今日は何の日?・・・・・シリーズ⑥
今日8月6日は、コンウォール・リー女史(以下:リー女史)が「大佐のヨット」という水彩画を描いた日です、現在リーかあさま記念館に展示中です

今から128年前の明治19年です、リー女史28歳でした。
この頃リー女史は母ジュリアとヨーロッパ各地や地中海へよく旅行しました。 リー女史は描いたほとんどの水彩画に日付と場所を記しておりました。
リーかあさま記念館の中にリー女史が描いた水彩画の展示コーナーがあり展示しております 是非”本物”をご覧ください

リー女史と水彩画についてパネルでも紹介しております。

草津温泉への道のりがちょっと気になります、昨日長野県からの草津白根山からのルートに規制入りました こちらからのルートはちょっとだけお時間いただくことになります 道路情報にお気をつけてご来草ください

本日もリーかあさま記念館は
10:00 ~ 15:00 までOPENしております
ご来館お待ち申し上げます!!
(担)バルナバ★うっP- でした
用語解説:聖バルナバミッションとは?
ご来館される方、ブログをご覧く方ありがとうございます。
記念館内やこちらのブログでも度々使われる言葉の中に「聖バルナバミッション」があります、聖バルナバミッション=救済活動とお伝えしておりますが改めて聖バルナバミッションとは・・・・?の説明をしたいと思います
コンウォール・リー女史(以下:リー女史)が草津温泉:湯之沢集落で行った救済事業が聖バルナバミッションです、このミッションの働きは大きく分けると四つの事業からなります。
1、教会活動
リー女史が展開した聖バルナバミッションの拠点です

2、聖バルナバホームの設置
病者が生活する家の提供です

3、教育事業
こちらは、上町(湯之沢以外の草津町のこと)にも幼稚園を設立した、リー女史は草津町の教育のパイオニアでもあります。 写真は望小学校で校舎の一部は国立療養所栗生楽泉園内で見ることができます。

4、医療事業
聖バルナバ医院のこと、こちらも学校医・警察医も行う上町の住民にも貢献をした、 写真は初期の聖バルナバ医院です

以上の四つの事業は、病者の生活に必要なものから順次設け、この聖バルナバミッションの規模は次第に大きなりこの聖バルナバミッションという救済事業は私立としては国内最大規模となった。
(参:写真集・コンウォール・リー女史物語)
本日もリーかあさま記念館は10:00~15:00までOPENしてます
ご来館お待ち申し上げます
(担) バルナバ★うっP- でした
写真でみる草津温泉:”湯畑”の昨今
草津温泉のスポットといえば”湯畑”です、草津温泉はこの湯畑を中心に発展をしてきました,ちょっと湯畑の歴史を振り返ってみましょう。
コンウォール・リー女史(以下:リー女史)もここ湯畑で伝道活動を行っておりました。
最初に紹介するのは写真ではありません”絵”です、真ん中よりやや上に気になる温泉の文字が見えます 拡大してみましょう

「ござのユ」がある、御座の湯のことです 現在の白旗の湯はかつて御座の湯でした、明治20年以前のことですネ この頃は湯畑周辺の特に5箇所の湯は効能を競い合っていたらしいです、御座の湯と大滝の湯はハンセン病に効くとのふれこみでした この頃の浴場は”病健男女混浴”でした(一時期ハンセン病者専用別槽があったとも聞きますが・・・)。

大正? 昭和?

湯畑が大分整備されてる 昭和30年代か?

平成21年か22年? ほぼ現在と同じです(左に見える足湯が変わってます(

リー女史はどの当たりで伝道されていたのかな? 気になりますよね!
どうかいつまでもこの温泉という”天からの恵み”が続きますよう!!
(担) バルナバ★うっP-でした