今現在は何事も楽しんで私らしく元気に暮らしてます😊
でもここまでくるのには旅行に行けば「私だけが楽しんでごめんね」と考え、美味しいものを食べれば「食べれなくなったダンナさんに申し訳ないな」という気持ちになってました
そんな気持ちもあって少し本心を隠して書いてた時期もありましたが、今はお空にむけて【こんなに元気に楽しく暮らしてるから心配しないでね❤️】とありのままを書けてます
2021年になり三回忌も終わり、4月には就職出来るのか心配してた我が家の推し(末っ子くん)の初出勤を見届ける事が出来ました
あの頃はピカピカの新社会人✴️自転車通勤ルック🚲️
末っ子くん、185cmもあるんです❗
お父さん172cmお母さんなんて151cmなのに
自ら変えた❗と言った方がよいのかもしれない
転勤で地元を離れてから30年
この年の6月には久しぶりに住民票の転出・転入手続きをして北海道の地元で生活すると決めました
ダンナさんとはこの地で出会って、転勤の辞令が出るまで新婚生活をおくった幸せな想い出がたくさんある土地💓
我が家の本籍も結婚したときのこの街の住所です
お寺にも日帰りで行けるし、自分が生まれ育ったこの街だと安心して過ごせます
でも引越して一段落すると会えなくなった時間を思いのほか感じるようになってしまいました😢
回り(親・妹や友達)から見える私の姿(時間がたって落ち着いたように見える姿)と、わざと忙しくして気を紛らせてたけど2年以上の月日『声が聞けてないなぁ』と感じてるその時の私とのギャップ
ダンナさんの声を聞いてない事・どんな声だったっけ?と声の記憶が薄れていくのがすごく悲しくなってた頃😭
でも実家の留守番電話に声が残ってた⤴️
引っ越してきて実家にあった固定電話をそのまま設置
母が『留守電に録音されてるのがたくさんあってどうしたらよいか操作がわからない』と言われて消す操作してたらふいにダンナさんの声があったの😂
こんな風に要所要所で現れてくれるんだよね
地元に戻ってきた頃から《60歳からの自分はどんな風に生きていこうか》と考えていて、いろんな本を読んだりしてました
私にとってダンナさんが生きた60歳、迎えることの出来なかった61歳と言う年齢が重要だったみたい❗
大丈夫なふりや楽しいふりをしてる私じゃなくて、ダンナさんが知ってる【いつも楽しそうしてる私】でこれから生きてくために
あの世であったときに見つけてもらえる【あの頃と変わらない私】でいるために😊
56歳で死別してから4年と少しの時間がたってた6月に61歳を迎えようとしてた春🌸
あとから知るけど時間薬💊というものだったようです
いつ会いに行けるのかはわからないけど
『私だけがお婆ちゃんの姿になってたらあの世で気づいてもらえないかも😓』とふと思った私
この頃に人生ではじめてのエステ💆を体験しました
60歳まで何にもしてこなかったのに今さらやっても変わらないだろう💦と思いながらも、あの世で会うときのために何かしたかった
遺族年金で暮らしてるのにそんなことにお金を使おうと思い付く私って変⁉️
私の考え方はちょっと人と違うのかなぁ?
でもきっと死別した人ごとに感じ方や想いは違っているのは当たり前で、時間や方法に【これ☝️】って言うのはないんだろうなぁ
へぇ~死別してこんな風に考える人もいるんだ、と思っておもえたら良いかな😅
エステきっかけで自分が元気になれて、ダンナさんの事を知らない担当さん(Aさん)との会話が自分を装わなくてよくて毎回楽しくて😊
ダンナさんとの思い出話も自然と出来るのがうれしくて、お肌の調子も良くなっていくのでエステ💆に行くのが楽しみになりました
そんな少しづつ気分が上向きになってきた2023年6月頃に韓国ドラマ「恋慕」からSF9を知って推しくんヨンビンくんに出会った🍀
お空に単身赴任してから4年半の月日がたった頃だったね
今までは「回りに可哀想と思われたくない」「元気がないって心配されたくない」っていう思いがあって気づかないうちに【元気なふり】や【大丈夫なふり】をしてたのかもしれない
ふりをしてる事にさえ自分で気づかないうちに
この頃ヨンビンくんの動画を見てて
『あっ❗私は今、心から笑ってる』と思えたの🤗
やっとそんな日がきたんだなぁって
なので私をホントの笑顔にしてくれた推しくんは特別なんです🍀

おかげさまで毎日楽しそうに暮らせてますよ
ダンナさんもヤキモチ焼きながら呆れながらも、きっと感謝してると思うよ😁
これからも私らしく、ありのままで何事も楽しんで元気に暮らしていこうと思ってます
