岐阜県可児市兼山にある森家の菩提寺
可成寺(かじょうじ)へ参りました。
金山城跡から車で数分。
因みに、この前の道を左へ数分行くと兼山歴史民俗資料館がある。金山城やこの地方の城跡のパンフが手に入りますよ。
延命地蔵尊のお堂。お地蔵さん膝立ててはる。岐阜県重要文化財に指定されてるようで、看板は脛当になっている。まぁひざもすねもなんか同じようなもんやけど、脛立てたお地蔵さんが何の謂れがあるのかは深く追及していない。
森長可(もりながよし)が近江・坂本で戦死した父・森可成(もりよしなり)の菩提を弔うために、父の名「可成」をそのまま寺号とし創建した。以下、詳しくは説明の如し。
森氏は清和源氏の一流、河内源氏の流れを汲むお家柄で家紋は鶴の丸、または森鶴の丸と呼ぶ。またはJAL![]()
因みに、日本航空と森家は何の関係もない。
石段を上がったとこに石碑。左は筆塚。右は芭蕉の句碑のよう。正面には芭蕉爺之墓と刻まれてる。墓
芭蕉と何か所縁があるのかどうか?深くは詮索してません。
ご覧の如く、森氏の廟所があります。
本堂
スルーせずに読むべし。
ちょいちょいこんなん見かけるが、予想外な大音量で説明音が流れたりする。勇気のある人は一度お試しあれ。
右の大きな句碑には「ふるさとの 松風こひし 秋の山」。誰の句かは知らない。興味のある方は自分で調べてください。
境内の様子。
境内から寺の裏手へ。
以前は名鉄電車(八百津線)が走っていた線路跡を横断。
石段上がればぼちぼち墓地です。
スンマセン
古そうな墓石がぎょうさんあります。
立派に石垣が組まれた一角。
森家の面々が揃ってる廟所。
配列は御覧のように。
鬼武蔵の墓石が切れてました![]()
何故か森りんの嫁さん「えい」の墓はここにはなく、近くの常照寺にありますが、今回は参ってません。
実はこの可成寺にあるのは森りんの墓ではなく廟所なんですね(よう知らんけど)。墓は戦死した近くの寺にあるんですわ。
後日。
その界隈に行くことになるのであった![]()
その記事はまた後日ということで。
御朱印いただきました。
御朱印待ってる間の玄関の図。
ほなまた。
18/3/31


















