「過去旅」について書いています。
第1回目のパリ&ブリュッセル(2008年)、今回は、その6回目です。「オランピア劇場」、「マドレーヌ教会」を後にした私は、メトロ1号線に乗って、再び、「シャンゼリゼ大通り」に戻ってきました(10月7日)。

「Franklin D. Roosevelt(フランクラン・デ・ローズヴェルト)」駅は、まさしく、「シャンゼリゼ大通り」の「起点駅」、と言っても過言ではないと思います。この2駅先が、「凱旋門」のある、「シャルル・ド・ゴール・エトワール」駅ということで、私は、「エッフェル塔」の最寄り駅、「トロカデロ」から、「メトロ6号線」でここへやって来たのでしたね。

「シャルル・ド・ゴール・エトワール」駅との間にあるもう1つの駅は、パリを代表する、「超高級ホテル」の名前としても知られている、「George V(ジョルジュ・サンク)」です。この駅と、「フランクラン・デ・ローズヴェルト」駅間の「シャンゼリゼ大通り」、および、ホテルのある「ジョルジュ・サンク大通り」、「フランクラン」駅側から南西に延びる「モンテーニュ大通り」に囲まれた三角地帯は、ズバリ、「Triangle d'Or(トリアングル・ドール)」と呼ばれる、「高級ブティック街」です(「ドール」は、「黄金の」を意味します)。

私は、「防犯」のためもあって、「トーゲの姉さん」(10月17日付け、その4参照)の、「ビビリの護身術」を参考に、服装も、「現地在住者」同様のいでたちですから、そんな、「高級店」には行くはずもありません。

余談ながら、最近の「フランクラン」駅には、日本語で、「フランクリン・ルーズベルト」と表示されているようですね。私が行った、2008年、2010年にもあったのでしょうか。その辺りは、ちょっと記憶が定かではありません。
また、ジャック・ブレル(1929-78)は、「les bonbons 67 "ボンボン67"」(1966-67)という作品の中で、「ジョルジュ・サンク・ホテル」のことを、「ジョルジュ・ヴェ(V)」と歌っていました。

当時のレシートが残っています。「フランクラン」駅から出てすぐくらいのところにある、スーパー「MONOPRIX(モノプリ)」にも立ち寄っていますが、会計の時刻をみると、もう16時31分にもなっていました。

この「モノプリ」のすぐ隣にあったのが、イギリスの大手CDショップ、「Virgin Megastore(ヴァージン・メガストア)」でした。残念ながら、2013年に閉鎖(日本では2009年に撤退)となったようですが、この「シャンゼリゼ大通り」においては、このすぐ先の「Fnac(フナック)」とともに、フランスのCDを探すのには「うってつけ」のお店となります。

私は、最初から、「買い物をするならフナックで」と決めていましたので、「ヴァージン・メガストア」は、あくまでも、「参考までに立ち寄った」、という感じではありましたが、フランスで初めて入ったCDショップの、その「すごさ」を目の当たりにして、思わず言葉を失いました。

渡航する直前まで、何とか手に入れたいと、日本国内では最大手である、東京・銀座の山野楽器本店さんに、「取り寄せ」をお願いしていた、ブレルの「新全集」CD-BOX(リマスター盤。15枚組+特典盤で、2003年に初発売)が、こちらでは、「山」のように積まれているではありませんか!!(当時、日本では、入手が非常に困難でした)

さすがに、初発売時に同時に出た、「Boite a Bonbons(ボンボンボックス)」と呼ばれる「完全限定盤」(確か、「60,000セット」限定です。ナンバーも入っています)はありませんでしたが、いわゆる「coffret velours(ビロードボックス)」と呼ばれる「通常盤」でも、大変「豪華」な仕様です。「オリジナル・ジャケット」によるCD15枚は、それぞれが「標準ケース」に収納された「セパレート・タイプ」なので、「分売」も可能なのですが、要するに「バカでかい」代物だということです(フランスのCD-BOXは、どれもそうです。BOXの大きさは、当然、枚数に比例しますが、「子どもの背丈」ぐらいあるものも存在します)。

