若いころは、「平気」でムチャクチャなことをいろいろやりましたが、さすがに最近では、落ち着いて考えることも多くなりました。それなのに...、それなのに...。

 

「あの男(=私自身)は~っ!!!」(「君の名は。」ごっこの続きです。申し訳ありません...)

 

「夜勤明け」当日の土曜日。3日付けの記事にも書いたように、「バブル期」においても、「虎の子の1席(新幹線)」をゲット!! ということも、過去にはありましたが、こんな週末の、しかも「当日」に、首都圏で宿を探すというのは、とても「困難」なことです。それなのに、今回は、まず「ライヴ」ありきで、「宿」はその後でしたから、ちょっと「無謀」だったかも知れません。それでも、事前に何の確認もせずに出るよりははるかにマシでした。

 

過去に、そのホテル・チェーンをよく利用していた時は、このような場合でも、「直電」できくと、意外と「OK」も出たものですが、最近では、まず「ネット予約」ですから、そこでの「空室状況」で判断しています。

 

結果として、「ライヴ後に高崎」、ということはすでに書きました。「ダブルルームの1人利用」でも、東京でのシングルと「同じレベル」です。「妥協点」を見い出すとしたら、これしかありませんでした。

 

「reach」さんに会えなかった理由は、ホテルで借りたパソコンにて、翌朝、ご本人からのメッセージで知りました。その後、28日付けのreachさんの記事に、そのことが書かれています。

それにしても、このパソコン、使用するときに、かなり「前の段階」から自分で設定することが必要で、そのために、土曜日中に「ペタ/いいね!」を付けることは、まずもって「ムリ」でした。

「爆睡」の後、早朝にやり直したところ、やっとネットにつながったので、そこで、みなさんのところへおじゃました、ということです。

 

26日、土曜日に戻りましょう。

 

あの、「さいアリ」前での心境は、まさに「三葉」そのものでしたが、いつものように、20分前には場内に入り、開演に備えることにしました。私の席は、「Nゲート」からの入場で、「400レベル」とありました。ステージに向かって左側の、スタンド後方の座席で、これまでの中では、最も「遠い」席と言えますが、「棚ぼた」だけに、こればかりは致し方ありません。それでも、ステージの「真横」とは言えますから、ステージ上の「カナやん」はバッチリ見えます。スクリーンも何とか見えますから、「不満」はまったくありません(「4回目」の参戦で、カナやんとの距離は、逆に「縮まった」ようにも思います)。

 

翌日の「ファイナル」後に発表された新聞記事では、満員で「約18,000人」となっていましたが、そんなものですか~? もっといたようにも思いましたが...(「セミファイナル」も、当然、「満員」です)。いずれにせよ、私にとっては、その「規模」も含めて、「初めて」の会場です。

序盤では、カナやんが、ブログに寄せられたメッセージを読み上げる場面もありますが、会場に来られている、その「ご本人」を探すのも一苦労のようでした。

 

また、「地元埼玉」の方よりも、他県から来られたという方のほうが、「圧倒的」に多いようでした。「外国」から来られたという方も、数多く見受けられました。

 

曲目は、前回の「大阪2日目」(10月26日。新曲「Dear Bride」の発売日でもありました)と同じですが、「月替わり」の「カバー曲コーナー」、今回は「Santa Claus is coming to town」でした(8月から、計4曲聴いていますが、これで「全曲」ですかね。「スペシャル」な会場って、どこかなかったですか?)。

「けやきひろば」のイルミネーションといい、季節は、もうこんなところまで来ているのですね。早いなあ...。

 

それ以外は、「11月」も終わりだというのに、いまだに「夏」のまま...。この会場だけ、今日は「真夏」でした。

 

これで思い出す曲が、私にはあります。

実は、11月24日は、フランスの偉大なる女性歌手、バルバラ(1930-97, 本名モニック・セール)の「命日」でした。来秋には、没後20周年を迎えるわけで、記事を書く準備も始めていたところでしたが、今回のライヴに「飛び入り参加」したおかげで、書く機会を失ってしまいました。しかし、どのみち、その曲を使って、今回のライヴに関連付けるつもりでいましたから、今からでも遅くはないでしょう。ただ、残念なことに、その曲は、いくら探しても、動画サイトの中で見つけることができませんでした(そのために、「正式な記事」として書くことをためらった、というのはあります)。

 

その曲の名は「Pantin "パンタン"」と言います。

パンタンというのは、パリ北東の郊外にある地名ですが、現在、この地にある有名なホールが、あの「Zenith(ゼニット)」なのです(「ラルク」も、ここでライヴしましたよね。正確には、パンタンではなく、その隣の「ラ・ヴィレット」にあるのですが...)。

 

1981年10月28日から11月21日。「再開発前」、つまり、「ゼニット」が建つ前の話ですが、当時、「ジャン・リシャール・サーカス」の常設劇場であった大テント劇場、「イポドロ-ム・ド・パンタン」において、バルバラはライヴを行ないました。その最終日、11月21日の公演のために、急きょ作られた、「記念碑的作品」というのが、その「Pantin "パンタン"」なのです。

