兵庫県豊岡市日高町岩中字城山

但馬・宵田城(よいだじょう)別名:南龍城

 

宵田城は但馬日高盆地の南端、円山川左岸に屹立した標高154m、比高130mに築かれた山城である。

永享2年(1430)楽々前城主・垣屋隆国が築いて、二男の垣屋隠岐守国重を城主とした。国重の子、垣屋遠忠は文明18年(1486)播磨国英賀で赤松政則と戦って討死した。天正8年(1580)羽柴秀吉による第二次但馬侵攻では、鶴ヶ峰城主・垣屋光成の弟、垣屋峰信が宵田城に籠もり、宵田表の合戦で一度は勝利したものの、その後敗れて楽々前城に逃れ討死した。宵田城主・国重の家系である垣屋国宣はその後、楽々前城主となっていたが、関ヶ原合戦後に所領を没収された。

 

稲葉川の堤防から見る城山。鉄塔が建ってるとこが城跡であり、川に掛かってる橋を渡れば登城口である。

 

川はサギの楽園であった。

 

橋を渡れば発電所とその向かいに鹿島神社があり、駐車場があるのでここを本陣と定める。

 

城攻め前はいつものように鹿島神社にて本日の戦勝祈願。御祭神は建御雷神(たけみかづち)で勝利祈願、必勝祈願にご利益あるのでちょうどええかと。あと縁結びと真顔

 

狛犬さんにご挨拶もお抜かりなく。向かって右の獅子さん。目と鼻の区別がつかない。ほんでこれ口開いとらんけど? 吽形の狛犬さんが右にいてはる。

 

左に阿形の獅子さん?困った表情に見えるし玉くわえてるし。獅子と狛犬の左右逆配置はごく稀にあるそうですが、特に意味はないかもしれんし、あるかもしれない。わしには分からない無気力

 

しっぽがクルクルである。

 

玉は口の中でコロコロと動いた。そして目は横にあった。玉の意味は「間違っても、世人を惑わしたり、傷つける妄言を発してはならない」という戒めの意味があるという。

 

彫刻もなかなかである。あれっ権現さん?

 

戦勝祈願を終え城攻めに向います。

 

神社横に登城道があります。城山公園として登山道も整備されてます。

 

 

現在歩いてる道は新たに造られた登山道であり、元あった旧道が時折出てくるが、御覧の様なクサクサ道なので旧道は遠慮しときます。

 

作業車が通れるように造られてるのでしょう。勾配もさほどでもなくぐるじまなぐでも進軍できる。

 

途中で現れたド派手な竪堀

 

本丸にあった新品の縄張り図(右が北) 現在は中央左から登ってき、おそらく最初の竪堀のとこかと。このまま進むと二の丸の南(左)から城跡に突入することとなる。

 

気候もちょうどいいのでバンバン進む・・・ことはしないで、ゆるゆる歩む。

 

時折展望も楽しみながら登れます。よりによって楽しめない眺望を搭載する。

 

ぐるじぐなったらベンチで一息つけるが、ぐるじぐないのでそのまま歩む。

 

はぁ ここから階段道かぁ? やっぱ待ち受けておったかえーん← まだぐるじんではいない

 

階段道の向いに腰曲輪

 

二の丸の南切岸下に位置する腰曲輪。

 

切岸を見上げる。上は二ノ丸。

 

切岸は上がれないので、つづら折りになってる階段で上がります。ちょっとぐるじがったが間もなく二の丸虎口。

 

二の丸虎口。そして石っよだれ 虎口は石積みにより構築されてたよです。

 

石の下の実もおいしそうよだれ

 

 

二の丸 削平度良好、整備度良好。削平は往時の築城した人達。整備は現代の城を愛する人達。広々とした曲輪は気持ちいいですね。感謝!

 

お読みください。

 

たぶん誰かが集めた。わしではない

 

二の丸東下段に腰曲輪。そして良き眺望。

 

二の丸北から見る本丸。正面左のスロープを上がって行けば本丸へと達する。

 

本丸は後回しで二の丸から東下段(正確には北東)にある三の丸へ侵攻します。

 

三の丸へのスロープには石段の名残であろうコケ石がザクザク。

 

石積みされてたであろう虎口付近のコケ石。

 

二の丸から北へ張り出す三の丸

 

三の丸先端から下段に見える腰曲輪。

 

三の丸からの眺望。豊岡市日高町。この城下を眺めながら「わしはこの土地と民を守るのじゃ!」そう誓ったであろう恒屋氏は討死し、落城したメラメラ

 

北方向に突き出した曲輪(名称不明なので北曲輪と呼ぶ)へ行くのに、本当は本丸から通路があるのに三の丸から二の丸・本丸の北側切岸下の犬走りでもない猫走りのような斜面をわざわざ通って行くわし無気力 ちなみに、猫走りという城用語はありません

 

無理くり斜面を突っ切ると本丸から下りてくる階段が正面にあった。この城跡は結構高低差があるので、曲輪間に階段がこさえられてます。ただ落葉でだいぶ隠れてしまってる。

 

画像左に本丸からの階段、こちら側が進軍してきた方、搦手と伝わる北方向のこの斜面を下りて行きます。

 

竪堀も落ちてます。

 

ドーと斜面を下りる。

 

下りた所にモコモコ!?

 

両側に土塁(門があったか?)を構築した坂虎口でしょうか。

 

その虎口の向こうにもう1つ両側に土塁を備えた虎口。倒木がめっちゃジャマですが。これは二重虎口と呼ぶのか?それとも連続虎口と呼ぶのか?はたまたダブル虎口かぁ!?  正面が北曲輪(図には記載されてないが北曲輪と称す) ちなみに、ここも階段がありますが隠れちまってます。ちなみに、ダブル虎口なんかいうはずありません。

 

倒木の手前から見返すと、食い違ってるっすね。

 

連続虎口を出て下から見返すもマジで木がジャマ真顔

 

坂虎口を下り切った北曲輪

 

すぐ左に虎口。ここは後ほど。(後編で)

 

北曲輪先端に鉄塔。左の草は虎口から伸びる土塁です。

 

土塁は鉄塔のために削られてる。

 

なぜか鉄塔を見上げる。

 

鉄塔のとこからの眺望。

 

鉄塔からの・・・北端下段の腰曲輪。

 

からの・・・もう1段下の腰曲輪。もう2.3段あり。

 

そして北曲輪から本丸方向を見る。斜面下には所々に石が見えるのは石垣が崩落した石であろうかと。

 

果たして崩落せずに踏ん張ってる石達はいるのかどうか!? 

 

 

そして、これより本丸へ。

 

 

そして山にサンゴが 真顔

 

 

 

そして、後編へ続いてしまいます。

 

 

 

 

23年11月の晴れた日