音も同様です)。続けて、第1主題が「弱音」で弾かれますが、この主題も、非常に「デリケートさ」を求められます。

 

形式としては、「ロンド・ソナタ」と言うべきですが、もう少し「自由」な感じもします。

 

「デリケート」な主要主題に対し、「中間部」の主題は、非常に「ダイナミック」で、これこそが、本当に、「最後のソナタ」といった印象を強く抱かせます。とても「重い」、「生の現実」です...。そして、その「対比」こそが、演奏する上で、「難しいところ」なのではないかという気もします。

 

全曲の「締めくくり」として、最後の部分は、「プレスト」のコーダとなります。この部分も大変「印象的」です。これを聴いてしまうと、「これ以上のもの」が、果たして存在し得たのかどうかは、どうも「疑問」です。やはり、ここが「最終地点」、という「結論」に至ってしまいます...。

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「最後の歌曲」となった、「岩の上の羊飼い Der Hirt Auf Dem Felsen D.965」(ミュラー/シェジ詩)は、クラリネットとピアノの伴奏で歌われますが(没後の「初版譜」にはチェロも追加)、その歌の「終わり」は...。

 

この世の希望は消えた

私はここでひとりぼっち

私の歌は憧れに満ちて

森に響き、夜に響いた

春が来ようとしている

大好きな春が

さあ、支度をしよう

また旅に出る用意を...(前田昭雄訳)

 

 

また、同じく、「最後の歌曲」となった、歌曲集「白鳥の歌 D.957」の終曲、「鳩の便り Die Taubenpost D.965A」(ザイドル詩)では...。

 

この(伝書)鳩の名は「憧れ」!!

ご存知ですか?

この、「誠実な心」を持った使者を...

 

シューベルトの遺体は、ヴェーリングの墓地に運ばれ、ベートーヴェンの墓の隣に埋葬されました。両者の遺体は、1888年に、「ウィーン中央墓地」に移されましたが、もとの墓地跡(1925年から「シューベルト公園」)にも、当時の「墓碑」は残されているということです。

 

1830年に、友人たちが建てた墓碑には、劇作家、フランツ・グリルパルツァー(1791-1872)による碑文が刻まれました。

 

音芸術は豊かな財宝を

はるかに美しい希望の数々を

ここに埋めた

 

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というわけで、以上をもちまして、「半年近く」も続きましたこのテーマの連載も、「終了」とさせていただきます。これもすべて、みなさんの「ご支援」のたまものであったと「痛感」しております。本当に、どうもありがとうございました。

 

久しぶりに、「集中」してこれらの曲を聴きこみ、いろんな「資料」も参照したことで、私自身も、「あらためて勉強になった」と思いました。これまでにない、「新しい発見」も、いくつかありました...。

 

これからも、「クラシック音楽関連」の記事は書いていきたいと思っています。「連載」となる場合は、またあらためてお知らせいたします。

 

とりあえず、「クラシック音楽関連」の「次回」は、シューマンの「ピアノ協奏曲 イ短調 op.54」(1845)を採り上げてみたいと思います。私自身とても好きな曲であり、今年、「アニヴァーサリー」を迎える、あの、「偉大な作品」で使われた曲でもあります。

どうか、ご期待ください。

 

それではまた!!

 

(daniel-b=フランス専門)

 

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