今回の記事は、こちらの記事の内容と「関連性」があることから、その「リブログ」としています(「元の記事」もぜひ、ご覧ください)。
この曲、「ca balance pas mal a Paris "パリでスゥイング"」(1976)は、ミシェル・ベルジェ(1947-92)とフランス・ギャル(1947-2018)が、まさに「結婚」(1976年6月22日)というタイミングで、テレビで上演したミュージカル、「Emilie ou la Petite Sirene "エミリー、または人魚姫"」からのデュエット曲となります。
(1976年5月22日放送)
「テレビ出演」、もしくは、「(「オリジナル音源」による)MV」と思われるのが、こちら、2本の映像で、ともに、1976年のものだということです。
(「RTS(スイス放送協会)」公式)
フランス・ギャル自身、「初」のライヴアルバムともなった、1978年4月、「テアトル・デ・シャンゼリゼ」公演での、ライヴ録音です。
こちらの公演においては、ミシェル・ベルジェの登場はなく、代わりに、ミュージシャンが、その「代役」を務めています。
こちらが、「オリジナル録音」です(1976年6月発売)。
「現在」においても発売されている、本当に、大変「貴重」な映像です(DVD)。
ただし、「PAL」に対応している再生機器が必要です。
「ベスト盤(CD)」は、「こちら」をお薦めいたします。
これまでの記事(ミュージカル「RESISTE」についての記事も「こちら」から)
(参考)「スターマニア」がテーマの記事一覧
(参考)「ダニエル・バラボワーヌ」がテーマの記事一覧
さて...
「1月7日」は、フランス・ギャル(1947-2018)の「命日」でした。
また、ちょうど「1週間後」である、「1月14日」が、その「弟」も同然の、ダニエル・バラボワーヌ(1952-86, 今年はついに、「没後40周年」!!)の「命日」でもあることから、私にとっても、まさに、「特別な1週間」であると言えます。
「来年(2027年)」には、「生誕80周年」ともなる、そのフランス・ギャルですが、「夫」である、偉大な「音楽プロデューサー」で歌手の、ミシェル・ベルジェ(1947-92)もやはり、「生誕80周年/没後35周年」という、「ダブルアニヴァーサリー」を迎えることから、すでに「神格化」されている二人がまた、「話題」に上ることも多くなりそうです。
そして今年、2026年は、
何と言ってもこの二人、
「結婚50周年」!!
という、もうひとつの、「記念の年」(「金婚式」...)にも、当たっているのです!!
(しかし、そんな時にはもう、「その二人」、その、「どちらも」がいない...)
二人の出会いは、1973年夏のことで、当時、「新しい道」を、模索してもいたフランスが、ミシェルのもとへ、「相談」をしに行ったことが、その「始まり」でした。
「厳しい言葉」を浴びせられながらも、
一方で、
「親身になって話を聞いてくれた」
というミシェルに、「好感」を持つことになったのもまた、たしかなことであり、自身も、「失恋の痛手」から立ち直ろうとしていたミシェルは、さっそく、「次回作(アルバム)」(1974年3月20日発売)に、フランスを登場させることにしました。
そうして作られたのがこの曲、「mon fils rira du rock'n roll "息子はロックンロールで笑うだろう"」(1973-74)だったのです。
一方、同時に、フランスの「ソロ曲」として用意されていたのが、この曲、「la declaration d'amour "愛の告白"」(1974年5月発売)でした...。
(1974年6月27日放送)
この曲の記事
「歌詞対訳」を載せているほか、二人の「出会い」についても、詳しく書いています。
また、当時、「ミュージカル上演」にも意欲を燃やしていたミシェルは、「全体」としては「未完成」で、結局、「上演」には至らなかったものの、こちらの、「珠玉のデュエット曲」を残しました...。
「au revoir Angelina "バイバイ アンジェリナ"」(1974)。
当時、実際にアメリカで起こった事件(実話)をもとに書かれたミュージカル作品、「Angelina Dumas "アンジェリナ・デュマ"」からの1曲で、「メインテーマ」とも言い得ます。
その「主人公」、アンジェリナ・デュマこそ、後の伝説的ロックオペラ、「スターマニア」(1979年初演。「最新リメイク」は、2022年版)において、フランス・ギャル自身が演じたキャラクター(ヒロイン)、「クリスタル」の、その「原型(モデル)」にもなったものです。
