「過去旅」について書いています。

第1回目のパリ&ブリュッセル(2008年)、今回は、その7回目です。いまだ「初日」(10月7日、火曜日)ではありますが、「シャンゼリゼ大通り」を後にして、いよいよ、「ホテル」に戻ることになります。

「Fnac(フナック)」を出た時には、外はもう薄暗くなっていました。「フナック」でのレシートを見ると、「17時23分」となっていて、その後の「免税手続き」で、ある程度の時間は使ったはずですから、間違いなく「18時」は過ぎていたはずです。

「10月」ですから、日本では、もう、かなり暗いかも知れませんが、「パリ」のような西欧の都市では(「西半球」という言い方も、時々しますよね)、まだ、それなりの明るさを保っていました。
(2010年6月の、「2度目」の旅行の時は、20時を過ぎても、まだ明るかったような気がします。その代わり、朝はかなり暗く、今回の旅行では、8時過ぎでも、真っ暗だったこともありました)

さて、「ラッシュ時」です。当時の「行動予定表」を見ると、ホテルへの帰着予定は、「17時30分~18時ごろ」となっていましたから、もう、確実に、「時間オーバー」です。

予定を立てた時点では、購入したCDは「持ち帰り」の予定でした。その上で、現地の「クロネコヤマト」さんを利用することも考えていました。しかし、日本への「送料」は「高め」だったと思いますし、例の「CD-BOX」は、思っていたよりも、「バカでかい」代物でした。
「シャンゼリゼ大通り」と言えど、「ひったくり」を警戒していた私は、そのまま、近くの「タクシー乗り場」(「フランクラン」駅、または、「ジョルジュ・サンク」駅付近)からタクシーに乗るつもりでいました。

あの「CD-BOX」を、店外に持ち出す気にはなれなかったので、それは送ってもらうとしても、やはり、夕方のラッシュ時に、「メトロ」を利用するのは、ちょっと勇気がいるな、と思っていました。日本ならまだしも、ここは「外国」です。今日、「初めて」利用したところですし、いろいろ「予習」してきたせいで、不慣れな中、「トラブル」に巻き込まれないか、と、とても「不安」だったのです。

私は、とりあえず、「凱旋門」方面へ向かって歩き、隣のメトロの駅、「ジョルジュ・サンク」付近のタクシー乗り場を目指しました。近くには、有名なカフェ「Fouquet's(フーケッツ)」もありますし、「トーゲの姉さん」お薦めのハンバーガー・レストラン「Quick(クイック)」もあります。結局、「自信がない」ので、入ることはありませんでしたが...。

「タクシー乗り場」で、「空車」のタクシーを見つけたので、早速お願いしようと、私は、ドアに手をかけました(こちらのタクシーのドアは「手動」で、自分で開けなくてはなりません)。すると、運転手は、「non, non!」とばかりに、車を降りてしまいました。つまりは、「乗車拒否」です。

「え~っ!!」

しかし、考えてみれば、無理もないことです。車道を見てみれば、信じられないくらいの車が走っています。「大渋滞」です。こんな中、運転手さんも、車は出したくないでしょう。今のうちに「一休み」したかったのだと思います。

2度目の旅行(2010年)の時は、往路のシャルル・ド・ゴール空港到着が、夕方のラッシュ時にかかる、成田発の「全日空便」でしたので、その、「凄まじい」ばかりの、「大渋滞の洗礼」を受けることになってしまいました。「片側4車線」もある高速道路「A1」でも、すべての車線が、車で埋まり、車線を変更しようにも、なかなかうまくいかず、ほとんど前へ進めません。
「首都高(Peripherique)」に入っても状況は変わらず、一般道へ降りることもままならずに、多少の「遠回り」となってしまいました(この時は、「ごまかされた」のではなく、本当に「降りられなかった」のです)。

時間も、「倍以上」はかかったと思います。

なぜ、これほど車が多いのか。

理由は簡単です。

「公共交通機関がアテにならないから」、なのです。

パリの「メトロ」や「RER」は、「スト(greve)」のために、しょっちゅう「止まり」ます。私の2回の旅行では、運良く、「スト」には遭いませんでしたが、かなりの長期にわたって止まることもあるようです。これではみなさん、「自家用車」を使って「当たり前」でしょう。
「電車」は、走っていれば「便利」ですが、止まってしまえば、そこはもう、「都会」とは言えど、「へき地」も同然なのです。

これで、何が「パリ協定」なのですか。その前に、「フランスの公共交通機関は、ストをやめろ!」と言いたいです。あの「大渋滞」が「トラウマ」のようになり、普通に、「日中の便」でのパリ入りが出来なくなるではないですか。これは、「本当の話」なのです。