2008年は、すでに書いている通り、ブレルの「没後30周年」に当たります。10月9日は、その「命日」ですから、どのCDショップでも「特集」が組まれているような感じでした。これでは、日本に品物が入って来なくても無理はありません。

フランスの「スゴイ」ところは、「亡くなって久しい」、ブレルや、ブラッサンス、バラボワーヌ、ピアフらが、決して「過去の人」ではないところです。もちろん、「人気の差」はあるでしょうが、フランスのCDショップでは、いまだに、彼らのCDが、ある程度のスペースを占めているのです。

日本と違って、「定価販売」(再販価格制度)に縛られないヨーロッパですから、「110ユーロ」前後で売り出されていました。元値が、180ユーロほどだったと思いますから、「最安値」もよいところでしょう(当時のレートでは、1ユーロが、約160円でした)。

先述のように、「買い物はフナックで」と決めていましたので、はやる気持ちを抑えるのに一苦労でしたが、他の売り場も少し見てみることにしました。

20年くらい前までは、山野楽器本店さんで、「NOVALIS(ノヴァリス)」という、フランスの公式CDカタログを買っていましたが(元々「業務用」です。1997-98年版が今も手もとにありますが、その後は、「発行終了」となったようです)、「日本のアニメ」のCDもいくつか載っていました。そこで、DVDも含めて、売り場を探してみると...。

ありました、ありました...。

と、言うより、2008年のフランスでは、すでに「ジャパニメーション(日本のアニメ)」全盛で、ある程度、まとまった「コーナー」となっていました。「ジブリ」の映画作品はもちろんのこと、「全巻」ではないにしても、「テレビアニメ」のDVDも多数見つけました。

「何か1つぐらい買いたいな~」と思いつつも、今回の旅の「最大の目的」は、やはり、「ブレルのリマスター盤CDを揃えること」でしたので、結局、そのまま店を出ることにしました。

私がなぜ「フナック」にこだわったのかと言えば、フランスの「免税制度」にあります。

フランスでは、1店舗で、原則「175ユーロ以上」購入すると、「免税手続き」が受けられますが、「フナック」は、フランスで最も有名な「大型店(チェーン)」ですから、品揃えも期待できます。事前に、「買い物リスト」も作成しましたが、当時は、主に「フナック」の「ネットショップ」の情報を、一番参考にしていました。

というわけで、本当に「目と鼻の先」にある「フナック(シャンゼリゼ店)」へ足を運びます。

「テロ・強盗対策」のためでしょう。入口には、「金属探知機」が設置されている上、警備員も複数立っているという、「空港並み」の物々しさです(ここ以外の店では、あまり記憶に残っていませんから、ここ独自のものだったのではないか、とも思います)。地元の人ですら、「入念」にチェックされて「うんざり」の様子でした(2回の旅行で、「複数回」行っていますが、私も1回止められたことがあります)。

店内に入り、まずは、「puis-je avoir la detaxe?(「免税」で買えますか?)」という「決まり文句」できいてみます。店員さんは、「奥のカウンターで承っていますよ」と、指で示してくれたのですぐに分かりました。

カウンターに立ち寄ってみると、「まずは買い物をして、その後で立ち寄ってください」、って、そりゃそうですよね。このあたりから、少しずつ「ポカ」が多くなってきます。

売り場へ行くと、そこはもう、「宝の山」そのものでした。「買い物」はやはり、「現地」でするのが一番だと思いますが、日本のお店は、海外のお客さまたちの「そうした思い」に、どれだけ応えられているのでしょうか。

この時の買い物は、何と、総額「273.78ユーロ」にもなりました。先述のBOXが110ユーロ、残りは、分売のCDやDVDですが、特にCDは、「デジパック(紙ジャケ)」で、一気に揃うことになったのです。