また、ほとんど忘れ去られていたこの「美しい曲」は、1990年代以降、「全集盤」に収録されるようにもなりましたが、2015年11月、フランス自身の「監修」で、上演されたミュージカル、「RESISTE "レジスト"」において、大変「重要」なナンバーとして歌われたことから、一気に、その「地位」が向上しました。
こちらの「DVD」も、「PAL」に対応している再生機器が必要です。
「詳しく」は、こちらの記事をご参照ください。
せっかくですので、今回の曲、「ca balance pas mal a Paris "パリでスゥイング"」が歌われている、1976年5月22日放送のテレビ・ミュージカル、「Emilie ou la Petite Sirene "エミリー、または人魚姫"」から、そのナンバーをいくつか選んで、載せてみたいと思います。
(「全曲」載せることが出来ないのは、とても「残念」です...)
2.「le monologue d'Emilie "エミリーのモノローグ"」(フランス・ギャル)。
最初の方で歌われる、主人公「エミリー」(フランス・ギャル)による「モノローグ」ですが、途中から、その「姉妹」役として登場する、ヴァニック・ル・プーラン(1956-2020)、リマ・ヴェッターも加わっています。
4.「chanson des producteurs "プロデューサーの歌"」(ミシェル・ベルジェ/マルティーヌ・ケリー)。
このミュージカルの、「詞」、「曲」、ともに手がけるミシェル・ベルジェは、自身もそのまま、「有名プロデューサー」役として登場しますが、一方の、マルティーヌ・ケリー(1945-2011)もまた、「有名プロデューサー」役です。
6.「je n'y arriverai jamais(qu'il parle en premier) "私にはとても出来ない(彼から話して)"」(フランス・ギャル/パトリック・ブーシテ)。
何と、ロッド・スチュワート(1945-)本人が登場する場面で(実際に、「Sailing」を歌っています!!)、エミリーは、そのスタジオにこっそりと忍び込みますが、そこで、パトリック・ブーシテ(1946-)演じるカメラマン、セバスチャンに出会い、恋をしてしまいます...。
9.「cette chanson-la est au moins pour quelqu'un "この歌は、少なくとも誰かのためのもの"」(フランソワーズ・アルディ)。
ところが、そこへやって来たのが、こちらも何と、フランソワーズ・アルディ(1944-2024)が演じている、「スター」...。
「ディレクター」に昇進したセバスチャンは、その「初めて」のショーで、彼女にひと目ぼれをしてしまい、その後、「結婚」にまで至ることに...。
11.「une fille de plus "私は、もうひとりの女の子"」(フランス・ギャル)。
「傷心」のエミリーが、ひとり歌う、「悲しい歌」です...。
13.「aime et tout s'arrangera "愛すれば、すべてがうまく行くでしょう"」(フランス・ギャル/リマ・ヴェッター/ヴァニック・ル・プーラン)。
その「苦しい胸のうち」を、姉妹に打ち明ける場面...。
これを「きっかけ」に、エミリーは、「本来の目標」であった、「音楽の道」へと立ち返り、プロデューサー(ミシェル・ベルジェ)の「オーディション」を受けるというのが、今回の曲、「ca balance pas mal a Paris "パリでスゥイング"」の場面で、もう、「最終盤」ということにもなりますが、
ミシェル自身が、
「人魚姫」にほれ込んだ
と話している通り、その後の「フィナーレ」も、一見「華やか」ながら、やはり、「ハッピーエンド」とは行かない... ようでもあります...。
また、このミュージカルの「設定」が、実際に、フランス・ギャルが、ミシェル・ベルジェに出会うまでの「道のり」を思わせるということでも、「話題」になっているようです。
そして、ここに書いている以外にも、クリストフ(1945-2020)(エミリーの父で、「照明技師」役)や、エディ・ミッチェル(1942-)(「ロック教授」役)など、出演者が実に「豪華」で、「多彩な顔ぶれ」となっているところがまた、「注目」に値すると思います。
それでは以下に、今回の曲、「ca balance pas mal a Paris "パリでスゥイング"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。