 

そのライヴは、現在、CD(2枚組)の他、DVDもあり、私としては、絶対DVDの方がおススメですが、ヨーロッパの映像規格「PAL」を再生できるプレイヤーが必要となります(専門店に行けば、比較的安価で入手することも可能です)。映像では、出来上がって間もないためか、この曲の歌詞を書いた紙を手にして歌う姿が収められています。

 

その歌詞を一部拾ってみますと...。

 

Pantin novembre, presque l'hiver

les arbres se deshabillaient

et(mais), de prairie en champ de ble,

vous avez bouscule le ciel,

vous avez repousse l'hiver

et reinvente les etes

 

11月のパンタンは、もうほとんど「冬」

木々も、すでに、その葉を落としてしまっている

けれど、この草原から麦畑まで

あなた方は空をひっくり返し

「冬」を追い払って

再び「夏」を作り上げた

 

Pantin folie, Pantin vaisseau,

au bout de nos coeurs etoiles

nous avons plante des soleils,

plus flamboyants que des etes

 

「熱狂」のパンタン、「巨大な船」のパンタン

きらめく私たちの心の端に

私たちは、「ひまわり」(または、「太陽」)を植えた

それは、「夏」よりも激しく燃え盛っている

 

Pantin c'est l'heure

Pantin bonsoir

on recommencera demain

Pantin soleil,

Pantin merveille,

Pantin, Pantin, Pantin, Pantin...

 

パンタン、時間よ...

パンタン、こんばんは...

明日から再び始まる(始めよう)

「太陽」のパンタン

「驚異」のパンタン

パンタン、パンタン、パンタン、パンタン...!!

 

どうでしょう。今回の「カナやん」のライヴに行かれた方は、この歌詞と同じことを思ったのではないでしょうか。

 

今回のツアーは、「4回」も行ったためか、どの曲もみな、「愛着」が、これまで以上にあるように感じられます。最近のお気に入りで言うと、「Holiday」とか「Life is Good」(ともに、最新アルバム「Just LOVE」より)が挙げられるでしょうか。前者は、とにかく、60~70年代風の曲調がカッコよく、後者は、とにかく「自然体」ながら、気持ちがどんどん「上がってくる」曲です。「さらに多くの人と出会いたい」という心境を歌った曲でもあります。

 

カナやん本人も言っていましたが、この日は、とにかく、時間が過ぎるのが、とても「速い」ように感じられました。

 

充実した時間を過ごせた土曜日でしたが、この後、駅では、「高崎線」が止まっていたこともあって、すぐ次の駅「大宮」まで行くにも、「大混雑」に巻き込まれて大変でした。

 

大宮からは、久々の「あさま(627号)」に乗って(と言っても、もう、いつも乗っている「E7系」に統一されていますが...)、高崎まで「ノンストップ」の24分。楽なものです。これが止まっていたら、「サイアク」この上なかったでしょう。

 

翌朝は、多少急いで、8時43分発の「はくたか553号」、長野で「かがやき521号」に乗り換えで、金沢10時47分着。この後は、「サンダーバード18号」にすぐの乗り換えで福井着11時42分。「3時間足らず」の行程でした(メッチャ速いです)。ちなみに、駅に着いてみると、次の列車は「満席」となっていました。これらの列車は、ホテルで借りたパソコンで予約して、券売機で発券したのですが、パソコンを使える状態にしておいて、本当に良かったと思いました(外出先での発券だったので、長野以北の利用では、「初めて」、券の「コピー」をとることが出来ませんでした。こういうときに限って、「乗り換え用」の「特殊」な券でした、とさ...)。

 

高崎駅では、おみやげの菓子と、お気に入りの駅弁「岩魚鮨」「川魚鮨」、そして、追加で、やっぱり欲しい、「峠の釜めし」を買いました(元は、「横川」「軽井沢」の駅弁です)。前者2つは「かがやき」車内で食べましたが、「日本海側」へ出たところの「糸魚川」を通過すると、あと、たったの「20分」で「富山」、金沢まででも「40分」です。確かに、「バカみたい」に速いですが、「のんびり旅情」からは遠ざかりましたね...。

「峠の釜めし」は、最初から「持ち帰り」の予定でしたが、これも、「北陸新幹線開業前」には、とても考えられなかったことです。

 

金沢駅では、大勢の乗客のため、エスカレーターが混雑して、乗り継ぎがギリギリでしたが(危ないところでした)、福井に着いてみると、確かに、乗車しようとする人はいましたが、それ以外に人はほとんど見当たらない、とても「寂しい」状況でした(新幹線開業の「あの日」をちょっと思い出しました...)。そして外は雨...。

 

これって、ちょっと、「なんだかなあ...」

 

(daniel-b=フランス専門)