ようやくこの曲にたどり着くことができました。今回は、「秋のシャンソン特集」も兼ねて、この名曲をお届けしたいと思います。
ジャック・ブレル(1929-78)の曲で、「ne me quitte pas "行かないで"」(1958-59)です。

レオ・フェレ(1916-93)、ジョルジュ・ブラッサンス(1921-81)とともに、フランス・シャンソン界の「3大巨匠」と呼ばれる大歌手、ジャック・ブレルは、その「生き方」も、「破天荒」なまでに「冒険好き」だったことでも知られています。

この曲に関するエピソードも、そうした中の「1つ」なのですが、それについて「詳述」することは、ここでは避けたいと思います。ただ、最初期の1955年ごろから、親しい仲となっていた、女優で歌手の、スュザンヌ・ガブリエロ(1932-92)の名前だけは出しておきましょう。

1958年、2人は「破局」を迎えます。ブレルは、彼女のためにこの歌を書き、彼女の自宅で、この歌を歌って聴かせたのだと伝えられています。

この曲の歌詞は、言うまでもなくブレル自身が書いていますが、曲に関しては、現在では、伴奏ピアニストのジェラール・ジュアネスト(1933-, ジュリエット・グレコの夫としても知られています)の作曲(または「共作」)であることが、広く知られるようにもなってきました。

ブレルと出会って、まだ間もないころの話ですから、ジェラールは、まだ、フランスの「音楽著作権協会(Sacem)」に加入していませんでした。そのため、ジェラール自身の名前を出すことはできず、表面上は、現在でも「ブレル詞・曲」のままとなっています。ですが、分かる人が聴けば、いかにも「ジェラールの曲」で、それはもう、疑いようもないことだと思います。

これまでも何度か書いているように、この曲は、1982年9月、私が12歳になる直前に、NHK「テレビフランス語講座」の「今月のシャンソン」のコーナー(当時は、毎回曲を流していました)で出合った、「運命の1曲」です。この年は、4月の開講から見ていて、テキストもすべて残っていますが、この曲に出合ったことがきっかけとなり、「シャンソン」にのめり込むことにもなったわけです。2008年、2010年には、長年の「念願」であった、「パリ&ブリュッセル旅行」(ブリュッセルは、ブレルの出身地で、「記念館」もあります)も実現しましたが、その「第1歩」とも言えるのが、まさに「この曲」だったのです。

その時聴いたのは、1959年9月11日の日付けを持つ「オリジナル録音」(この記事で、最初に載せている映像がそれです)で、その流れるようなメロディの美しさにまずほれ込み、その「物語風」の歌詞(永瀧達治先生の対訳が素晴らしいです)も大変印象に残りました。私は、何とか自分でも歌いたいと、まず「発音」から確認することにしました。「つづり字と発音の関係」、これは、まさに、この曲によって「体得」したと言っても過言ではありません。

永瀧先生の解説によれば、シャルル・アズナヴール(1924-)の言葉、「ブレルの歌は、ブレル自身以外の何ものでもなかった」を引用し、ブレル自身の人生が、詩や歌と密接なつながりを持っていたと述べられています。
「行かないで」と彼がとりすがるのは、「恋人」に象徴されながらも、絶望の中での希望に他なりません、と、その解説は結ばれていました。

これを読んで、私は、本当に、「ジャック・ブレル」に興味を持つようになり、翌年には、自力で、彼のレコードを探し当てたものでした。

この曲には、あのエディット・ピアフ(1915-63)が、「男らしくない」と、バッサリ切り捨てたエピソードも残っていますが、ブレルの「初期」の作品の中では、最も知られるようになった曲であるとも言えます。その意味でも「代表作」です。