タクシーへの乗車を「拒否」された以上、ホテルへ確実に帰るすべは、「メトロ」しかありません。「ラッシュ時」ではありますが、私は、その「ジョルジュ・サンク」駅への階段を下りることにしました。

メトロ「1号線」で1駅、「凱旋門」直下の「シャルル・ド・ゴール・エトワール」駅まで戻ってきました。「ラッシュ時」には違いありませんが、乗れないほどではなかったので、少し「安心」しました(もっと遠くまで行く、「RER」や、「国鉄線」は分かりませんが...)。とは言っても、「気を抜く」ことはできません。

「シャルル・ド・ゴール・エトワール」駅から先は、来た時と同じように、メトロ「6号線」。「ラ・モット・ピケ・グルネル」駅で「10号線」に乗り換えて、ホテルの最寄り駅、「シャルル・ミシェル」へと向かいます。

「6号線」もやはり、それなりに混んでいました。こうして見ると、日本の夕方の光景と、何ら変わることがありません。そのことに「がっかり」というわけではなく、日本から「10,000キロ」も離れた、いわば、「地球の裏側」でも、やはり、「変わらぬ光景」...。「家路」に急ぐ人々、通路に設置された「フリーペーパー」のスタンド、などなど...。

パリは、「セレブの街」という印象をお持ちの方も多いと思いますが、決して、そういう面ばかりではありません。古くから、「シャンソン」にも歌われているその姿は、「庶民の街」という言い方こそふさわしいと、私は思います。

車内が混んでいたので、私は、日本での場合と同様に、すぐに降りられるよう、ドア付近で立っていました。

1駅か、2駅進んだころでした。目の前の、「補助席("strapontin"と言うそうです)」に座っていた男性(「会社帰り」の人でした)が、立ち上がって、私に声をかけてくれたのです。

私は、脊椎に障がいがあり、それは、外見ではっきりと分かりますので、その方は、それに気付かれたのでしょう。

決して、私から頼んだわけではないのですが、疲れて、汗もかいていましたから、その方の、「とっさ」の行動だったのだと思います。

私は驚きました。このような「大都会」のパリで、まさか、進んで席を譲ってくれる人に出会えるなんて...。

私の降りる「ラ・モット・ピケ・グルネル」駅は、実際、もう、そんなに遠くはありませんでした。私は、軽く会釈をし、手で、「断り」の意志表示をしましたが、もっと、何か言えなかったのかと、今でも悔やまれます。せめて、「je descends bientot, merci!(もうじき降ります、ありがとう)」ぐらい言うべきでした。「vous etes tres aimable!(あなたはとても親切だ=ご親切にどうも)」と言う表現だって、知っていたのに、その時は、なぜか出てこなかったのです。「とっさ」の出来事だったからでしょう。

パリの人たちは、本当に、とても「親切」で、スーパーで、小銭を落とした時も、すぐ近くにいた「マダム」が、「monsieur...(ムッシュー)」と声をかけてくれました。「リーマン・ショック」の影響は、まだそれほど感じられず、「すさんだ」感じもまだありませんでした。

エッフェル塔近くの「露店」の店員さんのこと(10月17日付け、「その4」参照)も含め、こうして書いていると、あの日の「感動」が、いろいろとよみがえってくるようです。

今回採り上げたシャンソンは、2月の終わりに、6回(+まとめ2回)にわたって特集した、ロックオペラ「starmania "スターマニア"」(1988年のリメイク版。1989年上演)からの曲、「Monopolis "モノポリス"」です。
前曲「petite musique terrienne "地球人のささやかな音楽"」(冒頭が切れてしまっていますが...)から引き続き、クリスタルと、ジョニーの2人で歌われます。

元々は、クリスタルのソロのナンバーで、この「リメイク版」では、劇の冒頭で歌われます。
「モノポリス」というのは、この劇の舞台となる、架空の国家、「オクシダン(「西洋の」といった意味があります)」の「首都」のことで、ここに載せた動画は、「第1幕終了」の場面となります。

「ニューヨークから東京まで、何もかもがみな同じ。
同じように地下鉄に乗り、同じように郊外へと向かう...。
みんなが列をなして(電車を待っている)...」

本日は、2016年11月12日。昨年の、あの、「11月 "13日の金曜日"」からは、もう、「1年」が過ぎようとしています。

「テロ」は、人々の「生命」を奪うだけではなく、そこに生きる人々の間に、「不信感」を植え付けることにもなります(それも、「ねらいの1つ」なのでしょう)。

「リーマン・ショック」後の、2010年に訪れた際は、「ホームレス」の方々も増え、街全体が「すさんだ」ような感じに思われました。
2008年の、あの、「優しく」、「庶民的」な街の雰囲気は、もう、「どこか」に消えてしまったのでしょうか。

私の「思い過ごし」であればよいのですが...。

それではまた...。

(daniel-b=フランス専門)