「過去旅」について書いています。

第1回目のパリ&ブリュッセル(2008年)、今回は、その8回目です。「長かった」ような、「短かった」ような「パリ初日」(10月7日)も、いよいよ終わりに近づきました。

「ラ・モット・ピケ・グルネル」駅で、メトロ「6号線」から「10号線」に乗り換え、本日の出発点である、「シャルル・ミシェル」の駅まで、無事戻ってきました。

「油断」は禁物ですが、必要以上に恐れることはない、と、この「帰り」のメトロを降りて思いました。それ以上に、「パリらしさ」、ことに、その「温かさ」に触れることができたことは、とても「得難い」経験だったと思います(12日付け、「その7」参照)。そのこともあってか、私はすでに、「パリ・メトロ」の「ファン」にもなっていたようでした。

「シャルル・ミシェル」の駅付近は、一見複雑そうですが、私の向かう「ノヴォテル・ホテル」への「リノワ通り」は、その、モダンな「高層ビル」群も目印となるので、すぐに分かります。

2008年当時、いや、2010年の「2回目」の時もそうでしたが、この「リノワ通り」沿いは、大規模な「再開発」の真っ最中でした。つい最近の「ストリートビュー」(2016年5月)では、それが「完了」していたようだと、10月17日付けの「その4」でも書きましたが、この「グルネル界隈」は、本当に、「シック」で、「モダン」な感じの街づくりを目指していたことがよく分かります。

2013年に、この「再開発」は終了し、欧州で「最大級」のショッピングモールが誕生しました(「Beaugrenelle(ボーグルネル)」の名称は、再開発の前後で変わることはありませんでした)。
私が行っていた当時と現在とでは、その姿は「一変」したようです。

2008年に戻りましょう。

「シャルル・ミシェル」の駅から、ホテルへの道沿いには、スーパー「モノプリ」があります。フランスのスーパーと言えば、「モノプリ」と即答できるほど「有名」なチェーンで、パリ市内でも、あちらこちらで目にすることができますが、こちらのお店は、「ボーグルネル店」。営業時間は、9時から21時までとなっています。

日本と違い、フランスでは、法律上、「24時間営業」および、「日曜営業」は、原則としてできません。今回は、「平日のみ」の旅行でしたので、まったく「不便」は感じませんでしたが、「週末」をはさんだ「2回目」の時は、確かに、多少、感じることがありました。

当時は、モノプリでも、「エコバッグ」がやっと登場したころだったと思います。そのため、まだそれほど厳しくもなかったようですが、最近では、「レジ袋禁止=全廃」という話も聞くようになりました(2016年7月1日からだそうです)。

パリでも、中心街からは外れたところにあり、「住宅街」の店というイメージもありましたから、その品揃えも、調理の必要な、「素材」のものが中心でした。夕食にありつけないのも困るので(ホテルだと、かなり高いです)、何かすぐ食べられそうなもの、と思って探してみると...。

あった、ありました。
「サンドイッチ」!!

現在では、日本でもかなり大きめのサンドイッチを見かけますが、本当に、1つでもかなりのボリュームのあるサイズのものが、いくつも並んでいました。

「これはちょうどいい」と、とりあえず、「3つ」買うことにしました。
「legumes du soleil(太陽の野菜)」。つまり、「野菜サンド」ですが、これがまた、とても美味しいのです。

「フランスに来てまでコンビニグルメかよ!」と思われるかも知れませんが、1個2.14ユーロでした。これに飲み物(1.5リットルサイズだったと思います)を加えて、合計、「7.72ユーロ」!! 日本円にしても、税込み約1,200~300円程度ですから、とても「ボン・マルシェ(安い買い物)」です。10ユーロ札1枚でお釣りがきます(「スーパー」では、チップの必要はありません)。
朝は、ホテルの「バイキング」でたっぷり食べればいいわけですから、「夕食代」が、こんなに安く済むのはとても助かります。思えば、「国内」でも、最初のころは、「マクドナルド」を見つけては、「ビッグマック」「チーズバーガー」「てりやきバーガー」と、この「3点セット」(約1,000円)が、「定番」となっていました。

「10ユーロ」。これが、スーパーでの買い物の「目安」となりました。
レシートの時間を見ると、18時52分。これなら、「la roue de la foutune(運命のルーレット)」(TF1, 19時05分~)(10月10日付け、「その3」参照)も見れるでしょう。

ただ、ホテルの「カードキー」、これはやはり「クセモノ」でした。もう、「トラウマ」ものです。この時も、近くにいた方に助けていただいたと思います。

余談ながら、先月の26日(「西野カナ」さんライヴの日)の、「新大阪」のホテルも、同じタイプの「カードキー」でした。引き抜いたタイミングで「グリーン」が点灯すれば中に入れるのですが、最初からおかしく、「ライヴ後」に戻ってきたときには、まったく、何度やっても「グリーン」が点灯することがありませんでした。

「まさか、この旅行記を書いているから?」

なんてことも思いましたが、慌てる必要はありません。ここは「日本」です。
エレベーターホールにある「フロント直通電話」で連絡したところ、すぐに新しいカードキーを持って来てくれました。どうやら、「磁気」が弱っていたようです。これで、事なきを得ました。

これで何とか、パリでの「2日目」(「活動」で言えば、実質「1日目」)を終えることが出来ましたが、「その3」でも書いたように、「慣れない外国」での緊張は、そう簡単に抜けるものでもありませんでした。

一夜明け、10月8日水曜日となりました。当時の予報によれば、この日のパリは、「曇り」。最高気温19℃(昨日21℃)、最低気温は10℃ということです。まあ、「昨日」と同じような服装で大丈夫でしょう。