2番目に挙げた映像は、以前にも紹介しましたが(4月8日付け)、「アデュー・オランピア1966」直後の、1966年11月10日の日付けを持つ、テレビ番組「Palmares des chansons」(日本風に言うと「歌のヒットパレード」です。やっぱり、「古っ!!」)からのもので、3枚組DVD「comme quand on etait beau」のディスク2でも見ることができます(プログラムの全10曲が収録されています)。声は少々疲れてはいますが、このヴァージョンをもとに、後年の再録音(後述。1972年)も行なわれました。

1972年、レコード会社「バークレー」と「30年(!)」という契約の更新にサインをしたブレルは、初期に在籍していた、「フィリップス」での代表作11曲を再録音することになりました。
このレコードは、独立したアルバムであり、現在でも「名盤」の誉れが高いものです。
録音直後から、1980年代にかけては、「ベスト盤」でも、これらの録音が使われるようになりました。この「ne me quitte pas "行かないで"」をはじめ、「la valse a mille temps "華麗なる千拍子"」(1959)、「quand on n'a que l'amour "愛しかないとき"」(1956)は、フランソワ・ローベール(1933-2003)の名アレンジ、壮麗なオーケストレーションも相まって、新時代の「スタンダード」とも言える出来となりましたが、「le moribond "瀕死のひと"」(1961)に関してだけは、フランソワも「ちょっと残念」とコメントしていたようです。この曲のオリジナルは、舞曲「ブーレ」のスタイルを取り入れて歌われていましたが、新しいアレンジは、ギターをメインとした「ジャズ風」に変わってしまっていたのです(邦題も「そよ風のバラード」が、頻繁に使われるようになっていました)。

「ne me quitte pas "行かないで"」も、もしかすると、「再録音失敗」になったかも知れません。マルク・ロビーヌの著書「le roman de Jacques Brel」には、詳細なディスコグラフィが載っていますが、それによれば、この「行かないで」の再録音にも、「未発表」のヴァージョンが存在していることが確認できます。そして、それら(3種類)は、没後35周年に当たる2013年発売の記念BOX「suivre l'etoile」に、ついに収録されることとなりました。

1990年代後半に、「ユニヴァーサル・ミュージック」が誕生してからは、レーベルもバークレーに統一され(「フィリップス・レーベル」は消滅しました)、ベスト盤でも、再び「オリジナル録音」を採用するようになっていましたが、「ne me quitte pas "行かないで"」だけは、この「再録音」が採用されることになりました。「オリジナル録音」が「感傷的」に過ぎるということもありますが、この「再録音」のスタンダード性や、これも1つの「アルバム」であることから考えても、「妥当」と言うか、「当然」の判断かも知れません。
4番目の動画、スイスのフィギュアスケーター、ステファン・ランビエール(1985-)の、この曲での演技も、記憶に残るものです(2010年バンクーバー五輪のエキシビションでも、この曲で踊りました)。

3番目の動画は、「珍しいもの」の部類に入るかも知れません。1968年に、「熱狂的なブレル信者」であるモート・シューマン(1936-91)らによって上演されたミュージカル、「Jacques Brel is alive and well and living in Paris "ジャック・ブレルは今日もパリに生きて歌っている"」の映画版(1975)での出演シーンで、ブレルには大変珍しい、「カラー」での歌唱映像です(レコードでは、「サントラ盤」として、1974年にアトランティックに録音されています)。

バルバラ(1930-97)の「行かないで」(最初期、1961年の録音です)は、現在でも「異論」が多いですが、私は、ブレル自身のレコードを購入する以前、つまり、1982年の暮れには、この録音を「カセット」で聴いています。私は、このバルバラの「解釈」が、いかに「芸術的」で、「素晴らしい」ものであるかということを、その時すでに感じていました。そして、それは、いま現在でも、少しも変わることがありません。これは、「バルバラ流の "行かないで"」なのです。溢れる想いが次から次へと...といった感じでしょうか。彼女が、もし普通に歌っていたとしたら、それはそれで良かったかもしれませんが、それでは、そこまで感動することもなかったかも知れません。「ああ、彼女も歌っているんだな」くらいで、「単なるカバー」という認識に終わっていたでしょう。この録音には、「独創性」が感じられます。だからこそ、彼女はアーティストとして「大成功」したのだと思います。

