シューベルト(1797-1828)のピアノ音楽を特集してお送りしています。
「第7回目」となる今回は、「楽興の時 op.94, D.780」(全6曲, 1823-28)を採り上げてみたいと思いますが、最初に、映像についての説明をまずお読みください。
2番目の映像(1976年から77年にかけて収録)は「動画」ですが、特に私がお薦めしたい録音は、最初のもの(静止画)となります。こちらは、「円熟期」の1988年の録音(CD)で、私が最初に出合った、ブレンデルによるシューベルト演奏です。
CDにおいては、この「特集」において、最初(1月27日付け)に採り上げた、「ピアノソナタ 第19番 ハ短調」(1987年録音)との「カップリング」となっています。
曲順としては、「ソナタ」が先となりますので、これから書く「楽興の時 D.780」は、「31分」を過ぎてからの演奏開始となります。曲は、「全6曲」の小品集で、次の通りです。
第1番 ハ長調...31分06秒ごろから(演奏時間5分38秒)
第2番 変イ長調...36分46秒ごろから(演奏時間5分55秒)
第3番 へ短調...42分41秒ごろから(演奏時間1分54秒)
第4番 嬰ハ短調...44分35秒ごろから(演奏時間5分16秒)
第5番 へ短調...49分51秒ごろから(演奏時間1分59秒)
第6番 変イ長調...51分50秒ごろから(演奏時間6分39秒)
2番目の「動画」は、動画サイト側で、各曲の「頭出し」が可能となっています。
3番目の「動画」は、ブレンデルの弟子、ポール・ルイス(1972-)による演奏で、「第4番 嬰ハ短調」です。
作曲年代は「バラバラ」で、最も有名な「第3番(ロシアの歌)」が、1823年12月に出版。次いで、「第6番」が、「トルバドゥール(吟遊詩人)の嘆き」のタイトルで、翌1824年12月に出版されています。他の曲は、ほとんどが、「最後の2年ほどに書かれたのではないか」、と言われていますが、ミシェル・ダルベルト(1955-, 彼もまた、1989年から、95年にかけて、シューベルトの「ピアノ曲全集」を録音しています)によれば、「第4番」は、シューベルトが、J.S.バッハ(1685-1750)の「平均律クラヴィーア曲集」(1722, 1742年)に没頭していた1824年ごろ、「第1番」「第2番」「第5番」は、1824年から27年の間ではないか、とのことです。
私自身、この「楽興の時」全曲を「通し」で聴いたのは、このブレンデルの1988年盤が「初めて」となりますが、当時、同時期にリリースが進んでいた、旧フィリップス社の、「レジェンダリー・クラシックス」のシリーズで、スヴャトスラフ・リヒテル(1915-97)の演奏による「第1番」を聴いてもいました(そのこともあって、購入につながったのです)。
そのリヒテル盤は、1958年2月、まだ「幻のピアニスト」と呼ばれていた当時に、初めてソ連(現ロシア)国外での演奏となる、ブルガリア・ソフィアでのライヴを収録したものです。メインは、ムソルグスキー(1839-81)の、組曲「展覧会の絵」でしたが、シューベルトの作品も3曲収録されています。「楽興の時 第1番」の他、「4つの即興曲 op.90, D.899」(次回は、この作品を採り上げてみたいと思います)から、「第2番 変ホ長調」と「第4番 変イ長調」が演奏されています。
(余談ながら、このCDは、当時としては画期的な「ノーノイズCD」でした。アナログ音源の「ノイズ」を「デジタル処理」によって除去するという「最新技術」を使っていますが、現在では「一般的な技術」となり、21世紀に入ってからは、さらなる「進化」を遂げました)
冒頭の、「浮き沈み」するメロディや、「かっこうの鳴き声」(18小節目からなど)など、印象的なフレーズの連続する「第1番」は、有名な「第3番」とともに、最も「聴きやすい曲」であるかも知れません。一聴すると「やさしい曲」にも思えますが、「曲想」は、意外なくらい「変化」に富んでいて、表現には、かなりの「技術」と「繊細さ」を要求されるようです。
「第2番」は、前回(11日付け)にも書いたように、冒頭の「動機」が、「ピアノソナタ 第18番」の第1楽章の「開始部分」をも思わせます。
この作品は、「後期」の特徴が色濃く表れているとも思えますので、最も「遅い」時期に書かれた作品であるかも知れません(「断定」はできませんが...)。しかし、同じ「変イ長調」で書かれた、「即興曲 D.935」(2月11日付け参照)の「第2番」をも思わせることから、同じ年である、「1827年」の作である可能性は、充分に「ある」と考えます(その「即興曲 D.935」の記事では、「最晩年のシューベルトに共通した曲想である」と書きました)。