今日は、いよいよ「ルーヴル美術館」を訪れます。とにかく「広い」ので、憶えていないことも多いと思いますが、そこはご容赦ください。

その前に、「本日の行動予定」を、当時の資料から。

この日は、地上区間も走る「RER C線」を利用する予定でした。最寄り駅は、ミラボー橋(レオ・フェレの歌でも有名ですね)の近くにある「Javel(ジャヴェル)」駅です。メトロの駅だと、「10号線」、ブーローニュ・ポン・ド・サン・クルー方面(昨日の、「帰り」の方向です)で1駅、「Javel/Andre Citroen(ジャヴェル/アンドレ・シトロエン)」から乗り換えとなりますが、どのみち、「歩く」ことに変わりはないので、私は、セーヌ川に沿って、「ジャヴェル駅」まで歩いてみることにしました(およそ500mくらいでしょうか)。

「RER C線」では、4駅目の「Musee d'Orsay(ミュゼ・ドルセー)」駅で下車予定でした。この駅名からも分かるように、「オルセー美術館」の最寄り駅でもあります。この駅の先にある、「ロワイヤル橋」を渡れば、「ドノン翼側」から「ルーヴル美術館」に入ることが出来ます。ちなみに、今回は、「オルセー美術館」まではまわることが叶わず、こちらは、2010年の「2回目」の時に訪れることとなりました。

さて、その「RER C線」ですが、「ジャヴェル」駅に着いてみると、どうも様子がおかしく、電車の運行は「ストップ」しているようでした。「まさかまたスト?」と一瞬思いましたが、その掲示はなく、別の理由のようでした。いずれにせよ、「動いていない」ことに変わりはないので、私は、「メトロ」利用に切り替えることにし、10号線の駅、「ジャヴェル/アンドレ・シトロエン」駅へ向かいました。

乗り換えるとしたら、「Odeon(オデオン)」駅だったでしょうか。それとも、もう少し手前の駅の「どれか」だったか...。とにかく、急な予定変更だったので、ここは、はっきりとは憶えていません。それに、そんな感じだったので、私は、「予定の駅」を、どうも乗り過ごしてしまったようなのです。

途中で、もう訳が分からなくなってしまったので、とりあえず、終点の「Gare d'Austerlitz(オーステルリッツ駅)」まで行ってみることにしました。メトロのきっぷ「Ticket t(ティケ・テー)」は、「均一料金」のため、この駅まで「有効」です。

「オーステルリッツ」駅は、先ほどの「RER C線」の接続駅でもあります。また、バルバラ(1930-97)のシャンソンでも有名な「Gare de Lyon(リヨン駅)」も、橋を渡ってすぐのところにあり、コンサート・ホールとしても利用される、「ベルシー・アリーナ(アコーホテルズ・アリーナ)」(旧名「パレ・オムニスポール・ド・パリ・ベルシー」)も、このエリアにあります。

駅に着くと、「RER C線」は、「車両」、もしくは「信号設備」か何かの故障が原因で止まっているようでした。パリ名物の、「スト」ではなかったようですが、「運行再開」の見通しが立っていないようでしたので、私は、やむなく、「メトロ」で折り返すことにしました。と、なれば、10号線で、1つ前の駅「Jussieu(ジュシュー)」(この駅の辺りが、いわゆる「カルティエ・ラタン」と呼ばれるエリアです)へ戻り、「7号線」に乗り換えて、「Palais royal Musee du Louvre(パレ・ロワイヤル・ミュゼ・デュ・ルーヴル)」駅を目指します。この駅は、その名の通り、「ルーヴル美術館」への最寄り駅となります。

さて、ここまでが長くなってしまいましたので、続きは、また次回、ということにします。

今回採り上げたシャンソンは、今年、「没後30周年」を迎えた、ダニエル・バラボワーヌ(1952-86)の、1978年の作品「France "フランス"」(アルバム「le chanteur(歌手)」収録曲)です。

彼の命日、1月14日に、その「名前」を借りて立ち上げたこのブログも、気付けば、もうあと少しで、「丸1年」ということになります。そのため、思いがけなく「大作」となってしまった、今回の「旅行記」でも、必ずどこかで「入れたい」と思っていたところ、このタイミングとなりました。

「France "フランス"」というタイトルは、「女性の名」ともとれますが、「フランス」という「国」を「擬人化」したものともとれます。いわゆる、「ダブル・ミーニング」の曲ですが、「後者」の解釈の方が、「一般的」と言えると思います。

冒頭に、宿泊したホテルである、「ノヴォテル・パリ・トゥール・エッフェル」のインフォメーション映像を2種載せてみましたが、「4つ星ホテル」だけあって、さすがに「スゴイ」ですね。
「こんなところに泊まったんだ...」と、我ながら思います。
日本と違って、「4つ星」でもないと、各室における「バス/トイレ」の設備は、「保証されない」、と、旅行ガイドにも書いてあったので、ほぼ必然的にこのホテルを選んだのですが、今の私にしてみれば、とても「懐かしい」、「パリでの自宅」とも言える場所です(移動の必要もない、都心のホテルに泊まっていたら、こんなことは、「思うこともなかった」のかも知れません)。
「シャルル・ミシェル」駅は、その「最寄り駅」。「モノプリ」は、「近所のスーパー」といった感じで、すべてが「懐かしい」のですが、この界隈は、「再開発」によって、すべてが「変わってしまった」ようでもあります(シャルル・トレネのシャンソン、「coin de rue "街角"」も、少し思い出します)。

ホテルの、「2番目」に挙げた映像に使われている曲は、エイミー・ワインハウス(1983-2011)の、「Make me feel so good」ですが、この声、ちょっとZAZ(1980-)のようにも聴こえますよね。

それではみなさん、また次回に...。

(daniel-b=フランス専門)