先ほどのカウンターヘ行き、早速、「免税」の書類を作ってもらいました。後は、これを、空港の「免税カウンター」に提出するだけです。「会話本」を片手に、何とかここまではうまくいきました。

「C'est la premiere fois que je viens en France(フランスに来たのは初めてです)」とか、「いつ帰るの?」ときかれて、「vendredi soir(金曜の夜です)」とか、こんな程度の雑談で、その場は盛り上がりました。

しかし、結果から言うと、この時のこの買い物は「まぼろし」に終わりました。一番やってはいけない、「最大の失敗」がこれだったのです。

「ネット通販」もやっている「最大手」のショップだったので、「安心」と思ったのですが、話をもう少し「詰める」べきでした。詳細は、長くなりますし、あまり楽しい話ではありませんから、ここには書きませんが、自宅への「配送」を依頼し、何となく「承諾」してもらったと思っていたら、結局、「発送」すらされていないことが後で分かったのです。

カード会社に相談し、手を打ってみたところ、「幸運」にも、相手側が「非」を認めたことと、「返金の基準額」(これ以下は「免責」)をわずかながらも上回っていたことで、「全額返金」ということになりました。この「解決」は、年が明けてからのことで、最終的に、「2月19日付け」の文書にて、正式な通知となりました(今も手もとにあります)。

「免税手続き」はそのまま生きていて、これも、「いったい、どれだけ待たせるんだよ」というくらい、かなり後になってからでしたが、「税金相当分」は、買い物がキャンセルになったにもかかわらず戻ってきました。「慰謝料」と言うには、「少額」過ぎますが、このくらいは受け取っても良いでしょう。

とまあ、このことは、本当は書きたくなかったのですが、書いてみたら、少し「スッキリ」しました。それに、このことがきっかけで、その後、「海外利用」も含めて、「ネット通販」をうまく活用することが出来るようになったので、「トータル」で考えると、結局は、「プラス」の経験だったのかも、とも思います。2010年の「2回目」の旅行は、「買い物のやり直し」みたいな面もあり、短いスパンでの「決行」に、「資金面」など、多くの不安がありましたが、それ以降、渡欧できるめどはまったく立っていないことを考えると、これもまあ、「良かったのかな」、と思います。

というわけで、今回採り上げたシャンソンは、ジャック・ブレルの「les bonbons 67 "ボンボン67"」(1966-67)です。映像は、この曲が発表された、「アデュー・オランピア1966」からのものとなります。1つ前の曲は、名作「Amsterdam "アムステルダム"」(1964)でした。ブレルは、喉を潤して、「仕切り直し」をします。

この曲は、「豊作の年」1964年に書かれた作品、「les bonbons "ボンボン"」の「続編」となります。その中で、さんざんケナシまくっていた「赤毛の女」ジェルメーヌと、街中でバッタリ出合ったブレルは、他の女性とのデートに持ってきた「ボンボン」を差し出して、同じ文句で、彼女を口説いていたのですが、今回は、その「ジェルメーヌ」との対話の形で始まります。

先述のように、今の彼は、以前とは「別人」で、「ジョルジュ・ヴェ(サンク)にいるんだぞ」と歌っています。

「ブリュッセルなまりもとれた。もう、誰も、そんなになまっている奴はいやしない。
ただ1人、テレビに出ている "ブレル" を除いてはね...」

と、「標準語(?)」で歌っていますが(1964年の「les bonbons」では、「ブリュッセルなまり」を使ったと、ブレル本人が語っています)、果たして...。

後半では、当時の「ベトナム戦争」にも言及するなど、単なる「コミック・ソング」に終わらせないところが、さすがは「ブレル」、と思いますが、つまりは、そういう「時代」だったんですね...。

10月24日に書き始めたのに、その後の「中断」のために、脱稿に「3週間」もかかってしまいました。これで何とか「形」にはなりましたが、まだまだ先は長いです。
それではまた、次回に...。

(daniel-b=フランス専門)