形式的には、シンプルな「ロンド」ですが、「挿入句」が、2度目に入る「後半」では、またしても、「悲劇的」なまでの「感情の高ぶり」を感じます。
「いったい、"楽しい音楽" などというものがあるのだろうか。私は、ひとつも知らない」
この、シューベルト自身の、「痛ましい」までの言葉を、そのまま表したような曲だと私は思います。後述の「第4番」とともに、この「楽興の時」の中で、最も「好きな曲」だと書いておきましょう...。
「第3番」は、この「楽興の時」において、最も「有名な曲」です。学校でも習うはずですし、普通、「楽興の時」と言えば、この曲を指します。
先述のように、この曲は、6曲中、最も早くに(1823年12月)、「ロシアの歌」というタイトルで出版されています。
1823年と言えば、「未完成交響曲 D.759」(1822年)の翌年であり、3年半ぶりのピアノソナタ、「第14番 イ短調 D.784」が書かれた年でもありました。いわゆる、「危機の時代」(「未完成作品」が多発した時代)を乗り越えたシューベルトは、歌曲集「美しき水車小屋の娘 D.795」をも完成(11月)。また、劇音楽「キプロスの女王ロザムンデ D.797」の年でもあります。
心地よく、軽快な、前打音付きのリズミカルな主題がとても親しみやすく、シューベルトを知らない人でも、どこかで耳にしたことがあるのではないでしょうか。そういう意味では、J.S.バッハのオルガン曲「小フーガ ト短調 BWV578」をも思い出します。
「第4番」に関しては、以下の記事でも書いていますので、リンクを入れておきましょう。
http://ameblo.jp/daniel-b/entry-12197598457.html
元は、「最初期」のヘタな記事に書いたものではありますが、この曲には、「特別な思い入れ」があることもまた、「否定」できません。
形式としては、やはり、「バッハ」を思わせるところがあるのですが、「感情の動き」そのものとしては、「ロマン派」のものであって、とても「メランコリック」な気分にさせられるのも確かなことです。
なお、この曲は、「携帯着メロ」のサイト「J研」に、とても素敵な「オルゴールバージョン」がありました(本当は「リンク」を張りたいのですが、「NG」だとよくありませんので、興味のある方は、検索してみてください。楽曲コードは「796611」、「ネコ丸」という方の作品です)。
「第5番」は、「アレグロ・ヴィヴァーチェ」の指定通り、リズミカルで、「活発」な感じのする、力強い曲ですが、この曲もまた、「中間部」において、「デリケートさ」を要求されており、演奏は、「容易ではない」と思われます。
2番目に挙げた動画(1976年から77年)においては、ブレンデルは、従来の楽譜通り、最後の小節まで弾き切ってから、「繰り返し」(22小節目から)を行なっていますが、最初の映像(1988年録音盤)では、「長調」に変わる終結部分を「コーダ」とみなし、その直前で「繰り返し」に入っています。これは、(自身も協力した、)友人、パウル・バドゥラ=スコダ(1927-)校訂による楽譜、「ウィーン原典版」(日本での発売は、音楽之友社から)の「注解」に従ったものです。
「第6番」も、先述のように、この「楽興の時」の中では、最も「早く」に出版された曲のひとつ(1824年12月)となっており、もとは、「トルバドゥール(吟遊詩人)の嘆き」という、独立した作品でした。
6曲中、最も「落ち着いた曲」という印象のあるこの曲には、確かに「安らぎ」のようなものを感じます。それこそ、歌曲集「美しき水車小屋の娘」(全20曲)の最終盤、19曲目「水車職人と小川」を、少し思い出します。恋に破れ、失意の若者が、「小川」にその思いを打ち明ける場面ですが、「吟遊詩人の嘆き」とも、「つながる」ような気がします。というわけで、最後に、フィッシャー=ディースカウ(1925-2012)の名唱を、あわせて載せておきます。
ボヘミア(現チェコ)出身の作曲家トマシェク(1774-1850)に始まり、1818年からウィーンに住んだ、その弟子、ヤン・ヴォジーシェク(1791-1825, 命日は、シューベルトと同じ「11月19日」!!)によって伝えられたとされる、ピアノの「キャラクター・ピース(性格的小品)」。シューベルトは、その伝統を、さらに発展させました。それが、この「楽興の時」であり、また、「即興曲集」でもあるのです。
さて、そういうわけで、このテーマの次回は、1827年に書かれた、もう1つの「即興曲集」、「4つの即興曲 op.90, D.899」(D.935は、2月11日付けで書いています)を採り上げてみたいと思います。こちらもどうぞ、ご期待ください!!
それではまた...。
(daniel-b=フランス専門)