最後に、英語版「if you go away」の、私の「最も好きなヴァージョン」とも言えると思います、スコット・ウォーカー(1943-)の録音(1969)もどうぞ。この英語版は、アメリカの詩人ロッド・マッケン(1933-2015)の手によるもので、他にも、フランク・シナトラ(1915-98)など、この曲は、英語圏でも広く歌われています。

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ne me quitte pas
il faut oublier
tout peut s'oublier
qui s'enfuit deja
oublier le temps
des malentendus
et le temps perdu
a savoir comment
oublier ces heures
qui tuaient parfois
a coup de pourquoi
le coeur du bonheur
ne me quitte pas(4 fois)

行かないで
忘れなくてはいけない
すべては忘れられる
すでに済んだことだ
「誤解したとき」のことも
思い悩むことで
失ってしまった時の流れも
忘れなくては...
「なぜ」というひと言で
幸せな気持ちを
時として殺してしまった
あの時の流れを忘れなくては...
行かないで...

moi je t'offrirai
des perles de pluie
venues de pays
ou il ne pleut pas
je creuserai la terre
jusqu'apres ma mort
pour couvrir ton corps
d'or et de lumiere
je ferai un domaine
ou l'amour sera roi
ou l'amour sera loi
ou tu seras reine
ne me quitte pas(4 fois)

私は、君に捧げたい
雨の降らない
国からやって来た
雨の真珠を
私は、大地を掘り続ける
私が死んだ後までも
君の体を、黄金と光によって
包み込むために
私は王国を築こう
そこでは、「愛」が国王
「愛」が掟で
「君」が女王だ
行かないで...

ne me quitte pas
je t'inventerai
des mots insenses
que tu comprendras
je te parlerai
de ces amants-la
qui ont vu deux fois
leurs coeurs s'embraser
je te raconterai
l'histoire de ce roi
mort de n'avoir pas
pu te rencontrer
ne me quitte pas(4 fois)

行かないで
私は作って聞かせてあげよう
君に、「突飛」な言葉を...
君は分かってくれるはず
君に話してあげよう
恋心が、二度も燃え上がった
そんな経験をした
あの恋人たちの話を...
君に聞かせてあげよう
君に出会うことができなくて
死んでしまった
あの王様の話を
行かないで...

on a vu souvent
rejaillir le feu
de l'ancien volcan
qu'on croyait trop vieux
il est parait-il
des terres brulees
donnant plus de ble
qu'un meilleur avril
et quand vient le soir
pour qu'un ciel flamboie
le rouge et le noir
ne s'epousent-ils pas
ne me quitte pas(4 fois)

もう古くなり過ぎたと思われていた
いにしえの火山から
炎が噴き出すことも
よくあることだ
焼けた大地からは
豊作の4月よりも
多くの麦を収穫できると
そう言われている
そして、夜が来たとき
燃えるような夕焼け空のために
赤と黒は
ひとつに結ばれるのではないか(もう1つの解釈:「結ばれることはないのだろうか」)
行かないで...

ne me quitte pas
je ne vais plus pleurer
je ne vais plus parler
je me cacherai la
a te regarder
danser et sourire
et a t'ecouter
chanter et puis rire
laisse-moi devenir
l'ombre de ton ombre
l'ombre de ta main
l'ombre de ton chien
ne me quitte pas...(4 fois)

行かないで
私はもう泣かない
私はもう話さない
そこに身を隠して
君を見つめていよう
踊り、微笑む君を...
そして、聴いていよう
歌い、そして、笑う君の声を...
そっとしておいてくれ
君の「影の影」になることを
君の「手の影」になることを
君の「犬の影」になることを
行かないで
行かないで
行かないで
行かないで...

(daniel-b=フランス専門)