エミリーと、「有名プロデューサー」の、「対話」の形となっている今回のこの曲、アメリカとパリを「対比」させている、その「詞」にも「注目」です。
また、「balancer」という動詞は、英語の「swing」と同じ意味ですが、「曲名」にもなっている、その「ルフラン」の歌詞は、「パリは、なかなかいい感じ」と訳すのが、やはり「自然」なようです。
(参考にした記事)
ありがとうございました。
それではまた...。
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ca balance pas mal a Paris パリでスゥイング
j'suis nee ici
pas a Memphis
j'suis de Paris
pas de Parisse
j'ai jamais connu Cab Calloway
j'ai jamais rien produit sur Broadway
j'connais Passy
pas Albany
j'suis pas Yankee
t'es bien Titi
moi j'suis pas pour les cocoricos
mais y'a aussi du mauvais dans l'Ohio
私は、ここで生まれた
メンフィス(米テネシー州の都市)でじゃない
私はパリっ子
「パリス」(「Paris」の「英語読み」)じゃない
キャブ・キャロウェイ(1907-94, 米ジャズシンガー)なんて知らない
僕も、ブロードウェイじゃ何も作っていない
パッシー(パリ西部の、「高級住宅街」)なら知ってる
オールバニ(ニューヨーク州州都)は知らない
私は、ヤンキーじゃない
君は、パリのいたずらっ子じゃないか
私は、カワイ子ちゃんじゃないわ
オハイオにだって、良くないところはあるさ
ca balance pas mal a Paris
ca balance pas mal
ca balance pas mal a Paris
ca balance aussi...
パリは、なかなかいい感じ
なかなかいい感じ
パリは、なかなかいい感じ
そう、同じように...
j'veux faire un show
j'demande pas mieux
mets du nouveau
c'est tout c'que j'veux
mais j'veux pas copier Ginger Rogers
pourquoi toujours America first
West Side Story
c'est bien fini
les parapluies
c'etait joli
mais je veux faire quelque chose a moi
faudra travailler mais pourquoi pas
ショーをやってみたい
それはいいね
新しいものを
それこそ、望むところだ
でも、ジンジャー・ロジャース(1911-95, 米女優)を真似たくはないわ
どうしていつも、「まずアメリカ」なのさ
「ウェスト・サイド・ストーリー」
良かったね
「雨傘」(=「雨に唄えば」)
素敵だったね
でも何か、自分だけのものをやりたいの
それじゃあ、勉強しないと、だね
ca balance pas mal a Paris
ca balance pas mal
ca balance pas mal a Paris
ca balance aussi...
パリは、なかなかいい感じ
なかなかいい感じ
パリは、なかなかいい感じ
そう、同じように...
les claquettes c'est plus de notre epoque
la Metro Goldwin Mayer
c'est plus la meilleure
タップダンスはもう、僕たちの時代には似合わない
メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(「MGM」。「雨に唄えば」の、米映画会社)も
もはや「最高」じゃない
ca balance pas mal a Paris
ca balance pas mal
ca balance pas mal a Paris
ca balance aussi...
パリは、なかなかいい感じ
なかなかいい感じ
パリは、なかなかいい感じ
そう、同じように...
(daniel-b=フランス専門)






